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「笠岡岳史20050519核兵器の原理と日本の核武装」の紹介
http://www.asyura2.com/0610/war85/msg/1024.html
投稿者 笠井一朗 日時 2006 年 10 月 24 日 15:55:35: hjlOpqOBwUqa.
 

(回答先: 阿修羅の読者のみなさんは、日本の核武装に【賛成】です!早く核兵器を持とう! 投稿者 上浦 日時 2006 年 10 月 24 日 13:23:28)

「笠岡岳史20050519核兵器の原理と日本の核武装」を紹介します。昨年、核分裂に関する基本的な知識から始まり、裏に隠された日本政府の意図を洗い出す論説を、近所の知り合いが書いてくれましたので、ご紹介します。手軽に読めますので、是非、皆さん、目を通してみてください。この論説によれば、「アメリカやロシアの戦略核兵器で94%、戦術核兵器では98%のPu239が使われている。戦術核の砲弾の直径は15.5cmにすぎない。」とあり、紛争地域ではすでにマイクロニューククラスが使われているのかもしれません。そして、DUに、ある意味、目眩ましの効果を期待していると勘ぐるのは考えすぎでしょうか? また、臨界前核実験の必要性もここにあるのでしょう。

http://homepage1.nifty.com/KASAI-CHAPPUIS/IchiroKASAOKATakeshi20050519.htm
上記のページをテキストスタイルに変更したものを以下に添付します。


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タイトル:笠岡岳史20050519核兵器の原理と日本の核武装

目次
A、放射性物質とは何か?
B、核兵器の原理
C、原発・核燃サイクルなど
D、日本の核武装への衝動


A、放射性物質とは何か?

(1)原子の基礎知識
 原子の核は、+の電気を持つ陽子と、電気を持たない中性子からなる。陽子と中性子はほとんど同じ質量で、中性子がわずかながら重い。この、陽子の数で物質の性質が決まる。1個なら水素、6個なら炭素、7個なら窒素、8個なら酸素である。これを原子番号と呼ぶ。原子番号は1から103まであり、それだけの種類の原子がある。

 中性子の数は陽子と同数に近いが、特に決まっていない。陽子の数が同じだが、中性子の数が違う原子を同位体と呼ぶ。例えばU(ウラン)238は92個の陽子と146個の中性子を、U235は92個の陽子と143個の中性子を持つ同位体である。陽子と中性子を足した数を質量数と呼ぶ。

原子核のまわりには、−の電気をもち、質量が陽子のわずか0.05%の電子が、陽子と同数、くるくるまわっている。これで原子は+−打ち消しあって電気的に中性となる。原子核の直径は原子全体の1万分の1、体積では1兆分の1にすぎない。その狭いところに陽子と中性子がぎゅっと固まっている。ことに陽子は+の電気を持つから互いに反発するが、原子核のほんのせまいところでだけはたらく核カ(物理学用語では「強い力」)によって支えられている。

(2)3種類の放射線
1、α線→原子番号84以上の原子から放出される、陽子2個と中性子2個のヘリウム原子核の放射線。(つまりα線を出した原子は、原子番号で2、質量数は4減る)

2、β線→放射性原子の中の中性子が、電子を放出して陽子に変わる。また、核分裂によって原子核から放り出された中性子も、電子を放出して水素になる。これらの際のエネルギーを持った電子がβ線である。α線より小さいので透過力や空気中を通り抜ける力が大きい。(つまりβ線を出した原子は、原子番号は1増えるが、質量数は変わらない)

3、γ線→波長が極端に短い電磁波で、α線やβ線とともに出る。透過力が大きく、30cmの鉄板を貫く。(原子がγ線を出しても、原子番号や質量数は変化しない)

(3)放射壊変する原子
 原子の中には、不安定なため、放射線を出して違う原子に変わるものがある。これを放射性同位体(放射性物質)と呼ぶ。主なもので約270種類あり、その放射線放出量が半分になる迄の時間を半減期という。半減期は原子の種類によって、秒単位から兆年単位のものまであり、原子によって固有の値を持つ。この放射性物質は次の4種類に分類できる。

