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(回答先: 蔭ながらぷち熟女さんのスタンスを支持しています。(お疲れさまでした。) 投稿者 如往 日時 2006 年 7 月 04 日 04:30:41)
如往さま、
お久しぶりでございます。
ホツマツタヱですが、大変わかりやすい解説を行っているブログがいくつかありますので、既にご覧になっているかも知れませんがご紹介しておきます。
「真名の日本巡礼」
http://blog.goo.ne.jp/manasanda
「びーちぇの「ヲシテのクニ」」
http://julian.way-nifty.com/woshite/
上でご紹介のブログではちょうどススカのミチについて書かれています。
ヤマトコトバでは厳密にはスズアカと濁点を付けて言ってはいけないようです。
アマチュアの方々によるものですが、学術的態度でのヤマトコトバの読解を試みているこれら二つのブログは貴重です。
ただし、あたくしは二番目にご紹介したブログに書かれた「古代日本でのシャーマンの不在」には同意いたしておりません(「古代為政者=皇室の祖」的立場も取りません。それでもなお、ホツマに記録された「為政者の心得」的倫理観には大変感銘を受けます)。
ビッグバンの様相を観るのは肉眼では無理です(第一ホツマの時代はそれより何億年かは後のことになります)から・・・。
現代物理学で証明されている事実からそう隔たっていないような宇宙観が綴られているからには、かなり精度の高い情報を異次元から「降ろす」ことが出来る高度な能力者を従えた統治者がいたか、統治者自身が高度な能力者であった可能性があると考えております。統治者が同時に卓越した賢者であったことも確かでしょうね。
ホツマの内容は宗教はおろか神話とまでもいかないものではないでしょうか。
シャーマン的能力がなければ視えないものについて色々書かれてはいますが、彼らとしては客観的物理的事実とその解釈について記載していたつもりでしょう。
祭礼に関する記述も多いですが、あたくしの捉え方では、あの時代の祭礼は彼らの流儀での宇宙とのコンタクト儀式であり、人の形をしたものが相手ではなかっただけで、「宗教」儀式というよりは「外交」儀礼的な感覚で行われていたものであって、彼ら自身が宇宙・自然の事物に狭義でいう神性を見出していたわけではないようにも思えます。
飽くまで宇宙の持つ秩序の体系的理解とそれへの敬意の表明から踏み出されたものではなかったのでは、と。
登場人物もやはり、神(カミ)ではなく、生身の人間として描かれています。
ミトラ教については幸い教徒の方の詳しいサイトがあって資料を示すのに便利なので、今のところよく言及しますが、人類の宗教史の過去はミトラ教止まりでもないようです。
一層史料が見つかりにくくなるので詳述できませんが、史上最古の宗教と言われるものにサビアン教があり、それがミトラ教の遠いベースになっている可能性もあります。
映画「エクソシスト」をご覧になった方で、イントロの数分間を憶えていらっしゃる方はおられるでしょうか。
主人公である神父が古代バビロニアの遺跡発掘現場にいる様子が描かれていましたが、あれは、地球上のサタニズムの歴史は少なくとも古代バビロニアまでは遡れるのだ、という暗示であるとも言われています。
宗教史を遡り続けていくと、神性よりはサタニズムに到達しそうな予感があります。
しばしば見聞するように、人と人の関係は宗教によって却って分断され、その溝が深まるというのもその理由です。
人は所詮ひとりひとり異なるものですが、哲学的態度であれば対話はまだ成立するのに、宗教的態度ではそれが望めない場合は多いですね。
あたくし自身は、人間は太古から「経験から生まれた智慧=倫理的価値観」に添った生活を送っていたであろうと考え(共同体の群れの中に「敬われる賢者」的年長者の存在はあったでしょう)、宗教はそういったものを吸収して成立したものであろうと考えるため、「倫理的価値観実践のある日々を送るためには宗教への傾倒は必須」とでもいうようなぼけ仙人さまのお説は本末転倒であると思われてならない・・・と、これまで2、3回に渡って投稿したことを手短かに纏めればそういうことになります。
日本でも世界の他地域でも、中世前後になって、存在もしない妖怪や迷信の類いを使って恐怖政治が敷かれ、宗教組織が力を付け、人がちょっとバカにさせられていってしまった背景には、サタニズムやそれから派生した呪術の侵入があったのではないかとも・・・。
ではまた、ごきげんよう。