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(回答先: 『統治失敗』で外注バブル 警備ビジネス10兆円市場(5/11東京新聞特報) 投稿者 happyblue 日時 2005 年 5 月 11 日 21:25:29)
@イラクで拘束・斎藤さん 19年前本紙が取材(東京新聞)
仏部隊への志願理由などを語る斎藤昭彦さん=1986年7月、パリで(青島宏撮影)
イラクの武装勢力に拘束されているとみられる斎藤昭彦さん(44)は、フランスの外国人部隊に所属していた一九八六年七月、パリで本紙の取材を受けていた。
斎藤さんは当時、コルシカ島の第二空挺(くうてい)部隊所属の伍長。入隊してからの三年間でアフリカのチャド、中央アフリカ、ジブチ、地中海のコルシカ島に駐屯していた。
取材では「田中昭彦」と名乗っていたが、部隊では身分を隠している者が多いこともあり「本当の名前は言っていない」と打ち明けている。
十一日に本紙記者が当時の写真を弟の博信さんに見せたところ、「本人です」と確認した。
記事によると、斎藤さんは「日本で喫茶店に勤めていたとき、知人に教えられて」と入隊のきっかけを説明。「十五歳のころ、ろくに学校へ行かず、親を随分てこずらせてね。そんな自分がどこまでやれるか試したいと思って、日本を出たんです」と志願に至った心情を語っている。
部隊の契約期間は五年間。入隊時に同僚の日本人が三人おり、経験の一番長かった「ワタナベさん」は、部隊を辞めた後にベルギーにある雇い兵のあっせん組織に入ってイスラエルに行ったという。斎藤さんは「残りの二年間を勤め上げたら、ぼくも雇い兵組織へ入るつもりです。外国人部隊よりずっといい金になるそうですからね」と話している。
取材した当時のパリ特派員の青島宏本紙論説委員は「本名は明かさなかったが、話の状況から斎藤さん本人だと思う」と指摘。
「外国人部隊の制服姿の日本人は珍しかった。声を掛けたら日本語が懐かしいと取材に応じてくれた」と当時の状況を説明した。
また、「当時、ほかに日本人が三人も部隊にいると話していたが、今はもっと多くの日本人が参加しているかもしれない。今回も危険であることは分かっていたはずだが」と話している。
http://www.tokyo-np.co.jp/00/sya/20050511/eve_____sya_____000.shtml