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(回答先: 国家を否定する人に同調する人は少ないでしょう。 投稿者 考察者K 日時 2005 年 6 月 12 日 16:41:33)
考察者Kさん、何となく核心に迫ってきたような気がします。
貴方は多数派を形成する為に「日の丸、君が代」を方便として不問に付すべきだとおっしゃるのですね。
それが間違いなのですよ。
当面の闘争の課題が例えば「反靖国政権」を作る事であればその中で「日の丸、君が代」の問題を踏み絵にする事は統一戦線の破壊に繋がるのでそんな主張をすべきではありません。
基本的姿勢として何を持っているかという問題と運動の中で何を訴えるべきかという問題を混同すべきではありません。
>国家を否定する人に同調する人は少ないでしょう。
私は運動の中で国家を否定するなどとは言いませんよ。
しかし、基本認識として国家は資本家が労働者階級を支配する為の手段として機能していると思っているのです。
また、国家を労働者階級の為の手段にする事も困難であると考えております。
従って国家の機能を低減する事がいいと思っているのです。
>http://www.asyura2.com/0505/idletalk13/msg/642.html
>投稿者 考察者K 日時 2005 年 6 月 12 日 16:41:33: JjkI8nWTpj0po
>(回答先: 異なる闘争同士の団結が必要 投稿者 ワヤクチャ 日時 2005 年 6 月 12 >日 15:01:38)
>>ワヤクチャさん ご意見を読ませていただきました。
> 共産党さんが「道」を放棄したというのは初耳です。大体「道」は隠し教義で公に>議論されるような代物では無いと思っていましたので、封印されただけと思っていま>した。
そうですか、それであれば私の認識不足であったのかも知れません。
しかし、路線変更は確かです。
>路線変更はいつ頃でしょうか?
昭和30年代初頭、路線対立等の理由から、日本共産党を除名されたり、離党した者が中心となって、日本共産党に代わって、我が国で暴力により共産主義革命を起こすことを目的とする集団が生まれました。これが過激派です。
日本共産党が、それまで採っていた武装闘争を「極左冒険主義」と自己批判し、30年7月の第6回全国協議会(6全協)で戦術転換を図ったことから、武装闘争の中心となっていた学生党員等の間で指導部への不信感が生まれました。
http://www.npa.go.jp/kouhousi/biki2/sec02/sec02_0201.htm
私は上記の事を武装闘争からの路線変更と呼んだのです。
>また、それは公に発表された事なのでしょうか?
上記の通り、1955年7月の第6回全国協議会です。
> 安保闘争の時代に共産党は「議会重視」に方向性を振ってはいますが、過激派セク>トは「道」を作り出すために突っ走っりました。
過激派セクトは上記のような6全協の決定に不服を感じて別組織を作ったのです。
それがブント(共産主義者同盟)です。
>連合赤軍の崩壊という歴史を経て事実上、武力革命は頓挫しましたが、Kは公に放棄>されたとは聞いていません。
共産党としては放棄したのです。
以下の2つの引用をご参考までに。
どう思われますでしょうか?
実質的に放棄したと私は考えます。
そしてそれは共産党の方向としては正しいと私は考えます。
◆暴力革命の否定
批判の第三は日共による積極的な暴力革命の否定に関してです。
日共の暴力革命についての理解は極めて皮相なものです。すなわち「『敵の出方』による『非平和的』事態における『強力』の行使、ただしこれは革命運動の大きな流れの中での一局面的な問題であるから暴力革命ではない」ということからも明らかなように、要するに現象的な「強力」としての暴力の発動が恒常的であるか否かが暴力革命か否かの判断の一切の基準となっているにすぎません。
http://hatahata.mods.jp/archives/2005/05/post_174.html
50年問題の総括の後、『80年史』の記述は第7〜8回党大会と新綱領の制定に移っている。現在の共産党の基本路線が確定されたこの時期は、党史にとって最も重要な部分でもある。したがってまた、この党綱領路線からなし崩し的に逸脱しつつある現在の不破=志位指導部にとっては、なおさら念入りに、かつ、さりげなく歴史の書き換えをしなければならない領域でもある。
そうした「書き換え」の最初のものは、第7回党大会に提出された「日本共産党党章草案」をめぐる記述である。『80年史』は、草案が、当面する革命を「二つの敵」論にもとづく人民民主主義革命としたことを紹介しつつ、次のように述べている。
「さらに、草案は、平和的手段による変革を否定した『51年文書』の誤った規定をしりぞけました」(『80年史』、136頁)。
このように、『80年史』では、「平和的手段による変革を否定した」51年綱領の立場をしりぞけたとしか言われていない。しかし、この部分の記述は、それまでの党史では次のようになっていた。
