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(回答先: どちらかというと、ぷち熟女さんに同感。・・「民族」と「民族意識」と「民族主義」と「排他的民族主義」との区別が必要 投稿者 たけ(tk) 日時 2006 年 9 月 04 日 21:00:45)
生活文化が民族を形成したという観点は正しいのでしょうか?
民族を生活文化が一致する人間の集団だという見方がある事は承知しております。
しかし、現にある民族は生活文化の延長上にあるという見方で正しいのでしょうか?
現にある民族はある瞬間に「この集団を○○民族と呼ぼう」と意味付けされたのではないでしょうか?
実際には民族の構成員のメンバーリストは存在せず、
個々人がその民族に属するかどうかは特に周辺地域では曖昧だったと思います。
それをあえて「○○民族」と呼ぶ事は恣意的(=人工的)は判断ではなかったでしょうか?
そして、そのような名称で自分が帰属する集団を呼ぶという事が共同主観として形成されたと思います。
その共同主観の受益者は民族の権力者です。
という事は権力者がその共同主観を広める努力をしたと考えられます。
そして、一旦成立した(=信じられた)民族は他民族との闘争に入ったと考えます。
権力者がより強大な権力を持つ為に。
民族間に距離があった時には国境という概念は存在する基盤は無かったと考えます。
民族同士が拮抗状態になり縄張りを確定した時に国境が成立し国家が誕生したと思われます。
民族国家の成立です。