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(回答先: カオスこそが力強い躍動のエネルギー源 投稿者 あっしら 日時 2005 年 8 月 03 日 03:36:56)
あっしらさん。おばんです。ごめんなんしょ。よっぱらっております。
あっしら古代史学が展開されているなと感じておりますだ。
あっしらさんの場合、個別分析から総体の読み直しまで提示されますけん、なかなか読む者の
想像力といいますか、読むものみずからが独自なイメージ概念づくりをしていきませんと
なかなか、あっしらさんの古代の読み直しはたいへんでがんす。
いやはや「加羅」の下には「安羅」という地域が存在していたことを、あっしらさんのレスで始めて知りました。
ありがとうございます。
すぐ「安羅」をネットで検索しました。
日本インターネットは古代に帰還しておりますので、「安羅」に関するテキストも豊富でした。
まんず、おらはそこで朝鮮半島南部における「地域ポリス」というイメージ概念を考えてみました。
ほとんどギリシア文明の「ポリス」であります。「ポリス」の抗争と連合、あるときは戦争したり、あるときは
同盟を結ぶ、半島南部は「ポリス自己遺伝子」の生存闘争が激烈化していた地域であると思います。
しかしまんず、そのポリスは小規模だったもんですけん
知識人という遊び人までは誕生せず、残念だったです。
ギリシア神話とかギリシア演劇台本とかギリシア哲学みたいな文献が残っていれば最高だったんですけんど。
「任那=安羅」といいますか、海岸ぞいは倭人のポリスであったと思います。
半島南部(海岸ポリス)から九州が海賊倭人と山賊倭人が創建しました「ポリス」通商国家連合「倭」。
加羅文明展では発掘された鉄の延べ棒が展示されておりました。大量に発掘されたのでしょう。
「鉄の延べ棒」は輸出製品であったと思います。
「安羅」の海賊倭人が日本列島まで通運していたんだと思います。
鉄の農耕器具ができてから、倭の水田稲作開墾も安定してきたと思います。
鉄のクワ、鉄のスキとかは自然を改造する戦争武器でもありますけん。
つかいかたを間違うと怪我をしてしまいます。
鉄のノコギリで、山のくぼ地も開墾できるようになったと思います。
弥生百姓様はほとんど土建屋さまですけん。
鉄の普及で倭の水田稲作とか畑の開墾も促進し、生産力が安定してきたと思いますだ。
あっしらさんも鉄と水田稲作の関係を考察しておりました。
アメリカUSA様国家以前も食料生産力が安定するまでは、旧世界(西ヨーロッパ)からの支援があったと思います。
話は飛んでしまうんですけんど、アイルランドの大飢饉ではだいぶ住民が死んだんですけんど
魚を食べる習慣がなかったみたいですね。
「おらたちは北方海賊のアングロサクソンだけん、魚ばっかり食べておりましたけん、アイルランド人も魚を食べれば
大飢饉にならずにすんだんだんべな、もし」まんずイギリス大帝国さまの詭弁かもしれません。
まんず、中国の戦乱を逃れ、九州にたどりついた、水田稲作の「商」の民。
米(こめ)は貨幣でしたがんね。米(貨幣)本位制度は徳川幕藩体制まで継承されでいるがんね。
米は食べられることもできる貨幣でしたがんね。
公民・良民の百姓様は国家に米を納め、自分が食べるのは、縄文人から教えてもらった食料でしたがんね。
百姓様は川や沼や海に魚とり。山にいって山菜とり栗とり、きのことり、
百姓さまは何でも食べることができますもんで、百姓さまですがんね。
しょうがあるめぇ、米づくりは国家の貨幣づくりでしたがんね。
敗戦後も百姓さまが食えるのは麦飯と「うどん」だけだっぺ。
「百姓は麦飯とうどんを食え」これが明治維新からの根幹ですた。
徳川幕藩体制までも「米は神聖にして侵すべからず」で百姓様が白米を食えたのは年に一回か二回だんべよ。
基本的に百姓さまの食料は縄文人から教えてもらった食料だたんだんべ。
縄文人は渡来弥生人によって水田稲作開墾の土建労務者とされたがんね。
開墾後は水田稲作の作男とか小作人とされだがんね。
地主は渡来人だったがんね。
日本の庶民さまは縄文食糧でどうにか生存できたんだんべよ。
