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(回答先: 岩波新書「NHK」の著者、松田浩・元立命館大教授、「NHK再生のために(上)」を語る(しんぶん赤旗) 投稿者 gataro 日時 2005 年 10 月 22 日 19:50:08)
【NHK再生のために】
松田浩・元立命館大学教授に聞く(下) (「しんぶん赤旗」10月23日4面)
◇ 視聴者主導で議論を ◇
今回、NHKは「新生プラン」で受信料の強制徴収に言及しています。なぜ放送法がNHK受信料を罰則の伴う「支払い義務制」でなく、「契約義務制」にしたのか。そこには積極的意味があると、放送法制定にかかわった荘宏さん(元郵政省電波監理局次長)は指摘しています。
契約義務制にしなければ「受信者は…自由な契約によって、金も払うがサービスについても注文をつけるという心理状態からは遠く離れ、NHKとしても完全な特権的・徴税的な心理になり勝ち」になる。これでは「NHKを…国民の総体的支援によって維持し、NHKはその支持にこたえて公共奉仕に努めるようにしたいという放送法の基本方針にそわないことになる」(荘宏『放送制度論のために』日本放送出版協会)。
● 双務の関係
つまり視聴者が積極的な参加意識を持って財政的にNHKを支え、NHKもその視聴者の支持にこたえる、という双務関係での相互信頼によって公共放送を維持する意義があるというわけです。
今回も“政治密着”に異議を唱える条件つきの支払い留保運動が広がったことで、初めてNHKについて広く論議する機会がつくられました。こうした参加意識を持つ視聴者に支えられ守られて公共放送の理念を実現し、権力からの自立をはかっていくことが大事なのです。
払わなくてすむなら払いたくないという視聴者がいることは事実です。しかし、それもNHKが政府・与党にもっぱら顔を向け、視聴者との間に「われわれの放送局」としての参加と相互信頼の関係を築く努カを怠ってきたことに大きな」責任があります。そこが同じ公共放送でも、ジャーナリズム機関として政府から自立し、そのことによって視聴者の絶大な信頼と支持をかち得ているイギリスのBBCとNHKの決定的な違いなのです。
では、NHKは必要ないのでしょうか。私は、権カからも資本からも自立した公共放送は不可欠だと考えています。
受信料を払った人だけがテレビを視聴できるスクランブル化など、さまざまな議論がありますが、視聴者だれもが等しく安いコストで「知る権利」を満たすことができる公共放送のユニバーサル・サービスは、スクランブル化とは相いれません。ましてすべてを市場原理に委ねる民営化では、権カからも商業主義からも自由な放送は保障できないのです。
今、重要なことは国民的規模でNHK問題をとことん議論することです。最大の課題は、政治密着や政治介入の根っこにある政府・与党とNHKの関係をいかに断ち切るかにあります。先進国では、放送行政を政府から切り離す独立行政委員会制度が、すでに常識になっています。日本でも一九五〇年、政府から独立して民間人の合議制で放送行政を行う電波監理委員会が設置され、二年間、機能した実績があります。
● 介入の抑制
NHKの事業計画や予算も、政府・与党の政治介入を防ぐため電波監理委員会が意見をつけて国会に提出する仕組みになっていたのに、吉田茂内閣によってそれが廃止されたことで、政治介入の道が開かれたのです。独立行政委員会制度を復活させ、委貝の人選方法を民主化することで、政府・与党の介入は大幅に抑制できるはずです。
そのためには、視聴者自身がイニシアチブをとる必要があります。視聴者の運動が国民的規模に発展し、制作現場の運動と結びついたとき、「市民の公共放送」としてのNHKの再生は初めて可能になるのです。 (おわり)