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(回答先: Re: 1904年の釜山に電柱がたっていてもおかしくはないですね 投稿者 Kotetu 日時 2006 年 4 月 18 日 21:19:52)
なんか日本は併合前から朝鮮の近代化に貢献してて、電信の建設も日露戦争の前からやっていたそうで。
明治15年の壬午事件で清国が軍隊を朝鮮に送り込もうとしたけども、その報告が日本になかなか届かなかったので、
日本が朝鮮に電信網を張りたくなったそうで。
それで日本は明治16年に朝鮮と条約を結んで、九州北端の呼子から壱岐・対馬経由で釜山までの海底ケーブルを布設したと。
明治17年には釜山に日本人が常駐する電信局を作り、朝鮮語と日本語の両方の電信が開通。
その翌年の明治18年に清国が条約を破って京城〜仁川・義州までの陸上電信線(欧州から拝借した技術で)を勝手にひいてしまったので、
日本が怒って釜山から京城までの電信線を更に引いたと。この時代の日本はすでに、電信線の架設も傳信機の製造も電信局の運用も
すべて自力で出来るだけの技術力を確立していたと。これらが自力で出来る国はアジアでは日本だけで、ヨーロッパを含めても、
そう多くはなかったと。ロシアも外国の技術に頼っていたと。朝鮮が自力でなんとか出来るようになったのは、戦後しばらくしてからだろうということで。
というわけで、もしかしたら正しく100年前の写真なのかもしれないという話でした。
でも仮に本物だったとしても韓国国民があういう写真を見て、朝鮮が自前の技術と資本で100年前から電信網を張っていたんだなあ、
という錯覚はして欲しくないっす。以上、歴史に暗いサトミのレスでした。