1、原子番号84以上の原子は、陽子が多いため、原子核中で+の反発力が強く、α・β壊変を繰り返して質量数を減らしていき、最後に原子番号82の鉛になって落ち着く。自然界にあるのは、半減期の特別に長い、地球誕生以来存在する3種類、U238(半減期45億年)、U235(半減期7億年)、Th(トリウム)232(半減期141億年)がほとんどである。その他には、これら3種から派生するα・β壊変中の半減期の短い少量の原子(ラジウムやラドンなど)だけである。この3種類以外の重い原子は、半減期が短いので、とっくになくなったわけだ。

2、宇宙線によって放射性物質に変化するもの。例えば、窒素N14が炭素の放射性同位体C14に変わり、それがまたβ線を出してN14に戻る。

3、半減期が億年・兆年単位と長いため、いまだに地球上に残っているもの。

4、人工的な核分裂反応でつくられた放射性物質で、核分裂後にβ線を出すもの(=死の灰)と、中性子が打ち込まれて質量数が増えα線を出すものとがある。

(4)ウランなど重い原子の危険性
 最近、日本原子力文化財振興財団が「劣化ウラン弾は危険ではない(20040821北海道新聞)」という見解を出し、それに警鐘を鳴らす文章(http://www.jca.apc.org/stopUSwar/DU/genbunshin.htm)も出された。先程述べたように、確かにU238が出すα線はβ線に比べて透過力が小さい。しかし、イラクで使われた劣化ウラン弾のU238は、一度高熱で溶けて粉末状になっており、それが呼吸によって人の肺の中に入り込み、α線を照射し続けるから危険が大きいのである。同じα線を出す、普段から粉末状のPu(プルトニウム)239の人間の許容量は、たった6μg(百万分の6g)。

 当然のことだが、半減期が短いほど急速に放射線を出し、エネルギーも出す。土星探査機カッシーニは電気源に、半減期88年のPu238のプルトニウム電池を搭載した。半減期が24000年のPu239がこれだけ危険なら、88年のPu238はどんなに危険かが分かる。


B、核兵器の原理
(1)核分裂の連鎖反応をおこす原子
 核分裂の連鎖反応は、質量数の多い原子に中性子が打ち込まれることでおこる。陽子は+の電気を持っているから、同じ+の電気を持つ原子核には近づけない。質量数が偶数の原子核は、中性子を取り込んでしまうために核分裂の連鎖反応は起きない。自然界で連鎖反応を起こすのはU235だけである。

 U238に中性子が入る(つまりU239に変わる)と、中の中性子2個が電子を放り出して(つまりβ線を出して)、2日ほどでPu239に変わる。またTh232も中性子が入ると、やはりβ線を出して20分ほどでU233に変わる。この2つは、U235を使う原子炉で人工的につくることができる核分裂の連鎖反応をおこす原子(核分裂物質)である。

(2)核分裂の連鎖反応
 核分裂物質では1gあたりで平均2分に1回くらい自然に核分裂がおきている。そこから2〜3個の中性子が飛び出して、それが次の原子核にぶつかるとまた分裂する。ぶつかるのが平均2個とすると、次は4個、その次は8個、16個とネズミ算式に増えていく。10回の核分裂で1000個、もう10回ではさらにその1000倍の百万個。これが核分裂の連鎖反応である。核分裂を70回繰り返すと、1gの核分裂物質が核分裂することになる。これでTNT火薬20トン分のエネルギーである。

 核爆発では1回の核分裂の時間が1億分の1秒で、70回の核分裂に必要な時間は1000万分の7秒である。あと1000万分の1秒、つまり、もう10回繰り返すと1kgのウランが核分裂し、TNT火薬2万トン分の爆発になる。これが広島や長崎の原爆の規模である。この時、核分裂物質の質量は、当初より1g減り、その分がエネルギーに変わる。

