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(回答先: 【箕輪元防衛政務次官による自衛隊イラク派兵差止訴訟】 黄色いハンカチと白いリボン 投稿者 提供人D 日時 2006 年 5 月 15 日 16:04:35)
◇訃報:箕輪登さん82歳=元郵政相
自衛隊イラク派遣差し止め訴訟の原告で、元郵政相の箕輪登(みのわ・のぼる)さんが14日午後5時3分、札幌市内の病院で死去した。82歳。死因は公表されていない。葬儀の日取りは未定。自宅は小樽市花園2の5の2。喪主は妻イネさん。
小樽市生まれ。北海道帝大(現北海道大)医学専門部を卒業後、外科病院を開業した。67年に衆院選北海道1区で初当選し、以来8期連続当選。自民党田中派に属し、防衛政務次官、党副幹事長などを歴任、81年に郵政相として初入閣した。国防族で87年に衆院安全保障特別委員長を務めた。
90年の引退後は、政府や党の防衛政策に苦言を呈し続けた。99年の日米防衛指針(ガイドライン)関連法成立の際、「明らかに戦争支援法」と表明。04年1月、自衛隊のイラク派遣は違憲として、国に派遣差し止めなどを求める訴訟を札幌地裁に起こしている。
◇病おして法廷に…全国に訴訟広げ
かつてタカ派の防衛族だった箕輪登さんが晩年、たった一人で始めた仕事が、04年3月に札幌地裁で始まった「自衛隊イラク派遣差し止め訴訟」だった。身を削るようにして法廷で訴える姿と一貫した主張が共鳴を呼び、訴訟は全国11カ所、原告数約5600人まで広がった。
箕輪さんは1945年3月に医学部卒業、半ば強制的に陸軍の見習い医官となった。定山渓の陸軍病院に勤務し、戦時の苦労や軍・民格差を肌で知っている。憲法と自衛隊法、歴代政権の公式見解を無視して重武装の部隊を「世界一危険なイラク」へ派遣した小泉純一郎首相が許せなかった。
「イラク派遣を放置したら戦争を可能にする憲法改正が淡々と行われるのでは……」。病気を押して法廷に足を運び、車椅子から声をかすらせて思いを語り続けた。
札幌訴訟は証人尋問まで進んだが、国側は「原告に訴えの利益はない」などと、議論を避け続けている。「日本の将来が心配でならない」。箕輪さんは憂いを残し、静かに去った。【真野森作】
毎日新聞 2006年5月15日 11時34分 (最終更新時間 5月15日 12時58分)
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/fu/news/20060515k0000e060052000c.html
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