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Wikipediaに「在日特権」なる『ト』が掲載されているようです。なぜ『ト』なのかと言えば、そもそも「在日」という単語を使いながら、内容的には「在日韓朝鮮人」のことしか書かれていないのであります。
中立を称しながら、在日と言えば韓朝鮮人であるとか、あたかも日本人に比して特権があるかのごとくの解説は噴飯ものであります。
参考資料に「宝島」とともに「正論」と少女漫画家山野車輪のマンガしか上げられていないのもお笑いです。
これも、受け取る側の無知、すなわち朝鮮半島の歴史も、在日韓朝鮮人を含めたオールドカマーへの無知などが重なる結果でしょう。
ということで、中華総会などははずして、在日韓朝鮮人に関わる歴史などを少々。
まずは、在日韓朝鮮人の最大組織である「民団」から。
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在日本大韓民国民団
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
(略)
各種表記
ハングル: 재일본대한민국민단
漢字: 在日本大韓民國民團
(略)
在日本大韓民国民団(ざいにほんだいかんみんこくみんだん、旧・在日本大韓民国居留民団)は、日本に定住する在日コリアンのための組織。同団体の綱領の中には「大韓民国の国是を遵守する在日韓国国民として大韓民国の憲法と法律を遵守します。」と明記されている。
終戦直後の1945年東京で設立された在日朝鮮人連盟より共産主義者からの自立を図り1946年10月3日在日本朝鮮居留民団(재일본조선거류민단)として発足。会員は約50万人(ただし家族のうち一名が加入していると家族全員が家族会員とカウントされるため、自主的な会員数は不明)。外国人登録令/法への反対・永住権獲得など日本人と比べた法的・経済的格差の撤廃、地方参政権付与、韓日民族交流の促進を主な活動としている。略称民団(민단)。
昨今の韓流ブームにより、本部や各支部で開講しているハングル講座は各地で盛況となっている。この講座は在日コリアンでなくても受講できる。
設立の経緯から多くの場合北朝鮮系の総連とは犬猿の仲であり、朝鮮戦争では韓国側に「義勇兵」を送っている。
傘下に、金融機関や教育機関を多く保有している。
(略)
外部リンク
MINDAN 在日本大韓民國民團中央本部(日本語・韓国語・英語)
(略)
関連団体
在日韓国商工会議所連合会
在日韓国青年会
在日韓国学生会
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%A8%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%A4%A7%E9%9F%93%E6%B0%91%E5%9B%BD%E6%B0%91%E5%9B%A3
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まず、「朝連(在日朝鮮人連盟)」があり、その分派として「民団」が発足したのですね。
なぜ分派したかと言えば、一途に反共であったということでしょう。これは、本国(韓国)の李承晩が権力を把握していった政治情勢を色濃く反映したものだと言えましょう。
朝連が、在日朝鮮人全体を組織しようとしていた以上、内部には韓国マンセー派(李派、重慶派etc)と北朝鮮マンセー派(ソ連派、中共派)と、統一朝鮮派(建準派)が互いにせめぎあっただろうと思われます。
そのうちの李(李承晩)派が分派したのではないかと思います。
これは、引用文中の”朝鮮戦争では韓国側に「義勇兵」を送っている。”という記述からも裏付けられるでしょう。
したがって、民団の当初は圧倒的少数派でした。民団が急拡大し、総連を抜くのは、日韓条約が締結され、韓国国民という身分(外登証の韓国民)が出来て、在日韓国人と在日朝鮮人との”非公式差別”が登場して以降になります。
外登証の国籍欄を地域名の朝鮮から、国名の韓国に変更することは、在日朝鮮人の生活に大きなメリットがありました。
雇用者側は、ニポンと国交を結んだ国の国民ならば反日的な行動をしないだろうという印象を持ったので、就職にも”日本人とは大きく差があるが、朝鮮人記載よりは有利”になったのです。
日本人からの差別にも有利に働きました。「友好国の国民に対して差別するな!」と言い返すことが出来たからですね。
こういう陰に日向に韓国籍への転換を誘導された結果、民団への加盟数が飛躍的に伸びました。なにしろ、記載変更には”民団の了承”が必要だったからです。
逆に、反共団体であった民団が構成員の変化を来たし、運動方針も徐々に韓国独裁政権一辺倒から変わってきました。
その好例が、金大中を支持し、拉致事件まで同氏を護衛し続けた民団の青年層の存在や、最近の総連との和解(失敗)事件でしょう。
以上、側聞であります。誤りもあろうかと思いますので、遠慮なくご意見のほどを。