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『政権を獲ち得てこその政策実現』『そのためには二大政党しかない』『吸収でも構わん。民主と一緒になろう』
凄まじいまでの小沢の決意のほどがうかがえる。まさに捨て身、身を捨ててこそ浮かぶ瀬もありなんということなのだ。
自民党はじめマスコミは『政策合意なき野合』『選挙目当て』などと言っている。そうではない。小沢は悲愴とか苦渋をも超越し、場合によっては自由党議員を勇退させる決意をもって民主と手を組んだのだと思う。
私は議院運営委員会理事・自民党国会対策副委員長の時、『国会審議の活性化と政治主導による政策システム確立に関する法律』という大変長い名称の法律を制定する与野党プロジェクトチームのまとめ役だった。
当時は、野党は押しなべて、重箱のスミを突っつくような質問、あげ足取りの質問、その場限りのみみっちい質問、閣僚個人のスキャンダル追及に熱を挙げるだけ。答弁する首相はじめ各大臣は役人の用意した答弁を読み上げるだけ。全く国会審議は形骸化していた。数に劣る野党は抵抗し反対するだけはしておこうというような一面 があった。
当然、国会における政府対野党の論戦は空疎なものとなり、与党は八百長的質疑に終始していた。国会審議はだらけたものになり、各委員会は常に欠席者・退席者が多く、定数不足が当たり前のような状況だった。
私は、当時の古賀誠国対委員長、大島理森国対筆頭副委員長、中川秀直議運委員長に国会審議の空疎化・形骸化の現状を訴えた。
そこで各党国対委員長が会談し、衆参両院の議院運営委員会レベルでの国会審議活性化法案の制定に向けての成案づくりが合意されたのであった。
プロジェクトチームの自由党代表の一人に参議院議員の平野貞夫がいた。自由党党首小沢一郎の代弁者であった。いったん合意した事項でも、翌日どころか、その日の内に訂正を求められることがずいぶん多かった。私はその背後にいる小沢一郎の強い意志を感じていた。
小沢一郎そのものが国会審議の形骸化・空疎化・茶番劇に燃えたぎるような怒りを覚えていたのであったろうと思う。
時には烈しく対立しつつも『国会審議の活性化と政治主導による政策システムの確立に関する法律』は、自民・民主・公明・自由四党共同提案により上程され、成立した。共産・社民はプロジェクトチームには参画したが、法案には反対した。
活性化法案の内容は、(1)副大臣二十二名の設置、(2)大臣政務官二十六名の設置、(3)毎週水曜日午後三時から四十分間、党首討論を実施、(4)本会議・予算委・各委員会の審議のあり方の改革である。
その前年、大島理森議院運営委員長当時、私は政府委員制度廃止のための与野党プロジェクトチームの主査を務めた。政府委員というのは各省の局長・審議官・部長・課長クラスが大臣に代わって答弁出来る役人のことを云う。
大臣に代わって答弁席に歩み寄った高級官僚は『えー、お答え申し上げます。ただいまの先生のご質問はまことに時宜を得たものであり、私どもと致しましても傾聴に値するご意見としてお聞きいたしておりました。予算・先例・世論の動向をよく見極めつつ、当方といたしましても、大臣その他とご相談申し上げ、かつまた先生にも個別 にお伺い申し上げまして、前向きに鋭意検討することを考えております』などといった答弁になってない答弁をくり返す高級役人が『政府委員』なのである。政府委員は大臣のすぐ後ろや側近くにいて、大臣にささやき続け、メモを棒読みする大臣を補佐するのである。この役人が『政府委員』なのである。当時大臣二十名に対して、何と二七六人もの政府委員がいた。役人の書いたメモの棒読みをくり返すだけの大臣の答弁回数よりも、木っ葉役人の『政府委員』の答弁が圧倒的に多かったのである。
私はこの『政府委員制度』廃止を強硬に主張し、官僚の答弁は専門的・技術的問題に限ることとし、原則大臣が自分のコトバで答弁するようにしたのである。技術的・専門的ということは、例えば御巣鷹山の日航機墜落事故の原因とか、阪神淡路大震災の被害拡大の要因などという案件は役人の答弁のほうがより適正であるからだ。
このような国会改革に関しては、私のカウンターパートとして会議に出席する自由党議員からしばしば『小沢の影』を感じていた。
先の解散総選挙。小沢一郎は自由党の議員に小選挙区と比例代表との重複立候補を厳禁した。敢えて安全パイを捨ててまでも総選挙に臨んだ小沢の並々ならぬ 決意を感じた。
小選挙区と比例代表との重複立候補は、小選挙区で落選しても比例順位 によって当選してくるという摩訶不思議なことが起きる。だから一方において十万票を得票して落選しても、二万票たらずの得票ながら比例で救われた供託金没収候補者が当選し、議席を獲得する。それが少数政党に多いのも歴然としている。二大政党制への移行を目的の一ツにして制定した小選挙区制であった。しかし重複立候補による敗者復活を認める限り、少数政党は生き残る。
政府与党の足を引っぱるだけの野党、自公保三党連立による数にアグラをかいている与党、これでは国家・国民のための政治、国益を憂う議論が出てくるはずがない。