「また、革命の移行形態については、『51年文書』の一面的で誤った規定を排すると同時に、平和的手段による革命の道が無条件に保障されていると考える『平和革命必然論』をもしりぞけ、平和的手段による革命の達成をあくまで追求しながら、あれこれの不法な暴力でこの道をとざそうとする『敵の出方』に必要な警戒をおこたらないという、原則的な見地を明確にした」(『70年史』上、266頁、強調は引用者。以下同じ)。
このように、『70年史』で「しりぞけた」とされているのは、むしろ、「平和的手段による革命の道が無条件に保障されていると考える『平和革命必然論』」の方であった。いずれにせよ、『70年史』では、平和革命の可能性を否定する議論も、平和革命が無条件に保障されているとする議論もしりぞけ、「敵の出方論」という原則的な見地を明確にしたことが、重要な事実として指摘されていたのである。このような立場は、それ以前の党史でも基本的に同じである。たとえば、『65年史』では以下のようになっている(『60年史』でも同じ)。
「また、革命への道すじについては、『51年綱領』の『強力革命唯一論』を排すると同時に、平和的手段による革命の道が無条件に保障されていると考える『平和革命必然論』をもしりぞけ、平和的手段による革命の達成をあくまでも追求しながら、暴力でこの道をとざそうとする敵の出方に必要な警戒をおこたらないという、原則的な見地を明確にした」(『65年史』、158頁)。
「敵の出方論」は党綱領路線の基本的要素であり、党は基本的に一貫してこの立場に立ってきた。このような原則的立場を今回の『80年史』でこっそり削除したことは、今日の不破指導部の基本姿勢および党綱領改定の方向性を示している。
『80年史』はこの記述に続いて、綱領草案をめぐる討論を紹介している。そして、この討論において二つの問題が論争点になったとしている。その二つとは、「アメリカに対する日本の従属関係の評価」と国内での反独占の任務をめぐる論争点である(137頁)。『80年史』は、綱領草案反対派(主としては春日派)がこの二つの争点をめぐって、従属規定に反対するとともに、反独占なら社会主義革命であるという立場をとったことを紹介している。しかし、これまでの党史では、実は、これらの争点のみならず、もう一つ重大な争点が紹介されていた。たとえば『70年史』はこう述べている(『65年史』、『60年史』でもほぼ同じ)。
「春日庄次郎、内藤知周ら……は、……また、革命の移行形態の問題でも、国際情勢の有利な発展など外部的な要因を理由に、反動勢力の暴力行使の危険性を無視する『平和革命必然』論を社会主義へのただ一つの道として定式化することを主張した。」(『70年史』上、266頁)。
ここでも平和革命必然論に対する批判がなされている。だが、こうした記述は『80年史』では完全に削除されている。当時の文献を調べればすぐにわかるように、平和革命必然論をめぐる論争は、党章草案をめぐる議論で中心的なテーマの一つであった。たとえば、第7回党大会の綱領問題をめぐる論争についての報告(報告者は宮本顕治)は、「9、革命の平和的移行について」という特別の章を立てて、3頁にわたってこの問題について詳しく論じている(『前衛特別号 第7回党大会決定集』、175〜178頁)。『80年史』は、このような歴史的事実を完全に切り捨ててしまっているのである。
http://www.linkclub.or.jp/~sazan-tu/sazanami/031/01.html
> さて、天皇についてですが、まあ、日本の歴史は神武天皇から始まると言われてい>ます。卑弥呼というのは邪馬台国という別の国(祖先でしょうが国は違います)の話>です。
> 人間は皆平等という意味に置いて天皇という存在は許されないという意見は理解し>ます。また天皇の名の下に「多くの国民が死に追い込まれた」のも事実でしょう。
>しかし、Kは天皇が存在することによってKが不利益を感じたことはありません。
個人的な問題では無いのです。
天皇制によって多くの人々が殺された歴史をどう総括するのかの問題です。
>直接的な利害関係もない人を「強烈に恨む」いわれはありません。
別に恨んでいるのではありません。
制度として百害あって一利無しと申し上げているのです。
> 恨むのは「思想」によってか、「主観的信念」によってでしょうが、いずれにして>も「理屈的におかしい」とか「納得できない」と言う事でしょう。
恨んでいるのでは無く、客観的に有害な制度であるという事です。
> 人の考えは様々です。「大人の考え」という言葉に拒否反応を示されたようです>>が、その程度のことで「拒否反応」を示していては大同団結など望むべくもありませ>ん。
大事な問題を「大人の態度」という事で「大した問題で無いかのごとく扱う事」に対して異論を述べました。
そのよう言葉使いの批判すらも許さないような態度ではそれこそ大同団結は無理です。
大同団結をする為の批判なのです。
>> 少なくとも今現在「天皇制度はあり、国歌は君が代」なのです。そこを認めた立>脚点に立たなければ「どんな改善を行うにしても、私感が先行します」
私的な感情で言っているのではありません。
> 何を言っているのだ?と思われるかもしれませんが、おそらく、日本人の9割以上>の人は「天皇制度」も「君が代」も受け入れています。釈然として納得していないか>もしれませんが「そこを、認識し、認めなければ」情勢判断の段階から間違ってしま>うのです。
多数の認識が正しいのですか?
