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(回答先: 非「憎」三原則 投稿者 heart 日時 2006 年 8 月 14 日 20:59:47)
たしかに戦争は憎しみを作り出し憎み合いの連鎖を起こす危険なものだ。
非憎三原則は実に分かりやすく,戦争反対の思想を広げるために良いスローガンになることを期待する。
愛する人が攻撃されたり殺されたりしたからといって戦争に行くのは間違いだ。
相手にも同じ苦しみを与えることになるだろう。
戦争に行ったものも帰国後に罪悪感に駆られ,
「自分は生きていていいのだろうか」と不安感に苛まれ自殺に追い込まれることがある。
今までの人格まで変えてしまう恐ろしい戦争。
本当に憎むべきは戦争国家・戦争指導者・軍需産業なのだ。
皮肉にも戦争で文化は発展してきた面が多い。世界史=戦争の歴史みたいな感じがする。
しかしこれは「人類が犯した大きな過ちではないか。」
「全人類が平和に暮らしていけることが本当に大切なことではではないか。」と改めて問われる。
戦争は絶対悪だ。罪のない人が死んでいく。それを上で眺めている指導者。なんだか虚しくなる。
我々は反省し全人類が平和になるような目的で生きていかなければならない。
「奇麗事だ」「理想を追い求めすぎだ」といわれようが僕は構わない。自己理性に従っていく。
平和に関してだけではないが,理性を失い本当に大切なものがわからなくなり,金に目を眩ませたりするようになっては愚かだ。
「そのような人物が多いな」と最近良く感じる。こうはなりたくないし絶対にならないと決意する。
先日NHKで子供たちとともに戦争について考えるという番組があった。その中で意見をいっていた子供の考えに感心し共感もした。
大人になってもこのような考えをもち続けて欲しいと痛切に思った。こういう素直に受け取れる面を大人は見習ったが良い。
もちろん僕たち子供も大人に多くを学ばなければならないが・・・。尊敬できる大人が少ないのは残念だ。
自虐史観だなんだといって子供の教育がおかしいというが,本当に大切なことが何かを理解し感じるのだろう。
あらゆる教育が正しく行われているとは思わないが,「二度と戦争を起こしてはならない」という教育のどこがおかしいのか。
当然教科書の全てが事実でないという考えもわかるが,こういう理性に基づく教育に反対するのは理解できない。
大人になるにつれ大切な感情や理性を失った人物を増やしていく社会のほうがよっぽどおかしい。
戦争のない☆新世界☆の構築は非常な困難を伴うだろう。しかしそれを目指すのが真の人類の生き方であると思うのだ。
道半ばにして亡くなったとしても大きな悔いが残らないような生き方をしなければならない。
だからこそあらゆる戦争への道を止めることが,平和な☆新世界☆の構築のために必要な我々人類の大切な役目である。