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(回答先: 毒矢のたとえ 投稿者 たけ(tk) 日時 2006 年 3 月 23 日 18:17:39)
たけ(tk)さんおっしゃることは充分解ります。
またそのことを解った上で承知で議論しているわけです。
そして言えることは現在ではお釈迦様の時代とは違いがあります。
そしてまさにこの下記での議論をしているわけです。
>釈迦の弟子マルーンクヤープトラは、この世は永遠か、宇宙は限りがあるのか、死後の世界は
あるのかといった哲学的問題でいつも頭を悩ましていました。
>お釈迦様は「プトラよ、ここに一人の男が毒矢に射られたとしよう。家族や友人が集まり、急
いで矢を抜いて手当をしようとするが、男は誰が矢を射たか、男か女か、毒の種類は何か、
わからない内は矢を抜いてはならないと言ったらどうだろう?」
現代という時代はこのような議論を省き、即救急車で病院に運ばれます。
私が議論していることは哲学的な政教分離の話をしているわけですが?。