天皇制を肯定している日本人は天皇制の問題点が分かっていないだけです。
それを教えなくてはならないのです。
もちろん、当面の運動の中でそれを出したりはしません。
しかし、必要な時にはその主張を出すべきなのです。
> 意地で「天皇」を拒否するのは個人の自由です。
意地ではありません。
>しかし、それを公言し、自分にレッテルを貼ることによって「離れる人」は必ずいる>でしょう。
それはやむを得ません。
だからと言って主張を取り下げるワケにはいきません。
>大同団結しなければならない時に「自分からバリアー(防御壁)を張るような行為を>行って」何が出来るというのでしょう?
何も無い時に積極的に主張はしません。
しかし、必要な際には主張します。
団結をする為には認識を一致させる必要があるのです。
阿修羅掲示板は少なくとも何もかも包み隠さず主張する場です。
運動の現場では無いのです。
> で、Kは日本が好きです。Kは日本語しか話せませんので、日本に留まり、日本で>土に還るはずと思っています。日本を良くしたいとは思いますが、その中に天皇制度>の廃止という項目はありません。仮にあったとしても優先順位は最下層です。
貴方は天皇制は必要だと思われるのですが、それとも心の底では廃止すべきと思われているのでしょうか?それとも、ただこの問題については分からないのですか?
三択ですから、いずれかであるハズですね。
いずれかお答えいただけますか?
それからが本当の話です。
運動にとってマイナスかどうかはその後です。
革命家は自らの主張を隠さないという事が原則だと思っております。
革命家では無く、ただなんらかの運動をやっている活動家というのであれば貴方の態度は了解できますが。
貴方は社会の根本的な変革を求めているのですか?
それとも、一定の支持を得たい政治屋さんなのですか?
私は前者のつもりでお話をさせていただいてきたのです。
後者なのであればそういう事として対話させていただきます。
そんな政治屋さんのノウハウの話をワザワザこの阿修羅掲示板でする事も無かろうとは思いますが。
>> その最下層の中の「君が代」問題などで対立していては「Kとしては」先に進む>>ことはできません。
優先順位が低くても意見交換はしたらいいのですよ。
運動と意見交換は別の分野ですから。
> 今は天皇制度よりも重要な項目が山積しています。それが、Kの主観です。
郵政民営化ですか?
では、その話をしましょう。
靖国参拝問題が焦点化してきたので天皇制の問題が関連で語られてきただけなのですが。
> ワヤクチャさんは「靖国史観問題」「日本の右傾化」等から「天皇制度問題こそ最>重要」とされる可能性はあるでしょう。しかし、天皇の靖国参拝が問題化している訳>ではないのです。
靖国神社は国家神道でありその中心に天皇がいるのですよ。
それで関連項目で出てきているダケです。
>Kの知る限りですが「天皇制を廃止しろ」という正式な要請をどこかの国が行ったと>いう話も聞きません。
それこそ他所の国は言いにくいでしょう。
首相の靖国参拝反対ですら内政干渉と言われるのですよ。
今の時期は日本人しかそれは言えないでしょう。
> 【だいたいが国家そのものその価値を認めていない私としては国歌なるものも歌い>たくは無いですが。】
>と言うような人とどこの誰が同調してくれるのでしょう?
いえ、結構同調していただけますよ。
貴方が知らないダケです。
>日本の国家(政府では無く、国家です)を嫌うような人と、日本を良くするという共>通点を軸に協力関係が形成できるかという命題を「他人の視点に立って」考えてみる>ことをお勧めします。
私は「日本をよくする」とは思っておりません。
「社会をよくする」と思っております。
その為には「日本なるもの」はジャマですらあります。
国家という単位で変えられるとは思っていないのです。
各地域が自立する形で世の中が変わっていくと思います。
それを「日本がよくなる」と思っていただきましても結構ですが
私はそういうワクでは考えていないのです。
むしろ、朝鮮や中国も同時的に変えていきたいのです。
一般にある国家単位でなければ世の中は変わらないという考えは私は取りません。
その考え方こそ国家に捉われ過ぎていると感じます。
で、最初の質問に帰ります。
あなたは国家を何故肯定されるのですか?