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(回答先: (再びの)あまりにナイーブに過ぎるのではないでしょうか。 投稿者 如往 日時 2006 年 4 月 17 日 09:51:08)
如往さん、こちらこそお久しぶりです。
阿修羅ファンにもかかわらず、忙しくてふだん滅多に阿修羅を訪れることもないのですが、今日はたまたま仕事が休みなので、すぐにリスポンスできてよかったです。
明日からまた忙しくなりますので。
さて、
>「(阿修羅が)ネット中毒を大いに助長していると言えますまいか?」とのことですが、確かに個々にはそうした傾向があることを否定できないと想います。けれども、それは所謂自己責任の範疇に収まるものであり、公序良俗を害するものとは謂えないのではないでしょうか。
ここからして、私の投稿の論旨をぼかしておられますよね?
“そうした傾向があることを否定できない”と認めておられながら、“けれども〜”となる。
如往さんの“けれども〜”以降のご意見に、私がお答えする必要はないでしょう。
私は“(阿修羅が)ネット中毒を大いに助長しているのではないか?”ということを問題にしているのであって、“止むを得ない”とお考えになる如往さんとは議論は成り立たないだろうと思います。
如往さんのご投稿に沿っての換言というか、繰り返しになりますが、私は阿修羅の運営云々、つまり阿修羅という掲示板が“どういった類の掲示板であるか”とか、“(その発展のために)どうあるべきか”などということには言及しておりません。
それは阿修羅運営者側の、言葉は悪いが勝手な都合ですから。
私の投稿を最後までお読みいただければ、論旨はすべて“阿修羅がネット中毒を大いに助長しているのではないか?”という一点に集約されていることは明白でしょう。
大元としての私の投稿にレスされたわけですから、この一点から外れる議論に乗るつもりはありません。
議論の本筋は明白なのに、枝葉をことさら取り上げて、議論を別な方向にダイバートされようという物言いに、失礼ながら悪意すら感じます。
“議論の堂々巡り”というのは時間の無駄ですし、私のもっとも嫌うものです。
あくまで“阿修羅がネット中毒を大いに助長しているのではないか?”という一点に留まった上で反論させていただきますが、“自己責任の範囲のことと思っています”という如往さんのご進言は全く受け入れら得ません。
私は先の投稿で“基本的には個人(の責任)の問題だろうし”ということは既に申し上げておりますし、“それは原則だろう”と今でも思っています。
また、“節度ある大人だけが、節度をもって参加しているのであれば、こんなことは言う必要もない”とも申し上げました。
その上で私は、“そう都合よくいってないから問題なんだ”と問題提起しているのです。
>公序良俗を害するものとは謂えないのではないでしょうか。
上記は如往さんの主観的な“ご意見”ですね。
ご意見はご意見として拝聴しますが、客観的にも価値あるご意見とは思えません。
如往さんのご意見は、あくまで“阿修羅の身内”としてのものであることは明白ですし、そのご意見も“身内としての希望的観測”に留まるものと判断できます。
実に無責任極まる“保身”ではないですか?
私は、“客観的事実”をもとに、先の投稿において提言しております。
現実問題として、日常において社会参加をしている我々は、連日連夜にわたって大量の投稿をしている余裕などないというのは厳然たる事実です。
それができる人たちというのは、少数の年金生活をしておられる方々を除けば、大多数は“ニート”と呼ばれる人々と容易に推測できるでしょう。
“推測であって事実とは限らない”と仰るのであれば、“十分な蓋然性がある”と言い直してもかまいませんが。
一方で、ニートや引きこもりが重大な社会問題となっているのも事実。
そして、彼らニートや引きこもりが仕事探しや学校にも行かず、その大多数が一日中部屋に篭ってネット三昧の生活をしているというのも厳然たる事実です。
この二つの事実の真っ只中に、阿修羅はある。
その阿修羅の軌跡を改めて眺めてみれば、幾人かの(少数の)投稿者が連日連夜にわたって大量の投稿を繰り返している。
皆さんお馴染みのある方などは、驚くほど長期にわたってそれを継続され、ただでさえ突出して投稿可能数は多いのに、最近ではさらなる投稿可能数アップを願い出て、驚くべきことにそれが認められているようだ。
“あいた口が塞がらない”というのは私の主観的表現ですが、“いくらなんでも、あまりに野放図すぎる”という表現は、たぶん多くの良識ある人々において共有されるものと確信しております。
阿修羅トップの検索窓に、“ニート”と入れてみました。
http://www.google.com/search?hl=ja&ie=Shift_JIS&q=site%3Aasyura2.com&q=%83j%81%5B%83g&btnG=%91S%81%9A%88%A2%8FC%97%85%81%F4%8C%9F%8D%F51
95件の投稿が出てきましたので、阿修羅住民の多くも“ニートが社会問題である”という認識は、十分もちあわせておられるのだろうと推測できます。
如往さん個人がどの程度の認識をお持ちなのかは存じませんし、ここでお尋ねするつもりもございませんが、あなたがどういった認識をお持ちであろうが、事実を否定できる論拠となるとは到底思えません。
こういった事実や蓋然性の数々を鑑みれば、この“阿修羅”という掲示板が図らずもニート・引きこもり問題のいわば当事者としての側面を有し、“アディクションの温床になっている”ことは想像の域を超え、もはや厳然たる事実であると断言できますがいかがでしょうか?
