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シオニズムの創始者ヘルツルは植民地主義を自認していた。
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投稿者 木村愛二 日時 2006 年 1 月 04 日 18:47:30: CjMHiEP28ibKM
 

(回答先: アフマディネジャード大統領がユダヤ人はイスラム国家において宗教の自由と安全を享受していると語る [IRIB] 投稿者 white 日時 2006 年 1 月 04 日 17:11:25)

シオニズムの創始者ヘルツルは植民地主義を自認していた。

拙訳『偽イスラエル政治神話』の関係箇所を示す。

この原著は、アラブ語にも訳され、ベストセラーになっており、イラン語訳の存在は確かめていないが、イランでも読まれているはずである。
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http://www.jca.apc.org/~altmedka/nise-6.html
『偽イスラエル政治神話』
(その6)著者はしがき2.
総説[以下は初版と同じ]
 本書は、一つの邪教の物語である。
 この邪教は、神の啓示に逐語いじりの手前勝手な解釈をほどこし、宗教を政治の道具に祭り上げている。
[中略]
シオニズムはしばしば自らをつぎのように定義している。

1、一つの政治的教義である。
《シオニズムは、テオドール・ヘルツルによって創始された一八九六年以後の政治運動に由来する》(『シオニズム・イスラエル百科事典』)
2、ユダヤ教からではなくて、一九世紀のヨーロッパの国家主義から生まれた「国家主義者」の教義である。
 政治的シオニズムの創始者、ヘルツル[訳注]は、いかなる宗派に属すると主張したこともなく、『回想録』には、《私は宗教的衝動に従うことはない》《私は不可知論者である》(同前)と記している。
[訳注]:ヘルツルには、彼に先行するシオニスト運動が格好の看板指揮者として途中で迎え入れたタレントの要素がある。彼は、オーストリア=ハンガリー二重帝国のハンガリー側首都、ブタペストで、裕福なユダヤ人の子として生れ育ち、ユダヤ教の信者にはならず、ウィーンのドイツ語新聞のパリ特派員となった。一八九四年に発生したドレフュス事件(フランス軍ユダヤ人大尉のスパイ容疑・冤罪による流刑判決事件)の衝撃を受ける以前には、ヨーロッパ社会への融和を考えていた。『ユダヤ人国家』の初版は一八九六年。第一回シオニスト会議(のち世界シオニスト機構)の開催が一八九七年。だが、すでにそれ以前の一八七八年に締結のベルリン条約で、パレスチナ地方がフランスの支配下に入って以後、本訳書二四二頁以下にも記されているように、フランスのロスチャイルド家(ロートシルト)による土地買収とユダヤ教徒の移住勧誘が始まっていた。本訳書巻末の訳者解説三五六頁で紹介した資料によれば、さらにそれ以前の一八六七年、つまりは、第一回シオニスト会議が開催されるより三〇年も前に、「開発資金を集めた創世期のシオニスト運動組織は、パレスチナの天然資源を調査」を行い、「数百万の人口を移住させる可能性」を確かめていたのである。

 彼は聖地に特別な関心を抱かなかった。彼は、国家主義を実現する目的地として、ウガンダ、トリポリ、キプロス、アルゼンチン、モザンビーク、コンゴの、どこでも同じく受入れようとしていた(同前)。しかし、ユダヤ教徒の友人の反対に直面し、彼が「力強い伝説」(mighty legend)(同前)と呼んだものが、《逆らい難い力を持つ同志糾合の号令となっている》(『ユダヤ人国家』)ことを認めた。

 この動員力のあるスローガンは、すぐれて現実主義的な政治家である彼にとって、見逃せないものだった。彼は、この「復古的」な「力強い伝説」を歴史の現実に置き換えようと宣言し、こうも語った。

《パレスチナは我々の忘れ難い歴史の一部である。……この地名のみが我々の仲間にとっての力強い同志糾合の号令になり得る》(同前)

《ユダヤ人問題は、私にとって社会的問題でもなければ、宗教的問題でもない。……それは国家の問題だ》
[中略]
3、一つの植民地主義の教義である。
 この点でも開けっ広げなテオドール・ヘルツルは、彼の目的を隠そうとはしない。第一段階として“地図上の国家”を、イギリスまたはすべての他の列強の保護の下に実現し、きたるべきユダヤ人国家の建設に備える。

 そのために彼は、この分野の作戦の教師、セシル・ローズ[訳注]に協力を訴えた。植民地商売の先輩、ローズは、彼の地図上の国家を南アフリカから切り取るに当たって、その部分に自分の名前を付けた。それがローデシアである。

[訳注]:セシル・ローズ(一八五三〜一九〇二)。イギリス生れ。南アフリカの金鉱山支配の経済力を背景に一八九〇年、当時のイギリス領ケープ植民地首相となり、イギリス政府特許会社、イギリス南アフリカ会社によりローデシア(現ザンビア、ジンバブウェ)へと侵略を拡大。一八九五年にはトランスヴァール侵略計画に失敗し、責任を問われて翌年、首相を辞したが、以後もアフリカ支配の黒幕を演じ続けた。

 テオドール・ヘルツルは一九〇二年一月一一日、ローズ宛てに、つぎのように書いている。
《お願いです。私の計画を吟味して、それに賛成するという主旨の手紙を下さい。ローズさん、貴方は、なぜ私が貴方に訴えるのかを不思議に思われるでしょうが、それは私の計画が植民地計画だからなのです》(『日記』)

 政治的で、国家主義的で、植民地主義的な教義、これらが、一八九七年秋のバーゼル会議で採択された政治的シオニズムを定義する三つの特徴である。天才的でマキャヴェリ的な創設者としてのテオドール・ヘルツルは、この会議の終了に当たり、十分な根拠を持って、《私はユダヤ人国家を創設した》(前出『回想録』)と語ることができた。

 半世紀を経て、第二次世界大戦の直後、実際に彼の弟子たちが彼の政策を忠実に実行し、彼の方法と彼の政策の路線に従って、イスラエル国家を創建した。

 しかし、この国家主義的かつ植民地主義的な政治的計画は、いかなる意味でもユダヤ人の信仰や精神の延長線上にはなかった。
[後略]
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