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(回答先: 管理教育や先生同士の権力争いをなくすことが必要と思います。 投稿者 heart 日時 2006 年 10 月 10 日 23:47:47)
Heart さん、こんばんは。
めずらしく、Heart さんの生の怒りの気持ちにふれたようです。
笑いながら読みました。
これは、Heart さんが他の人から聞いた事や、調べて書かれたことではなくて、ご自分の経験から書かれたのでしょう?
そうそう、こういう先生っていますよね。炎天下で行進の練習ばかり、もっと競技の練習とかしたかったですよね。
やくざのような先生って、けっこう、いるのですね。私の知っているこういう先生は、体育の先生で、日本○○大学出身で、専門は柔道だったかな。でも結構、生徒の身になってくれていて、生徒には、好かれていましたが。
今の日本の学校崩壊、というのかな、様々の問題の根本的原因は、
先生の権力争い、のような軽いことではありませんよ。そんな、先生が仲良しになったら解決するような、簡単な問題ではないと思います。どんな素晴らしい人が先生になっても、その身近にいる生徒はちょっと癒されても、根本的には解決しません。
後、管理教育ですが、これは、よく言われることですね。
まず、何が管理教育なのか、はっきりさせておくことが大切だと思います。
ここでは一応管理教育とは、今の政府が教育の名のもとに、軍隊のこま、物を考えない安い労働者に育てる一環として、命令に従わせる生徒を育てる学校教育、としておきましょう。
Heart さんは、一例として集団行動を挙げますが、上の目的のための行動なら、そっこく止めさせたいですね。ただ、集団行動そのものは、人間社会が集団である限り、大勢の人が一箇所に集まり、限られた時間内に行動するのですから、静かに人の話をきく、並んで移動する、などの練習は必要です。
運動会については、地域の親はどういう運動会を望んでいるのでしょう。これは、政治的問題には、なりませんね。自分が学校を卒業してしまえば、それほどの関心事ではなくなりますから。
これについては、こういうことがありました。
私が教師時代、ある先生方から こういう行進を何時間もかけてやるのは、地域から多くの人々が見に来るから、校長は、その目が気になる。だから、週末開催をやめて、普通の日にやろうではないか、と提案しました。そうすれば、格好よくやろうとはせず、見る人を楽しませる運動会ではなく、生徒のための運動会ができる。と。しかし、PTAの親達は大反対。運動会でこどもを見ることは親の大きな楽しみなのです。
そして日曜日開催になったものの、こういう軍隊のような行進を嫌う先生が運動会実行委員会に複数いて、行進をやめてしまいました。入場行進もありません。入場門に待機した生徒が、競技はじまりの合図で、フィールドやトラック内に走って入るのです。もちろん、これも多少は練習をしたのですよ。もちろん。
その運動会後、校長は教師達に、こう言いました。来年から是非、行進のある運動会にして欲しい。親たちから、ものすごい不満があったのです。事実、私のクラスの親の大半が、先生が行進をやめた気持ちはわかりますが、是非、復活させて、という意見から、入場行進があっての運動会だろう、という強い意見まで。いいじゃないの、というのは、本当に少数だったのです。
私のいいたいことは、親がやりたいといっているんだから、仕方ない、ということではなくて、こういう学校のことは、学校の教師や校長が独断で決めているのではない、ということです。
校長は市、区の教育長、委員会の顔色を見ますが、彼らとって 地域の親の意向も無視できないものなのです。親は、地域の有権者であり、PTA会長などは、地域の有力者の多いです。市、区長にとってどんなに大切かおわかりになるでしょう。
学校は、社会の縮図です。社会が、思いやりのない社会なら、学校も思いやりのない雰囲気の学校ができます。先生だけ何とかしても根本は変わりません。先生は入れ替わります。こどもにとっては担任、教科担任は、しょっちゅう入れ替わります。ぽつん、ぽつんといい先生がいても、そのまわりの子供は幸運でも、大半の生徒はそうではないということになります、先生は社会の中で育つ人がなるのです。常によい先生が教壇にたつためには、採用基準の見直しはもちろんしなければいけませんが、先生(義務教育にはたくさんの教師がいる)を輩出する社会自体が変わらなければなりません。
いじめは、生まれてから育ってきた、その子供の家庭、社会生活から経験した様々な影響、そこから培われた性格、価値観、人への気持ち、人との関わりかた、抑圧、悲しみ、などすべのにかかわることです。家庭、学校、友人関係など そして、そのかかわりを制約する経済、社会それらの負の部分がこども社会に現れている現象だと思います。
先生がみな仲良しになれば なくなるほど単純なものではありません。
といっても Heartさんは 感情でぱっと雑談したにすぎず、もちろんそのくらい、わかっていますよ。ということなのだと思いますが。
安倍首相になって、学校はまったくよくならないでしょうね。
私の教師時代はまだ ぎりぎり軍国少年がいたり、若い先生が命令で生徒を動かしたがるなか、中堅には、学園紛争時代の先生が多く、わりとリベラルな雰囲気もありましたが、その一応民主主義をまじめに考えていた時代の若者だった先生がだんだんと減る中、学校はますます、国の言いなり先生で占められていくのでしょう。
私の昔の同僚(今も先生)が、もういやになる、やめたい、と言っております。
東京都のことしかわかりませんが、今から十数年前から、私から言わせれば、お前おばか??というような先生が、ふえて来ました。どういうわけか、人権などをまじめに考えるような教師はやめさせられる傾向が大きくなってきていました。
ここで気をつけて欲しいのは、家庭(地域?)の教育力が落ちると、身体だけ強くて、生徒を一喝できる(体育会系教師)教師が力を持つようになります。
校長は、心からこういう教師を素晴らしい とは思っていないかもしれませんが、荒れた学校の雰囲気を地域に見せたくない気持ちから、とにかく生徒を抑える事のできる教師を重宝する傾向が強まります。
生徒会を育て、黙っているけれど常識のある生徒、そういう多数の生徒を団結させ、力をもたせる教育は時間がかかります。私が学校で働いていた頃から、学級会を指導できる若い先生は少なかったです。議題を決め、話し合わせて、クラスの意見を決め、学年委員会やら、生徒会やらにあげて決まりを決まる、などのことがまったくわかっておらず、大切とも思っていないような先生が増えてきました。
細かいことを言うときりがないですが。
とにかくこれから、ますまず学校が荒廃していきそうですね。
心配です。