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(回答先: 慣性(エネルギー)の受器としての身体。 投稿者 如往 日時 2006 年 1 月 14 日 14:42:14)
如往さんへ。
“………どうやら件のアジェンダについては佳境に入ってきたように思います。………”
佳境に入ったところで、理屈屋の私は息切れしてきました。何しろ、テーマは身体ですから行為・実践が不可欠です。こうした領域では、ようやくスタートラインに立った程度で、未だ語るべき何事も持ち合わせていません。ただ、如往さんのお話しを拝聴するのみです。
“…身体性は仏性の権化…”とは至言ではないかと感嘆しております。
“………総ての生命エネルギーの受器である地球というMatrixの存在を意識するとき、その無限定の受容性を表す言葉としては“霊”よりはむしろ “霊性”こそが、汎用性に富む………”
なるほど。足元の地球と頭上の宇宙、母なる大地と天空のダルマ(法)。霊性は、其の狭間に広がる精妙なる流れでしょうか。