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(回答先: あっ、やっぱり話がぜんぜん通じてな〜い(爆) 投稿者 都会暮らし 日時 2005 年 6 月 08 日 05:13:14)
>都会暮らしさん どうもです。
都会暮らしさんの考えは「反抗期の青年」の考え方なのです。
親の愛をも拒否し、個人本意の「自立心」が芽生えたときに人はそのように考えます。
しかし、その考えを引きづった者は将来「親孝行したい時には親は無し」という後悔に達します。勿論、これは例ですので、例外もある事は認めます。
自殺者の問題は「本人の問題も重要」ですが、もう一つ更に重要な物があります。それは残された者の「心の傷」です。
「自殺を止められなかった事」によって「自責の念に押しつぶされる人も多い」という事実があるのです。その数は自殺者数の数倍に上ります。
頭で考えれば「自殺は本人の選択」で残された者には罪は無いことは明白かもしれません。しかし、パトスはそれに納得しないのです。
その辺を考慮しない「自己本位論」は不完全としか言えないでしょう。
Kは小泉総理に責任の転嫁をしているつもりはありません。
良かれ、悪かれ、小泉総理を生み出したのは我々です。しかし、それは間違いの結果論でしょう。
間違いならば(Kの考えが正しいとも言い切れません)是正しなければなりません。
それには
小泉総理に「間違いに気付かせる」
か
小泉政権を「終わらせる」かと言う方法論の模索と手法を考えることになります。
方向性が間違っているというのは「Kの主観」であり、思い込みである可能性はあります。
「人は勝手気ままに生き、そして死んでいくことが望ましい、全ては自己責任において自分の判断でやっているのだから」と言う考え方は正しい面もありますが「全ての人は完成している」と言う考え方から成り立っています。
しかし、現実は完成した人などはKも含めてほぼ皆無です。
全ての人は未熟であり、助け合わなければ生きていけないと言う側面を持っています。
「お節介はやめようよ」という考え方は「未来に何も生み出さないし、また、生み出す必要もない」という事を感じます。
まあ、ご理解されようとしないようですので「ご自身が大切な何かを失うまでは、気付かないかもしれません」
その時失うのが小さな物である事を祈っています。
では、では