この事実を前に、“阿修羅はどうすべきか、どうあるべきか?”ということを私は管理人さんに直々問うておるのです。
誤解のないように付け加えておきますが、私は一般の、嫌な言い方ですが“健全な大多数の投稿者”が不自由を感じるような制限を加えろなどとは申し上げるつもりもありません。
これはあくまで個人的な考えですが、例えば最大で一日10投稿としたらどうか?(あくまで例えばの話)
(誰がどう考えたって、一日10投稿という投稿数は必要にして十分ですよね?)
さらにコピペ投稿は時間がかからないから制限なしとし、意見投稿のみ“最大10回”とするとか。
また、いきなり10投稿を超えたら即ペナというのも大人げないから、甚だしく投稿回数の多い投稿者には警告を発するとか・・。
そのへんは皆で話し合って、いろいろな提案を募集したらいい。
規則規則と杓子定規に構えるのでなく、ようは“自制の意識”を持ち込めば十分だろうと(私個人は)思っています。
ネットは“規制がないのがウリ”という意見もある。
それを完全否定はしませんが、現実においてはどうでしょう?
“規制がない”という事実が悪用され、かつては存在しなかった数々の犯罪が生み出され、そのあまりの簡便さからニートや引きこもりの温床にもなっている。
これは推測ではなく、事実そうですよね?
ネットといえど、一般社会と何ら変わりはない。
一般社会には娯楽としてパチンコがあるが、あれには“18歳未満禁止”という制限が、これは社会のコンセンサスのもとに施行されている。
それでパチンコ場に出入りしてるのは、建前的には大人だけですが、その大人の中から“パチンコ中毒”がゾロゾロ現れ、家庭を破綻させたり、車に子供を放置して死なせてしまったなんて悲劇が後をたたない。
社会問題としていよいよ深刻になってきたからか、数日前に当のパチンコ業界自らが“パチンコ依存症相談室”を設けたりと、笑い話みたいなことが報道されましたよね?
長々と読んでいただき恐縮です。
きりがないから、このへんで。
最後になりますが、私が先の投稿で貼り付けたリンクのうち、阿修羅に生息する“ネット依存症”と思われる方々の特徴をコピペしておきます。
これをどうお考えになるか、特に管理人さんのご意見を拝聴できれば幸甚です。
では如往さん、この場は失礼します。
また会いましょう。
http://journal-izm.hp.infoseek.co.jp/v6-tokusyu.html
●「コミュニケーション中毒」タイプ
チャットにのめり込み、掲示板にも絶え間なく自分の発言を投稿するタイプ。このタイプの人は、ネットの匿名性という点に依存していると言っても過言ではない。普段口にしたことのない暴言を吐いてみたり、男なのに女になりすましたり、新しい人格を作り出すことでストレスを解消することが多い。ある一線を越えてしまっていることに気づかず、自分の意見を「これが正論だ」「お前は間違っている」「バカ」「死ね」などと、よく考えもしないで、機関銃のように投稿し続ける。時間と体力を消耗しているだけでなく、人格障害も起こしている危険性が極めて高い。
※サービスごとに「チャット」中毒、「掲示板書き込み」中毒など、個別化することができる。