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(回答先: 貨幣に支配される奴隷 投稿者 すみちゃん 日時 2005 年 8 月 04 日 23:46:40)
[すみちゃん]
「確かにそうなんですが、紙幣がそのように帝国内部で発生した前例があるでしょうか?
残念ながら経済史の知識も乏しいので良くわかりません。
思考実験であるとすると、もちろんローマ帝国の紙幣など他共同体の手工業者が受け取るわけはありません。
紙幣の起源は、帝王が度量衡を定め、帝国内での流通を保証した貨幣ではなく、貨幣あるいは金銀の預かり証とか、決済用の信用状ではないとか思いますが。」
(あっしら)
紙幣の起源はシナの宋(10世紀〜12世紀)の時代に遡ることができます。
この紙幣は、西アジアや欧州のような預り証や為替ではなく、統治者が発行したものです。
宋は、外国商人(アラブが主)にも強制的な紙幣への両替を行わせて、貿易が国内経済システムを揺るがすことを防止していたようです。(もちろん、出て行くときには貴金属貨幣に再両替して持ち出すことができました)
宋の政策には、農耕ベースで商業を従と考える広域国家の合理性をみることができます。
[すみちゃん]
「もちろんこれは奴隷です。
しかし、労働者が労働市場を通じて自己の活動力を販売し、貨幣と交換することで糧を得るしかないという説明も可能で、
この説明は、労働者がマクロ的には奴隷であることを意味していると考えます。
なぜなら、労働者は、あれこれの資本家を選択する自由はあるが、いずれの資本家も選択しない自由はないからです(無職で暮らせる人の多い現代日本は、まだしも恵まれた方です)。」
(あっしら)
おかしな言い方ですが、終身奴隷は、死ぬ(死にそうになる)まで、ギリギリの水準であれ明日はどうやって食いつなごうかという心配はいりませんでした。
「労働者の資本家を選択する自由」は、“労働者はある資本家を拒絶する自由がある。ただし、他の資本家が自分を選択するという保証はない”という意味で同意します。
現在の日本レベルの近代国家は、“近代奴隷制”を維持することが目的ですから、労働忌避者であっても見捨てることはしません。
そんなことをすれば、構造的失業者を中心に怨嗟の声があがり、リベラリストや左翼といった心優しい人たちの動きも活発になります。
近代国家の社会保障政策は、奴隷主である企業(資本家)が本来果たすべき義務を主として奴隷間の相互扶助で肩代わりさせるというとんでもないものです。
実相は奴隷間の相互扶助でしかない社会保障政策ですが、左翼的政治勢力が社会保障の充実を叫び続けていることからもわかるように、近代国家の善政と受け止められ近代経済システムの存続に大きく貢献しています。
(もちろん、そのようなものさえ、支配者が自主的に行った“善政”ではなく、被支配者の労働・政治運動の成果であることも事実です)
念のため、社会保障制度をなくせと言っているわけではなく、その本質を知っておくのも悪くないという主旨で書いたものです。
[すみちゃん]
「資本家から見ると、一夜限りの快楽後に縁切りのできる売春と、ずっと生活の面倒をみなくてはならないお妾さんの相違みたいなものですか?」
(あっしら)
卓見ですね(笑)
近代労働者は、必要なときに呼ばれ、不要になれば放り出させる可能性を本源的に持っています。
近代資本家は、社会保障政策を考えてもわかるように、最も効率のいい「奴隷制」に支えられているとも言えます。
[すみちゃん]
「貨幣の起源が家畜だとい説明がありましたが、
「奴隷」の起源がむしろ家畜ではないですか?」
奴隷制度の起源を家畜制度に求められるかどうかは判断できません。
家畜はあくまで食料資源でありエネルギー源であり生きた道具です。奴隷にもそのような面があるとは言え、人としての思考力や身体能力が問われます。
奴隷は、うまく制御できるかどうかは扱い方次第ですが、奴隷主が楽になったり力を得るための自己の“延長”ないし“分身”として考えられていたと思っています。
(奴隷は、身体能力の肩代わりだけではなく、学者など思考能力の肩代わりもしていました)
近代では、家畜が徐々に“原材料”的扱いを受けるようになっていきました。
奴隷に対してさえ“自助努力”を求める風潮も高まってきたなか、近代の奴隷である労働者の今後はどうなるんでしょうね(笑)。
※ うまく作用するかどうか分かりませんが、便秘薬は午後に投与するつもりです。