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(回答先: 約束したのですから、国は靖国神社で戦死者を慰霊するべきです 投稿者 西岡昌紀 日時 2005 年 7 月 12 日 03:06:49)
西岡昌紀さん
>国は、戦死したら、靖国神社に祀ると
言ふ約束の下で、国民を戦地に駆り出したからです。
おいおい、君の脳みそには、
戦争の悲惨も、肉親を死地に追いやられた憎しみも、
そうして、いくさに殉じた悔いも、
何も無いらしい。
「元々左翼」で「今右翼」だかなんだか知らんが、
戦争への反省は、少しも無いらしい。
>歴史観に基いて祀るか祀らないかを決める事ではなく、あの戦争が「聖戦」で
あろうが「侵略」であろうが、国の国民に対する約束として、守られるべき
おやおや、灘だか開成だかどこだか知らぬが、小学校から熟漬けになった
受験秀才生徒が答えそうな、程度の低い形式論理、欺瞞だね。
靖国参拝とは、
「今度こそ断固闘う、負けない」
という誓いに行く。
西村真悟や西尾幹二が言っていることこそ、靖国神社の元々の存在理由だ。
そちらのほうが正直である。
精神外科の先生はどうやら、
目くらましの任務を引き受けて、国民の精神を攪乱しにロフトにお出ましのようだ。
東に、「靖国に不戦の誓いをしに行く」という小泉の珍論あり。
西に、「靖国はただの慰霊」という外道医師の欺瞞と詭弁あり。
「国は靖国神社に祀るという約束をした」だって?
「それが慰霊だ」だって?
まあ君の理屈だと、ナチスがドイツ国民を戦場に駆り出すための「約束」は、
戦後ドイツ政府は「守ら」ねばならぬ、ということになる。
まずもって、「国による無条件降伏」などあってはならないことになる。
日本では、「ポツダム宣言」を受諾した。
「聖戦勝利」の約束、根幹の約束はどこへいった。
「慰霊」の約束など屁にもならぬ。
間違った戦争によって「無駄死」「犬死」させられたものが、
その下手人と共に祀られて、なんでその魂が慰められようか!
ジイサマの魂は東条某の魂を、死してなお、滅ぼしに参るであろう。
戦争指導者は本当に「聖戦」を「聖戦」として遂行したのか、
「聖戦」どころか「醜戦」ではなかったのか?
そうして根本に戻る。
負けるべくして負けた戦争の、その指導責任をとったか?
一番大事な約束を反故にして、全てをあいまいにして、
再び「必勝」を誓う装置、靖国神社。
それを君は
「理由はともかく国家護持」にせよ、という。
理由はともかくではなく、
理由をはっきり言わずに隠して、だろう。
戦争肯定復古の大合唱。
君たちはその第5列バリトンでも担っているのかな。
「反対とはいわない消極的賛成者を増やすために」
君たちに本当に必要なのは、
洞窟で爆発しそこなった自決用手榴弾ではなかろうか。
もし私に、遺品として手元にあれば、
君に必ず謹呈したであろう。
無いのがまことに残念である。
「戦争とは何であったか」、
迂闊にもまともに考えたこく人生のたそがれを迎えた男でも、いや女でも、
自決用手榴弾を手にすれば、すぐに分かると思う。