 ただ、ある程度の量がまとまらないと、このような連鎖反応を起こさない。発生した中性子が外に逃げ出してしまうからだ。これを臨界量という。つまり臨界量さえ越せば、自然に核分裂の連鎖反応が始まる。広島のウラン原爆はU235を2つに分けておいて、爆発させるときに1つにして臨界量にした。だから細長い形をしていた。東海村の事故は、臨界量を越えたことで起こった。U235の臨界量は48kg、まわりをうまく囲って18kg。Pu239のそれは17kg、うまく囲って6.4kgあればよい。

(3)ウラン原爆は簡単だがU235の濃縮が大変
 ウラン原爆では、爆弾が爆発で飛び散るのを、できるだけ長い時間まわりを囲って抑えてやれば、より大きな爆発となる。爆発の際の圧力は1000万気圧にもなるから、材料の強さなど問題ではない。むしろ比重の大きなもので囲う慣性抵抗だけが時間を引きのばせる。ということは、重ささえいとわなければ、U235で核兵器をつくることは難しくない。まちがいなく爆発するから、核実験も必要ない。広島のウラン原爆は4トンもあった。インドやパキスタンは巨大な設備をつくったから爆発させえた。ただ、そういうものが今はたして兵器として使いものになるだろうか?

 ウラン原爆の問題は、2個の中性子がまちがいなく次のU235にあたってくれないと困るから、高濃縮のU235が必要である。50%くらいでも爆発するけど、90%でさえ4トンなのだから、それ以下では使い物にならない。ところがU235とU238は、同じウランなので化学的性質も同じであり、比重もあまり違わないので分離は簡単ではない。また、U235はウラン鉱石の中で0.7%しかない。そこで、U235のほうがU238よりほんのちょっとだけ軽いことを利用して、遠心分離機に延々とかけ続ける。だからウラン濃縮、ことに90%への濃縮には膨大なエネルギーが必要となる。

(4)プルトニウム原爆の製造は難しい
 難しい理由は2つある。

 1)プルトニウム原爆は核実験が必要である。
 Pu239を使ってウラン原爆と同じ方法で核兵器をつくっても爆発しない。分けた2つを1つにして臨界量にもっていく途中で連鎖反応が始まり、その熱で溶けだしてしまうからだ。

 プルトニウム原爆は、まわりに火薬をしかけて瞬時にまん中に向かって均等に抑え込み(爆縮という)、臨界量にもっていくしかない。だから長崎のプルトニウム原爆は丸い形だった。これがけっこう難しい技術なので、実験が必要なのである。アメリカもウラン原爆はそのまま持っていったが、プルトニウム原爆のほうはあらかじめ実験をやった。(U235でも爆縮をやったほうが効率がよい)

 2)Pu239の濃縮は困難である。
 さきほど述べたように、原子炉を運転するとU238に中性子が打ち込まれてPu239ができる。ところが、ずっと運転していると同じPu239にまた中性子が打ち込まれて、Pu240、Pu241、Pu242ができていく。実は原子炉で作られるプルトニウムの中で、Pu239の割合は50〜60%にすぎない。

 プルトニウムとウランは物理的性質が違うので両者の分離は簡単だが、プルトニウム中のPu239の濃縮はU235の濃縮よりはるかに難しい。この50%のPu239でも核兵器はつくれる。長崎のプルトニウム原爆はこれでつくった。というより、当時はこれしかつくれなかった。だが重さがなんと4.6トン、これでは今は兵器としては使えない。アメリカやロシアの戦略核兵器で94%、戦術核兵器では98%のPu239が使われている。戦術核の砲弾の直径は15.5cmにすぎない。

 高濃度のPu239をつくる方法は2つ。一つは、原子炉の運転をしょっちゅう止めて燃料棒を取り替えることだ。そうすればPu239にもう一度中性子が打ち込まれる確率が低くなる。もう一つは、高速増殖炉を使うことである。

