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(回答先: 【結局ネットが悪者!?】 精神的いじめ:状況次第で加害者、被害者にも 高P連調査 【毎日新聞】 投稿者 いいげる 日時 2006 年 11 月 14 日 23:32:47)
インターネットでは、学校で使用される「ウザイ」「キモイ」が、新聞や週刊誌を発行する出版社と異なり、そのまま一切編集されずに全てボツにもならず、全世界に公表される。その責任について、未成年の子供の人達もよく理解して利用せねばならない。
「いじめ」と言うのは曖昧な言葉で、被害者も加害者も両方が未成年の場合、恐喝も暴行も集団無視も名誉毀損も性的暴力以外は全て「いじめ」の一言で片付けられる。この点では大人のような法的な逃げ場がなく、人権侵害が放置された場合、野良犬や野良猫並みの状況な訳。恐らくマスコミが「いじめ」という言葉を使用している限り、「いじめられた奴は強くなれ」「いじめられるのは俺が悪い」という思いがどこかにあって、自殺は防げないだろう。
日本人の他者への共感性や暴力行使への「ここまでにしておこう」という自律的的な歯止めが低くなっていることは確かである。つまり、最初から自殺するまで食い尽くしたろうという奴までがいる場合もある。
これまでの戦後体制では、人権擁護の建前で公然といじめが行なわれ、差別を訴える側が逆に恫喝をしたりとか、本音の建前の二重基準の中で暴力が行なわれてきたように思う。すでに70年代には90年代と同じような、あるいはそれを予告するような深刻な状況が出ていたように思う。
インターネットという、どんな落書きでもそのまま全世界に流せるメディアを使用する中で、言葉を大切にする、共感性を高めるということが益々大事になってくるだろう。