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(回答先: スペイン人ジャーナリストでもうおひとり 投稿者 kamenoko 日時 2005 年 3 月 07 日 06:52:14)
アフガンに倒れたフリオ・フエンテス(エル・ムンド記者)
2001年11月19日、アフガニスタンでタリバン(?)に襲撃され、他の3名の各国ジャーナリストとともに殺害されたエル・ムンド記者フリオ・フエンテス(Julio Fuentes)は、1954年マドリッド生まれ、亡くなるまでの20年間にソ連侵攻下のアフガニスタン、イラン・イラク戦争、ニカラグア、エルサルバドル、クロアチアと、戦場を駆け巡った記者でした。
彼は記者であると同時に著作家として1997年に「サラエボ、最後の裁判“Sarajevo, juicio final”」、1998年に「人間としての抵抗“Resistencia humana”」の2冊の本を残し、左派系インターネット情報誌レベリオンにも記事を送り、1999年にはベオグラードでNATOの空爆を取材。
現在でもエル・ムンドは彼の名誉を称え、インターネット版に特別の枠を設けています。
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http://www.el-mundo.es/especiales/2001/11/sociedad/juliofuentes/tierraminada.html
『フリオ・フエンテス:戦争の最も人間的な証人』
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さらにこのUrlでは生前のフリオ自身とその死を悼む同僚の声を聞くことができます。
http://www.esferalibros.com/multimedia/homenajejuliofuentes.asf
また彼についての本も数冊出版されているようです。新聞関係者だけでなく、一般の国民にとっても忘れられない人物の一人でしょう。ただ、その死についての続報は無く、残念なことにスペインは、少人数ではありますが、アフガニスタンに兵力を送り続けています。またハイチにも兵を送っていますが、イラクからの撤退の陰に隠れてしまい、注目する新聞はほとんどありません。
スペイン人では2004年のイラク戦争中に、やはりエル・ムンド記者のフリオ・アンギータ(元統一左翼連合党首アンギータの息子)、テレシンコTVのホセ・コウソが亡くなっています。特にホセ・コウソは米軍のバグダッドのパレスチナ・ホテルで取材中に米軍戦車に狙い撃ちされて死亡したため、イラク戦争と米軍に対するスペイン国中で怒りが燃え上がりました。
このすぐ後に英国外相のジャック・ストローがマドリッドにやってきた際に、各テレビ局のカメラマンが抗議の証として、ストローの前で一斉にカメラを地面の上に置き、腕組みをして取り囲んでにらみつけ、蒼白に引きつったストロー顔とその側でオロオロするスペイン外相(当時)アナ・パラシオの姿を、一つの局のカメラで映し、協定によってそれが全TV局で放映されました。今でもまざまざと思い出します。
ただ先ほども言いましたが、悔しいことに、アフガニスタンと中央アジア諸国、ハイチに派遣された軍人を引き揚げさせよ、という声は上がっていませんし、それに対するサパテロの責任を問う声も聞こえません。(少なくともマスコミでは。皮肉なことに。)