(5)画期的なレーザー濃縮法
 80年代、ウラン濃縮にレーザー濃縮法という方法が考え出された。これには原子法と分子法の2種類がある。各国はこの研究に躍起になっている。原子法は、加熱し蒸気になった天然ウランにレーザー光をあて、U235だけをプラスイオンにしてマイナス電極に集める。分子法は、気体の6フッ化ウラン(ウラン1個とフッ素6個の化合物)に赤外線レーザーをあて、U238よりU235のほうが固体の5フッ化ウランに変わりやすい性質を利用して集める。分子法はU235の濃縮にしか使えないが、原子法はPu239の濃縮にも使える。

 これまでは、U235やPu239を濃縮するにしても、同位体同士の比重も化学的性質もほとんど同じ、ということが濃縮のネックとなってきたが、ついにレーザーを使って、ウランやプルトニウムの同位体同士の違いをつくりだすことに成功したわけだ。

(6)死の灰
 核分裂してできる原子(死の灰)は、質量数も小さく、もう核分裂はしない。だが半減期の短い、強力な放射線(β線・γ線)を出す放射性物質である。広島や長崎を襲った放射線は、こういう種類のものだった。半減期が短いから最初は放射線もすごいが、年月が経つにつれて減っていくので、今では人が住んでも問題がないレベルに落ち着いたというわけだ。


C、原発・核燃サイクルなど
(1)核兵器と原発の違い
 原発ではゆっくり核分裂の連鎖反応が起こったほうがよい。別に90%のU235も必要ないし、そんなことをしたらエネルギーの無駄というものだ。だから3%ですませる。中性子が97%のU238に吸収されにくくするためには、中性子のスピードが遅いほうがよい。また遅いほうが中性子がU235の核力に捉えられやすい。そこで中性子のスピードを抑える減速剤として水(=軽水)が使われる。

 100万kWの原発を1日運転すると、広島型の3倍のエネルギーと放射性物質が出る。炉そのものも中性子線の放射を受けて放射性物質に変わる。これが原子炉の中に延々と溜まり続けるわけだ。だから、原子炉内の放射線の量は核兵器のそれより問題にならないほど多い。そのことを如実に示したのが、チェルノブイリの事故である。

(2)核燃料サイクルなど
 原発では、中性子のスピードを抑えてもPu239ができる。これと燃え残りのU235を取り出して再利用しようというのが、核燃料サイクルである。

 高速増殖炉は、原発のように中性子のスピードを落とさないで、U238をPu239にどんどん変えていこう、という計画。しかも50%のPu239を燃やすと、まわりのU238が、純度98%のPu239に変わっていく。つまりPu239の増殖が目的ではなく、戦術核兵器用のPu239をつくるのが目的の原子炉である。中性子のスピードを維持するために、熱交換媒体として水の代わりにナトリウムを使う。ところが、このナトリウムは水と接触すると爆発的に反応するやっかいなものなので、各国はあきらめてしまった。

 ウランと一緒にプルトニウムを原発で使おう、というのがプルサーマル計画。だがウランとブルトニウムは、核分裂反応が同一ではなく、それを既成の原発でコントロールしようというのが、そもそも無理な相談である。


D、日本の核武装への衝動
(1)敗戦後、日本の原子力研究の始まり
 敗戦後、アメリカは日本の原子力と航空機の研究をすべて禁止する。したがってサンフランシスコ講和条約までの間は、日本の中で原子力の研究についての話は表向きいっさい出なかった。最初に出たのは、1952年4月の講和条約発効直後、10月の日本学術会議総会の場である。1954年には政府から研究の補助金が出て、1955年には日本原子力研究所が設立され、原子カ基本法もつくられる。1956年には原子力委員会がつくられ、総裁には戦犯、正力松太郎が就任した。

 1957年、アメリカから輪入した原子炉に最初の火がつけられる。同年、日本原子力発電株式会社設立、イギリスからコールダーホール原子炉を輸入、東海村に最初の原発が建設された。この炉はプルトニウム生産にむいているため、アメリカが反対し、以降アメリカの軽水炉が導入されていく。

