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(回答先: 演説口調とは? 投稿者 如往 日時 2005 年 6 月 23 日 01:41:30)
Sun Shineさん、こんにちは。
演説口調に関しての補足的見解を少し述べてみたいと思います。
これまでのSun Shineさんの投稿を再読して気がついたことがあります。英語圏で永くお暮らしとのことですので英語の発声に馴染んだことが、Sun Shineさんにとって日本人の会話に現われる口調が演説的だと際立ったものに感じられた要因の一つになっているのではないでしょうか。
ご存知の通り日本語の音は5つの母音によって構成されています。母音は声帯の振動を伴なう呼気が口の形状の変化によって発せられるものです。つまり、英語のようにRhythmが音の強弱の周期的な繰り返しではなく、日本語では音の大小もしくは長短によって構成されていることからも、そのことが少なからず語尾が上がったり語尾が流れたりすることに関係しているのではないでしょうか。前の稿で語尾が上がらないようにするための対策の一つを挙げましたが、よく洗練された人達の会話でさえも英語の発声に慣れた人にとっては日本語の発声は語尾が上がったり流れたりしているように聴こえるでしょうし、それが気に掛かかって仕方がないのではと想われます。
私も全共闘時代を生きた人間の一人ですが、あの演説口調にはなかなか馴染めずにいました。多分、高校時代、英語の先生の影響で英詩に興味をもち受験勉強の傍らE・アラン・ポーやR・ブラウニングを読んでいくうちに、日本語にはないRhythmを英語に感じたことが遠因になっているのかも知れません。ただ、2000年代の日本において演説口調がどこにどのように復活しているのか、多少の疑問と大いに興味を覚えましたのでSun Shineさんにレスしたような次第です。
けれども、日本語が前述したような性格を持つ以上は、英語に馴染んだ人達が日本語を耳にしたときに語尾が上がるようにあるいは語尾が流れるように聴こえるのは免れ得ないことだと思いますし、粗製乱造のテレビタレント達の活躍(?)によってそうした状態が増幅していく傾向にあるのも事実でしょう。例にも挙げましたが、比較的短い節において語尾が流れることが多い村上龍氏の喋り方に私はある種のだらしのなさを感じたのです。
また、会いましょう。