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(回答先: 中国新聞「死刑回避は当然」トレス被告の弁護団(無罪と控訴は?) 投稿者 戦争とはこういう物 日時 2006 年 7 月 04 日 23:59:19)
死刑求刑に「性的暴行」の詳細まで明かした遺族。「単独犯に死刑求刑」といい、素人裁判導入のための「論点整理手続き」といい、検察側の無理な実験という気がする。
それが遺族まで無理を強いていないだろうか。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜(引用ここから)
トレス被告「無期」 父に悔しさ、母ぼうぜん
http://www.chugoku-np.co.jp/News/Sp200607040122.html
▽トレス被告は身じろぎせず
「無期懲役に処す」。裁判長の言葉に父は悔しげに目を伏せ、母はぼうぜんと裁判官席を見つめた。まな娘を突然奪われたあの日から七カ月余り。木下あいりちゃん=当時(7)=の両親は「極刑を」との思いで四日、広島地裁判決の日を迎えた。同時通訳で刑が伝えられても灰色のTシャツ姿のペルー人の被告は身じろぎもしない。「苦しみや悲しみは一生消えない」。両親がつらい現実と向き合う日々は続く。
「おはよう」「行ってきます」「ただいま」。父建一さん(39)にとって、遺影に声を掛けるのが日課だ。「あいりが遊びに来るかもしれない」と、亡くなった後の昨年のクリスマスに贈ったおもちゃを毎晩、仏前に出してから寝ている。今も、ふと思い出し、職場で涙があふれることもあるという。
事件当日、娘の死を知った瞬間は「目の前が真っ暗になり、全身の力が抜けて地獄に突き落とされた思いだった」。その理不尽さをぶつけるため、夫妻は五月の公判で法廷に立った。
あいりちゃんが、二歳下の弟によく勉強を教えていたこと。大事にしていたビーズやさいころを二○○四年末に起きたスマトラ沖地震の被災者に送ったこと…。「いつも明るく元気で、優しい女の子に育った」と、建一さんは振り返った。
母親(35)は、あいりちゃん代わりの人形を作り、一緒に寝ていると打ち明け「知らない人に殺され、わたしがそばにいなかったから怖くて苦しかっただろう」と声を詰まらせた。
証言台のすぐ脇には、幼い命を閉ざしたホセ・マヌエル・トレス・ヤギ被告(34)がいた。この場で復讐(ふくしゅう)を遂げられたら−。建一さんは、その衝動を必死に抑えた。
事件後、性犯罪被害に遭った女性からも手紙が届き、励まされた。一方で、あいりちゃんの名前が伏せられ、性被害の実態が詳しく報じられていないことに疑問を感じ、六月末、報道各社に「あいりは『広島の小一女児』ではない。実名でも構わない」と訴えた。
「性的暴行の上に殺害され、犯人は二度も命を奪った」。建一さんは、トレス被告への怒りをあらわにした。自宅では、弟が、あいりちゃんに二度と会えないことが分かってきたようだという。
「小さい子が犯罪に遭うケースが多すぎる。あまりにもひどい」と、胸の内を明かした。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜(引用ここまで)