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(回答先: 悪い社会は道徳心の欠如した者が作り上げる。(あっしらさんへ) 投稿者 考察者K 日時 2005 年 10 月 29 日 10:03:36)
【考察者Kさん】
「あっしらさんは「政府は悪」というイメージをお持ちのようですが、現在の政府の人材に問題のある人が多いとしても、それは「道徳心の欠如した者」という構成員の比率の問題であり「本来は政府は必要機構であり、善悪とは無関係な『機関』である」と考えなければならないはずでしょう。」
理解されていないようですが、政府が個人の生き方に介入することを否定しているのは、政府の“善悪”性とは無関係です。
政府は、社会の政治的統合を行うもので、個々のひとの生き方に介入することは許されていない存在だと考えているからです。(政府は個々の具体的な人ではなく抽象的な国民を扱うものです)
これだったらいいとか、これくらいはいいと、政府が個人の生き方に介入することを認めていけば、その範囲はずるずると拡大することになります。
政府(統治権力機構)は必要悪だと思っていますが、「政府は悪」だとは思っていません。
(現在の政府については、悪というのではなく能力に欠けると思っているだけです)
【考察者Kさん】
「【「親の面倒を見た人」とか「正直者」といった評価を政府部門が行うことが問題だと言っているのです。(もちろん、それがあなたの評価によるものでも問題です)】
Kの考えではK案での実務としての相続の手続きは「自己申告によって、相続人が証明」する事になる。と考えています。厚生年金などの「扶養者控除の申請」のような感じと思うと分かりやすいかもしれませんが、被相続人が死亡した時に「同居で生計を同じくしていた」事はある程度証明は可能だろうと思います。また、同居していなかったとしても「定期的に送金していた被相続人名義の家屋などに住む相続人も、送金の事実が証明できれば相続税は原則非課税」で良いとも考えています。
確かに「最終評価と判断」は公平な第三者(政府部門の可能性は高い)が行う事になるでしょうが、ほとんどの場合は「非課税判定」で問題無いと考えています。
もちろん、Kが評価する訳ではありません。」
「扶養者控除の申請」は、虚偽の申告をしても、年齢や在学証明書でチェックできたり、税務当局のネットワークで申請された扶養者にどれくらいの所得があるのか把握できるものです。
そのチェックは、どのように生活している高校生なのかとか、夫思いの妻なのかとは関係なく、形式的身分や所得金額で行われるものです。
「同居で生計を同じくしていた」事が親の面倒を見たことになるという判断の根拠になるというのはお笑いです。
同居している親の年金の相当部分を自分のものにし、親は片隅の部屋に追いやられているというケースも何件か知っています。(物置を改造して押し込めている例も知っています)
「定期的に送金していた被相続人名義の家屋などに住む相続人も、送金の事実が証明できれば相続税は原則非課税」で良いとも考えています」って、現行の相続税で課税されるほどの遺産を残す親の生前に送金するってことがどれだけあると思われているのですか?
【考察者Kさん】
「【企業は“私財の集積”ですよ。】
と言うのは「正しい面と間違っている面」があるのでしょうが「経理的には明確に区別する必要がある」とKは考えています。確かに企業は「個人の夢や生き方の結晶」という面は否定できませんが、企業になった時から「従業員などとの共有」になり、純粋な私財ではなくなり、個人的な報酬はオーナー・経営者であっても「給与として所得するべき」だろうと考えています。ここを混同する事が「現在社会の問題点のひとつ」とも考えています。」
あなたの思いや企業経営論的解釈はご自由にどうぞ。
どんなべき論を語ろうとも、上場企業の資産は株式所有者のものです。
仮に、ドイツのような労使経営会議があるとしても、それによって企業の所有権が影響を受けるわけではありません。
ファミリー以外の株式所有者が生まれたときから、「他の株式所有者との共有」になり、純粋の私財は所有株式の比率になるというものです。
企業資産の所有権や企業経営の支配権と、「給与として所得するべき」とはまったく次元が異なる話です。
オーナー・経営者は、役員報酬(給与)を受け取り(なかには逆に持ち出しの人もいる)、利益が多ければ株式配当も受け取る(配当がない場合も多い)というものでしょう。
「ここを混同する事が「現在社会の問題点のひとつ」」って、何と何を混同し、どういう問題があるというのですか?