 1954年に政府から補助金を出した立役者である、若き中曽根はこう言い放った。「もたもたしている学者どものほっぺたを札束で引っぱたいてやるのだ」と。中曽根のこの言葉から明らかなように、これらはすべて将来の核武装をにらんだ動きであった。

(2)1960年代には核武装が公然と語られていた
 日本で核武装の話が表面化したのは、なんと1959年自衛隊統合幕僚会議事務局の防衛力整備計画に関する報告の中でのことである。「将来、中共(中国)、北鮮(北朝鮮)、南鮮(韓国)等が核装備を行なうことになれば、軍事バランスの保持上、わが核装備が要求されるであろう。・・・戦術核程度の使用能力は、軍事的に見れば保有するべきであろう。」

 企業の中からも核武装の声が上がった。

 「原発のコストを引き下げるためには、プルトニウム爆弾を作ってもよいではないか」(1962年、原発企業の三井物産社長)

 「日本は核兵器を持つべきだと思う。今すぐというわけではないが、外国が持っている以上、日本も持っていなくてはならない」(日本兵器工業会会長)

 このように、1970年頃までは、国内で核武装がおおっぴらに語られていたのだ。

(3)日本はNPT加盟に抵抗した
 今問題となっている核拡散防止条約・NPTは、1968年米ソの合意によってつくられる。条約の直接の契機は、1960年代に入って西ドイツが、アメリカー辺倒の外交姿勢を変え、核武装を露骨に主張するようになったことにあった。1968年には早くも26,000トンの原子力船を建造する。したがってNPTに対して、西ドイツは米ソを「ヤルタ的政治の継続」と猛烈に非難した。しかし結局、米ソの圧力に屈し、1969年11月に調印する。

【注:米独関係が冷却化したのは1961年の「ベルリンの壁」建設が原因である。ドイツ統一の時に壊された、あのドイツの東西分断の象徴である。作ったのはソ連だったが、この時アメリカは「壁づくりを支持する」といわんばかりの態度をとり、西ドイツに対する米ソの連携ぶりを見せつけた。この時から西ドイツは公然と核武装を目指すようになる。それを阻むために再び米ソが連携して西ドイツに圧カをかけた、というわけだ。】

 当初、西ドイツが矢面に立っていたから、日本はNPTに対して知らん顔をしていた。「核武装のフリーハンドを失う」(1969年外務省文書)と、まったく加盟する意志はなかった。じっさい日本は、1966年に「原子力の自主開発」の基本方針を決定していた。1967年、アメリカが「日本の濃縮ウラン製造技術の研究・開発に関する情報を拡散しない措置について協議したい」と申し込んできたのを、日本は拒否している。つまり日本の核政策に対するアメリカの介入を拒絶したわけだ。

 しかし西ドイツが調印したのを見て、しかたなく1970年2月に調印する。しかし調印に際して「脱退権の留保」という条件をつける。「国の至高の利益が危うくされていると判断するときは、条約から脱退することができる」

 このことは西ドイツも同様だった。「ドイツが軍事的に脅かされた場合は、いつでも条約から抜けることができる」

 これらのことからNPTの本当の目的がわかる。第二次大戦の戦勝国・米ソが、敗戦国・日独の核武装を封じることである。いったい北朝鮮やイラン、インド・パキスタンが未完成な核を何発か持ったからといって、米ソの脅威になるはずがない。しかし、それがドイツや日本となると話が違う。日独両国は、それを知っていたからこそ調印に抵抗し「いつかは必ず核武装する」という宣言付きで調印したのだ。

 しかし、日本は調印してから6年間批准しなかった。国内で抵抗があったからだ。批准しなければ条約は発効しない。その間、日本はNPTに入ることを拒否し続けていたのだ。

(4)原発大国への道
 とはいえ、NPTによって日本国内では公然と核武装が語られることはぐっと減った。かわりに1970年代から猛烈な勢いで原発建設がすすめられる。そのわけは次の点にある。「核エネルギーの平和利用で日本が世界で三番目くらいのところまでいけば、中共が核兵器を持ったくらいで脅かされることはない」(1969年経団連防衛生産委事務局長)