>上述の歴史過程のなかを生きた人たちの末裔もいれば、北海道や琉球のように別の過程なかを生きた人たちの末裔もいるし、何世代か前では現在の日本では生活していなかった人たちの末裔もいて、現在の日本が織り上がっていると思っています。
まったく、同感ですだ。
日本は東アジアの移民による「新世界」でしたがんね。
USAアメリカさまも流民最終地点からの「これ以上、どこにも行けない、ここで踏ん張るしかない」という
ど根性で土着化しましたけん。日本も土着化のど根性で成立していると思いますだ。
「商」「工」「農」が織り成す日本列島住民さまによるエネルギー・ゾーン地帯ですだ。
>「東国勢力による日本支配」は、律令制的“社会主義国家”を騎馬系要素を含む“連邦国家”的構造にシフトさせ、地域支配者の進出で日本列島西部にも東国的価値観をもたらしました。。
関東といいますか坂東といいますか、うかうかしておりますと、田んぼとか山などはだまし取られてしまいます。
「守り」に入ったら攻められる、といいます。獣人間の集合体こそ関東であると思っております。
社会的にも攻めの能動意識がないと、関東では没落してしまいます。
没落した人間はもう相手にしないという非情なとこが関東にはあります。
古代以来、競争の激烈度はすごいです。騎馬民族特質をもった戦闘民族自己遺伝子がないと
関東では生存不可能ではないかと思っております。
獣人間集合体で生存するためには動物的生命力の発揚が必要であります。
おらの故郷栃木県などは、すでに盗賊経済へと突入しております。
農協の倉庫からはまるごと米が盗まれ、百姓様の土建重機が置いてある場所からは
機械まるごと盗すまれております。百姓様も米の市場経済化で、破綻を促進させております。
これまで国家の公民・良民として保護されてまいりました。
百姓様は水田稲作の公務員でありましたが、その特権は剥奪されてしまいました。
「百姓やっても、もう儲からないがんべよ」
「商」の展望がなくなったとき百姓さまは何処に向かうのか?
おら、ほんとうにバカなんづすよ。
バカは直感が勝負ですけん。
あっしらさんの水田稲作の書き込みからは。まんず律令社会主義という
イメージ概念がでますたけん。
今日は、漢字は鉄鋳造、
ひらがなは植物造形という、イメージ概念を思いつきましただ。
カタカナは固いですけん、鉄鋳造くずしだと思いますだ。
しかしまんず九州が表日本(国際社会認知)
山口下関から青森竜飛岬までは裏日本。
しかしまんず、邪馬台国は青森にあったんだべかよ。
いやはや焼酎、飲みますた・・・
まんず、九州大宰府と青森だんべ。はうはう・・・
倭は海賊と山賊だけんね。
世界史とは自己遺伝子だがんね。
いはやは、世界史の秋、実ったたんぼをひとり走って遊ぶと
翌日は先生に体罰されますた。
通報だんべよ。律令社会主義の聖地である田んぼを荒らした人間は
小学生といえども反革命分子だがんね。体罰を受けるしかながんべよ。
いやはがまんず直接、そのとき大人が注意してくれれば、いいんですけんど
百姓様は社会主義国家の公民・良民ですけん
一応公的機関である小学校に通報するんだんべね。
ほとんどスパイだらけの田園地帯だんべよ。
いやはや水田稲作田園地帯とは監視スパイ危険ジーン地帯だすけん。
まんず社会主義の起動地帯だんべよ。
まんずその社会主義水田稲作ゾーン公務員体制が終焉して
田園地帯は盗賊経済に没入したんだんべね。
自己遺伝子の生存をめぐる古代ポリスへと帰還しているんだぺんえ。
社会主義総括の壮絶な死闘が田園地帯から開始されてんだんべね。
なにが革命でなにが反革命か・・・班田(判断)できながんべよ。
まんず金融社会主義といっても国家紙幣の紙は食えないがんね。
米(こめ)貨幣と違って、胃袋までは入らないですらぁ、たいへんだんべ。
まんず社会主義を整備するまでは時間がかかります。
701年から1350年ですけん。
しかしまんず水田稲作田園地帯が盗賊経済に没入。
百姓様社会主義の瓦解から、抽象金融社会主義への没入。
おじゃますました。
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