私的財産権と個人の自由は制限すべきというのもアリですから、それならそう言ってもらったほうが手っ取り早いんですが...。
【現実はそのような制度ではないのです。現実と理想をごちゃ混ぜにして論じるのは控えたほうがいいでしょう。理想を語るのなら、「企業(私財になっていない)」というトンチンカンな認識ではなく、生存維持活動様式や家族制度を含めて社会構造そのものをどうするのかというレベルまで説明する必要があります。】
現実ではそのような制度ではない。の意味は微妙ですが、Kは現在の延長線としての「未来」で実現可能な制度問題として、提起しています。
「現在の支配層は支配層の不利になる制度改正は受け入れない」と言う意味での「現実的でない」ならば、確かにそのような面もある。と思いますが、多くの庶民が「その方向でも良い」と考えるならば「革命と言う手法をもちいらないで実現は可能」と考えています。
【生存維持活動様式や家族制度を含めて社会構造そのものをどうするのかというレベルまで説明する必要】はないだろうとKは考えています。
【考察者Kさん】
「【95%の庶民は相続税を納付していませんから、「親の面倒を見る事」を政府により判断されることで“増税”になるひとが増えるでしょうね。】
これは分母問題なので議論しても仕方ありません。Kは現在「土地の評価額によって泣いている多くの正直者」を分母としていますが、一面では「政府の税収は増える」としています。」
政府の課税事由に“正直者か不正直者か”といった馬鹿げた基準を持ち込むことを笑っているのです。
その基準を検証するために人員を多く用意し、判定に不服の訴えも頻発するような制度は愚の骨頂だと思っています。
検証もしやすく徴税コストの抑えられる制度として、累進税制であれば所得税に絞り込んだ課税、フラット税制であれば物品税(消費税ではない)に絞り込んだ課税がいいと考えています。
(徴税の効率性から言えば所得税よりも物品税のほうがいい。物品税も、カテゴリーで税率を変えればフラット税制の問題点を緩和することはできる)
【考察者Kさん】
「割合としては「親の面倒も見ようとしないで自分の生きたいように生き、親の財産を当て込んでギャンブルのような人生を送っている不埒な者」も増加傾向ですし「自分では使い切れない資産を貯め込むだけが楽しみという馬鹿な人」も増加傾向ですから、国民全体を分母として考えれば【”増税”】になるでしょう。ここは”庶民増税”の定義問題なのですが、Kとすると”不埒者”は庶民(Kの仲間)とは考えたくない。というイメージを持っています。」
あなたがどういう類のひとに親近感を抱こうと事由です。
しかし、“不埒者”に財産を残すかどうかは被相続人の判断に委ねるべきであって、政府部門や他人が介入していい問題ではありません。
【考察者Kさん】
「【政府部門が諸個人の生き方に介入することはできるだけ少ないものであって欲しいと思っていますので、好意的な視点では考えられません。所得税の累進性強化は高額所得者の家計の財産形成を抑えることになるので、政府部門の介入を抑制しつつ、死ぬときに使い切れずに残すお金を減らすことができると思っています。】
政府部門のイメージについては繰り返しになるので省略しますが、それならば、所得税の累進性強化でも結局は同じ事(政府が税金の資産運用すると言う意味では)でしょう。」
「政府が税金の資産運用すると言う意味」の部分は、国会と政府が税金の使い道を決めると言う意味と受け止めますが、それを否定しているわけではありませんよ。
いいですか、どんな勤労の内容で稼いだかは問わず、抽象的な数値である所得の多寡で課税するというのは、あなたが提唱している“道徳心”に沿った生き方を基準とする課税方式とは異質のものです。
【考察者Kさん】
「ただし、所得税の累進性強化は「(新)自由主義(成果主義によって報われる社会構造)の流れ」に逆らう方法論ですし、「資産家の海外流出」に繋がります。まあ、「金持ちはどこに行こうが知ったことではない」と言うのは理解できますが、貿易黒字で稼いでもその分海外移住されると、日本の成長はない事にもなります。問題は「アメリカの累進性は現在の日本とほぼ同等」というグローバルな視点での現実です。グローバル化の世界では「国家も国民の住みやすさで競争をしている」のです。」
グローバルにというか近代国家ではまずお目にかからない道徳心を相続税の課税基準とするよう主張している人とは思えない主張ですね(笑)。
相続税制度がない国だってあるのですよ。
「資産家の海外流出」は、贅沢品など高級品の販売が減少するとか高級住宅地の価格が下がる程度の影響しかなく、日本経済の成長を左右するほどのことではありません。
相続税の脱税もありますが、相続税を嫌うのなら、相続税がない国とか相続税の税率が低かったり相続税から逃れられる制度を認めている国に移住する人が多いはずです。
(“資産家”は相続税が課税されるファミリーです)
よその国に行ったほうが稼ぎやすいとか生活しやすいと思う人はそうすればいいのです。
それを防ぐために、「アメリカの累進性は現在の日本とほぼ同等」にする必要なぞまったくありません。
ドイツや北欧は中所得者でも高い税率の所得税を負担していますが、それらの国をめざす移民は多くても、それらから他の国に逃げようとする国民は少ないというのが実態です。
(現居住国で既に稼ぐ基盤を築いているひとが、よその国で稼ぐことはそんなに容易なことではありません)
【考察者Kさん】
「その点も考え合わせると「あっしらさんこそ理想論で現実を捉えていない。(累進性強化が財政再建案の増税案としての”対案”になるのならば)」と言う面もあると言う事です。「政府を無くすのは無理でしょう」から「いかに有効活用しようか?」という視点も必要だと思います。」
「財政再建」はデフレの解消が唯一の道だと何度も主張しているように、増税で財政再建ができるとが考えていません。
所得税の累進性強化は、財政再建のためにではなく、供給活動の円滑な維持・発展のために必要な施策だと考えています。
私の経済政策に関わる投稿は、国会や政府を「いかに有効活用しようか?」という視点で書いたものです。
政府が個人の生き方に介入すべきではないという主張が、「「政府を無くすのは無理でしょう」から「いかに有効活用しようか?」という視点も必要だと思います」につながるようなものだと考えているのなら、短慮の極まりです。
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