党首討論や予算委員会の場で、(1)自ら命を断つ者三万人超が五年も続いていること、(2)凶悪犯罪が低年齢化している今日の教育の現状、(3)次代を担う者の現状と日本の将来、(4)一〇〇才以上二万人超の高齢社会、(5)子どもの数が逆に二千万人を割込み、女児の数が五〇万人超も少ない少子社会、(6)国家経済活力の源泉たる中小企業、F国力の礎たる農業の再生に関する議論はほとんどなきに等しい。国会では一兵卒に過ぎぬ 私ですら憂いて余りあるものがある。すぐれて鋭敏な政治感覚を持ち、強い現実感をもつ政治家小沢一郎は抑えがたい焦燥感で全身が震える思いであったろうと思う。
日本再生のためには政権を獲ち取り、自分の政策を実現するしかない。そのためには自民党に匹敵する政党を結成するしかない。自民党を根底から倒す政党をつくるしかない。吸収でも何でもいい。民主と合併し、二大政党制を実現し、政権取りを現実のものとする。
これが小沢一郎の本音ではなかろうか。
我が自民党、否自分は、国益とは何か、それを常に念頭において国事に奔走する政治家集団・政治家でなければならない。国益とは何か。それを思うと独り人知れず涙する小沢一郎の姿が見えるような気がする。
いま、自民党は総裁選挙にうつつをぬかしているが、小泉純一郎は危言・奇行・不計の人である。仮に仮にも、総裁選で破れても、総理大臣を辞めるとは限らないということもあり得る。
自民党が小沢一郎を喪ったことは、我が国の国益にとっても、大いなる損失と云わ
なければならない。挙国一致の政治体制をとれるのは小沢一郎しかいないのではないかとさえ思うのである。 しからば、自民党総裁選は、どうであろうか。国会議員の誰しもが、予測される今秋の総選挙、来夏の参院選挙。四人の総裁候補がいるが、小泉以外では勝てない。議員のほとんどが、そう思っていると言ってよい。だから小泉の再選は、もはや確定的と云える。
その小泉純一郎総裁候補に望むこと。
(1)ぶっきらぼう、他人事、挑発的、挑戦的な言辞は、いつも自民党に向けられる。自民党を悪者にし、自民党を叩くことで支持を得ようとしている野党各派と同じである。たまには、その吠え声を菅直人、小沢一郎、土井たか子に対して、直接口撃を加えてもらいたい。そして秋の衆院選挙で、自民党を勝たせてもらいたい。
(2)富の偏在と拡大する不均衡の是正こそ、政治の役目である。大きな改革には必ず痛みが奔る。歪み、ひずみが生ずる。どこへ痛みが行くのか。弱い者に痛みが奔る、お年寄り・女性・子ども。産業経済で云えば圧倒的多数の中小零細企業と農業に痛みが奔る。りそな銀行に一兆九,三〇〇億円もの国費を注ぎ込むことも、やむを得なかったことであろう。
しかし、我々一億二,六〇〇万人の日本人が一年間に食べるコメ代金は一兆八千億円である。約二兆円の政府資金が、中小企業と農業とに注ぎ込まれたならば、疲弊する日本の『地方』はよみがえるに違いない。
(3)もう一ツは、日本社会の中核的存在たる中高年サラリーマン勤労者層を元気にしてやるべきである。日本は五年連続して三万人を超える自殺者を出している。その六,七割は中高年サラリーマン勤労者だという。まことに憂うべき民情にある。中高年層はいちばんカネのかかる世代である。住宅や教育ローン、子供の教育費はもとより、職場や地域での立場に見合った付きあいのカネもバカにならない。不況で所得は抑えられ、所得税や社会保険料の累進制が高いため可処分所得が極端に少ない。これでは元気が出るはずがない。
社会の中核たる中堅層に活力を取戻してやれば、日本社会の将来は必ず明るくなる。
(4)国の力の礎は農業である。崖っ縁に立たされたまま将来展望が全くない。敗戦の荒廃から立ち直り奇跡ともいうべき経済発展を遂げた日本。その原動力はいち早く食料の自給を達成した農業にある。森なき民は滅び、農なき国は衰亡することは、古代四大文明の歴史が証明している。
(5)アメリカにノーと言える外交を確立すべきである。むろんアメリカは日本にとって欠かしてはならない唯一の同盟国である。今後ともアメリカとの関係は信頼と友情と相援け合う緊密な関係を持続すべきである。だからこそアメリカ追従ではなく独立自立した関係、ノーと言える関係であるべきである。北朝鮮の拉致事件・核開発に強い姿勢を示せないのは、アメリカ従属外交の結果 とも云える。国家主権の問題である。
小沢一郎は国家国民を憂える煮えたぎるような熱情に突き起こされて、民主との合同に踏み切ったのだと思う。
小選挙区制度の導入は派閥政治を打破し、二大政党制に移行するためのものであった。自民党選挙制度改革本部での小選挙区導入の大討論の際、小泉純一郎は声高に反対論をぶった。
一方、小沢は『自らの政策を実現するには政権を獲るしかない。』と、自由党と民主党の大合併を断行した。
小泉純一郎としては、国家の基本政策を明確にして新生『小沢民主党』と堂々たる議論を為すべきである。そして小泉純一郎首相には、我が米沢藩中興の祖・上杉鷹山(一七五一〜一八二二)の『伝国の辞』を贈りたい。
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『伝国の辞』
一、国家は先祖より子孫へ伝え候国家にして、我私すべき物には之無く候
一、人民は国家に属したる人民にして、我私すべき物には之無く候
一、国家人民の為に立てたる君にして、君の為に立てたる国家人民には之無く候
治 憲
治 広 殿 机前
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衆議院総務常任委員長 遠 藤 武 彦 自由民主党 山形2区
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