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(回答先: 日本が米国より先に原爆を作っていたら? 投稿者 PCOG 日時 2005 年 1 月 26 日 10:20:38)
以下の件ですが・・・
>よって、あれだけ軍規が厳正であった日本の軍隊であっても、且つ、当時絶大な権力を持っていた憲兵の力をもってしても、南京大虐殺は防げなかったものと思われる。当時の中国軍は、民間人の服装をして武器を隠し持った、多数の、いわゆる便衣隊を南京に残置して退却したため、便衣隊と民間人と識別ができなかったのが、虐殺の引き金になったことも事実である。
まず南京大虐殺30万というのは、なかったということをはっきりさせることが必要です。
ただ、全くの虐殺がなかったわけではない、というところです。おそらく1万人から
1万2千人の捕虜を含めた「虐殺」があったということでしょう。
ですから、簡単に「南京大虐殺」があった、と書いていただきたくないわけです。
この「南京大虐殺」という言葉自体がある固有名詞化していますから、それは
即「南京大虐殺30万人(以上)」という意味合いとなるからです。
>戦争に善悪などはない。
これも、正解であるような印象を与えますが、実はそうではない。
人間が不完全な存在である限り、欲望や歪められた信念や信仰や情熱の肥大が
他民族、他の国家の制圧、奴隷化、植民地化などに走ることは否めない限り、
その欲望や情熱を肥大化させた侵略者から自らを守る行為は当然認められねば
ならない。
やくざに自分の妻や恋人が暴行されるのを抵抗もしないでいられる夫や恋人は
いないであろう。所詮戦争とは国家の指導者が決定した国家の行為である限り、
その指導者が人間である限りやくざもどきの行為が行われる可能性はいくらでも
あるのである。
ブッシュ大統領が「ならず者国家」という言葉を使用したが、国家も人格的な
存在である。勿論米国のことを「ならず者国家」と言ったのかどうか、定かでは
ないが。会社が「法人」と呼ばれるように、人格的存在である国家の中には
色々な国家があることは論を待たない。
>戦争・他国への侵略そのものが人類の最大の悪行・愚行であることに21世紀の人類は目覚めなければならない。勝てば官軍負ければ賊軍であることは歴史の示すところである。
ですから、他国への侵略をする国家の行為は愚行であるが、「戦争」そのものの当事者全てが愚行を行っているという見解は間違いです。
>付言すると、太平洋戦争で特攻機が米国艦隊に突入していた時期に、日本が米国より先に原爆を作っていたら直ちに日本軍が米軍に対して原爆を使用していたことは間違いない。戦争の狂気は人間の理性をも麻痺させるものである
貴方は少しでも太平洋戦争の実態をどれほど知っておいででしょうか?
特攻機が米国艦隊に突入する行為から、どうして原爆を日本が開発していたら、
直ちに米軍に対しても使用していた、という結論になるのですか?
「戦争の狂気」という言葉も、散々使われるが、戦争しているもの全てが
狂気に陥るわけではない。よく使われる言葉だが、そういうステレオタイプの
言葉使いは、もうそろそろ止めにした方が良い思います。
日本兵の戦いの仕方は、昔ながらの「正々堂々」ということが常に指揮官の
念頭にあり、強力無比な原爆を開発したとしても、それを「直ちに」米軍将兵の
頭上に炸裂させたとは思えない。
大体、「輸送船団を襲わない」、というような戦い方をしてきた日本軍である。
つまり戦艦対戦艦の「正々堂々」と戦場で武士が名乗りを上げて戦うような
戦い方を理想としていたような日本軍であるから、原爆が開発されたら、
それを使うにも、それなりの工夫をしたであろうと考えるべきである。
戦争当事者が、常に狂気に駆られっぱなしで戦争を遂行したいたと考えるのは
事実からかなり乖離した理解の仕方です。
戦争とはそんなものではない。もしそうであれば戦争などとても遂行できはしない。
戦争とは、最も冷静さを必要とされる行為であり、狂気では戦争はできないのです。
その戦争の中には国家の運命を賭けて闘わざるを得ない場合もある。
現在のアメリカの行っている「イラク戦争」などは、アメリカ国家の「運命」を
賭けた戦争とはいえないであろうが、かつての日露戦争や大東亜戦争は日本国の
運命を賭けた戦いであったと言えるでしょう。
それを狂気だけで闘えるわけがない。人間が持てる知力を傾けて行うのが
近代の戦争であり、その中には国家の運命が賭けられているが故に最大級の知力と
精神力etcが傾注されねば戦えない戦争もあるのです。