 原発とともに「核燃料サイクル」の名のもとに、再処理工場・ウラン濃縮工場・高速増殖炉が次々と計画されていく。1978年にだされた政府統一見解は、それらがすべて将来の核武装のためのものであることを示していた。「自衛のための核兵器保有は憲法の禁ずるところではない」

 1958年に初めて締結された日本原子力協定は、1968年の改定で「アメリカが日本の原発用ウランの濃縮を保障する」とうたわれた。つまりアメリカが日本の核政策をコントロールする協定だった。それを1987年の改定によって、アメリカは日本の核取り扱いの規制を大きく緩和することを認めた。この改定に対しては、アメリカ国内で猛烈な反対があったことは言うまでもない。逆に日本は「米国の核政策に振り回されることがなくなる」と露骨に歓迎の意志を表明した。

 1991年に操業中の原発は40基、3200万kWに達し、米仏に次いで世界第3位である。

(5)プルトニウム大国への飛躍
 1990年代に入って、日本が2010年までにプルトニウムを100トンため込む計画が明らかになる。臨界量10kgとして、核兵器10000発分である。これは米ロの今のプルトニウム核兵器の量に匹敵する。2020年には200トン、米ロ合わせた量に達する。100トンのうちわけは次の通り。

1、1992年開始の英仏からの返還による34トン
2、1992年着工の六ヶ所村再処理工場稼動で54トン
3、東海村再処理工場で7.8トン
4、英仏からすでに取得した4トン

 Pu239のさしあたりの使い道は核兵器だけ。当然、世界の疑惑の目が集中した。この疑惑を晴らすために日本はプルサーマル計画を打ち出す。しかし原発1基が年間消費するプルトニウムはたった300kg。何カ所かの原発で使ったとしても、100トンも、しかも増え続けるPu239を消費できるはずがない。それだけでなく、1990年、日本は原子法レーザー・ウラン濃縮実験で、一回の操作で5%濃縮に世界で初めて成功し、実用化の目途がついた、と発表する。これは日本がPu239の濃縮技術を手に入れ、戦術核兵器の製造能力を持ったことを意味した。

 1992年には、東海村に1000億円をかけて、世界最大の高速増殖炉の使用済み核燃料再処理施設をつくる計画が明らかになる。これは文字通り世界最大のプルトニウム製造工場である。「日本の外交力の裏づけとして、核武装の選択の可能性を捨ててしまわないほうがいい。保有能力は持つが、当面政策として持たないという形でいく。そのためにも、プルトニウムの蓄積と、ミサイルに転用できるロケット技術は開発しておかなければならない」(1992年外務省)

【注:1990年代、日本がプルトニウム大国への歩みを始めた原因は、1991年の湾岸戦争にある。この時日本はドイツとともに、ペルシャ湾岸での石油採掘権を守るために、軍を送る代わりに戦費を負担した。しかし戦争が終わったとき、日本が採掘権を持っていたカフジ油田は、アメリカの手に渡ってしまう。このことは日本に「湾岸ショック」という言葉を残した。翌年にはPKO法がつくられ、カンボジアに自衛隊が派兵されたのを皮切りに、日本の戦争への歩みは、それまでとは比較にならないテンポで進み始める。湾岸戦争は、敗戦国・日独の「戦争への衝動」というパンドラの箱を開けたのだ。】

(6)核武装をめぐるアメリカとの暗躍
 日本のプルトニウム蓄積計画が発覚すると、アメリカの日本の核武装に対する警戒は、1992年初頭から最高潮に達した。「冷戦後の米核戦略について、日本とドイツの核武装に警戒し、これを抑止するため、米国は『核の傘』を供与し続けるべきだ」(戦略軍司令部)
「米国と競合しうるいかなる大国の台頭も阻止する。…米国が行動しなければ、日本やドイツなどが核兵器を保有する危険性がある。」(ニューヨークタイムズが暴露した国防計画指針原案)

 湾岸戦争や日本のプルトニウム蓄積計画という、日米間の緊迫した雰囲気の中で1993年1月、アメリカは驚くべき声明を出す。「核開発に手をつければ、北朝鮮はアメリカの核によって消滅することになる」

 北朝鮮が核をもてば、日本も核を持つにちがいない。声明は日本に対する恫喝でもあった。これに対し、北朝鮮はNPT脱退声明で応える。アメリカは戦争を決意し、情勢は一触即発の状態となった。しかし、日本が「戦争の準備ができていない」と言ったことで、さしあたり戦争は回避される。ただしそれは「仕切り直し」でしかなかった。現実にそれ以降の日本の北朝鮮攻撃への動きは、周辺事態法・武力攻撃事態法・有事関連法、「不審船」攻撃、偵察衛星打ち上げ、「拉致」をめぐる排外主義と、枚挙にいとまがない。

 実はアメリカの北朝鮮敵視政策の理由の大半は日本にある。もちろん日本の核武装疑惑だけがその理由ではないが。

【注:湾岸戦争後、日本がアメリカを出し抜いて北朝鮮との国交回復交渉に入ったことがアメリカの逆鱗に触れた。それまでアジアの市場をめぐって、日米が激しく対立していたこともあいまって、アメリカは戦争を決意したのである。】

 日本の核疑惑はまだ続いた。1994年、イギリスのサンデータイムズが日本の核兵器製造実験をスクープした。「(日本が)濃縮プルトニウムをくみこむだけで完成する爆弾を製造した可能性もあるとする英国国防省の秘密報告が、昨年12月、内閣に提出されていた。…北朝鮮の弾道ミサイルの精度と射程が改善されることが、日本の核武装に向かうきっかけとなりうる」

 1996年には、平和主義者のように思われている宮沢元首相までが、核武装発言をする。「アジアにおけるアメリカの軍事的プレゼンスに代わるものが日本の核武装である」

 さらに1995年12月に発生した高速増殖炉「もんじゅ」の火災事故後になっても、日本は高速増殖炉をあきらめてはいない。

(7)北朝鮮には、使える核兵器はつくれない
 U235の90%濃縮は、電力不足の北朝鮮にはできないと見られている。たとえウラン原爆をつくっても、4トンものウラン原爆を運ぶ手段がない。プルトニウム型には核実験が必要だが、やった形跡がない。おそらく爆縮ができないだろう。また成功しても50%のPu239では、ウラン原爆と同様、運搬手段がない。「原子炉から燃料棒取り出し」といっても、何年も使った燃料棒では、先に述べた理由から、まともなPu239は取り出せない。北朝鮮が「つくった」と宣言しても、諸外国が騒がないのはこのためである。

 日米が騒ぐのは「対イラクでの大量破壊兵器」のように、北朝鮮攻撃の口実を作るために他ならない。また、北朝鮮にとっての「核武装の脅し」は、自国防衛のための「これ以外に手がない切り札」である。だから決して「やめる」とは言わない。こういうことが分かっていながら、アメリカが北朝鮮の核武装をここまで問題にするのは、日本の核武装がからんでいるからに他ならない。

(8)日本の核武装は世界の破局をもたらす
 このように、日本の核武装の準備はすでに全部終わっている。世界は「その気になれば1ヶ月で核武装する」と見ている。後は、国際情勢(アメリカやアジア諸国の反対)と国内情勢(日本国内の抵抗)をいかに抑えこむか、だけである。日本が核武装に踏み切るとき、アジアと世界の情勢、ことに日米関係は破局、それも第二次世界大戦とは比較にならないような破滅を迎えるだろう。国際情勢の悪化は、むしろ日本の核武装に拍車をかけることになる。それを止められるのは、ただひとつ、日本人民の闘いだけなのだ。
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