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ネオコンと宗教右派の「物語」とわれわれの現在
東京新聞記者 田原 牧
http://www.bund.org/interview/20050125-1.htm
たはら・まき
1962年生まれ。95年から1年間、カイロ・アメリカン大学に留学。東京新聞カイロ特派員を経て、現在、東京新聞特別報道部勤務。同志社大学一神教学際研究センターの客員フェロー。著書に『ネオコンとは何か』『イスラーム最前線−記者が見た中東・革命のゆくえ』(田原拓治名)など。
1月20日、第2期ブッシュ政権が正式に発足する。宗教原理主義化深めるアメリカ社会。台頭する宗教右派とネオコン。「アメリカ帝国」はどこにいこうとしているのか。前回に引き続いて同志社大学一神教学際研究センター客員フェロー田原牧さん(東京新聞記者)に聞いた。
眠れる不機嫌な獅子
――宗教右派の存在は、今まではそれほど注目されていませんでしたよね?
★宗教右派は「眠れる不機嫌な獅子」だったのです。彼らは、もともとは非政治的な人たちでした。チャラチャラした東部や西海岸のインテリに対し、ひじょうに「不機嫌」。彼らは日本で今風にいうと、町内会の防災組織とかにいる単純な気のいいオヤジというイメージですね。『ボーリング・フォー・コロンバイン』で、全米ライフル協会のオエライさんとして出てくるチャールトン・ヘストン、まさにああいう感じです。
この人たちが政治性を持ち始めてくるのは70年代の後半、ちょうどカーター民主党政権の頃です。そのころ、共和党はじり貧だった。共和党の中にも伝統的な財閥の人だとか、いろんな潮流があるわけですが、その中でニューライトと呼ばれている人たちが「共和党を何とかせにゃならん。そのためには眠れる獅子を起こそう」と考えた。宗教右派を政治的に覚醒しようと。
そこで何をやったのかというとテレビなんです。アメリカでは70年代後半からUHFやケーブルテレビが爆発的に普及していきます。これに乗じて宗教番組を持ち込むわけです。観ていると「心洗われる番組」です。子供たちの聖歌隊が美しい聖歌を歌って、アナウンサーが読者からの懺悔の葉書や手紙、ファックスを読む。そのたびに出演している聖職者が、神の救いを説き、こういう風にすべきだ云々と説教をする。さらにこんなに恵まれない人たちがいるから、みなさん寄付しましょうと呼びかける。そうすると、10ドル、20ドル単位の寄付がテレビ局にどんどん集まってくる。
そうした動きを受けて79年、モラル・マジョリティーが結成され、レーガン政権を押し上げる。このときモラル・マジョリティーは信徒350万人、聖職者7万人を組織したと言われています。あっという間にそれだけの組織ができたのです。
ただ、そこにいたる前提として、地殻変動があったことも忘れてはならないでしょう。南部は元来、民主党のシマだった。一方、福音主義派の人たちというのは金持ちだけではない。大半は庶民です。彼らの不機嫌というのは、そこにも原因がある。「東部の連中は金持ちで、毎晩パーティーやって酒飲んでる。なんて不埒な連中なんだ」と。そこに73年の大統領選でカウンター・カルチャー、とりわけゲイ・リブ、ウーマン・リブが焦点の一つになった。これをめぐって、それに寛容な民主党離れが起きた。ゲイが金持ちというわけではないんだけど、それは日本の保守的な地方を想像すれば、「退廃」の一語で片付けがちなことは想像に難くないでしょう。結局、南部の庶民票が共和党に流れる。
さらに付け加えると、公民権運動の高まりの中で、企業に対して一定数の有色人種の雇用を義務づけるとか、州によっては様々な規制を加えるようになった。当然、資本はそれを嫌がる。その結果、いろんな企業が規制の甘い南部に入って来るわけです。南部に資本がどっと入ってくると当然、貧富の格差とか社会問題が広がって、福祉が問題になってくる。福祉の受け皿として教会の求心力が強まる。そこで宗教右派が力を増す。こうした構造は、パレスチナのイスラーム急進主義組織ハマスなどと極めて相似的です。
こうした地殻変動を土台に宗教右派は勢力を拡大し、レーガン政権誕生に貢献していくわけです。81年、基本的に非政治的だったはずの宗教右派が、はじめて大きな政治団体を設けます。「カウンセル・フォー・ナショナル・ポリシー」、訳すと国家政策評議会でしょうか。そこに参加したのがジェリー・ファウエル、パット・ロバートソン、ラルフ・リード、ジェシー・フェルムス、みんな大物です。88年には、そのパット・ロバートソンが大統領選・予備選の候補にまでなる。さすがに本選の候補にはなりませんでしたが、宗教右派が大きな政治勢力として、アメリカのなかで注目されていきます。
そうした初期の運動を経て現在、力を誇示しているのがゲイリー・バウアーという人です。この人は「ファミリー・リサーチ・カウンシル」、要するに家族問題を掲げた団体を組織している。それから「フォーカス・オン・ザ・ファミリー」という組織も別にあります。宗教右派にとって、家族が運動の核になっている。日本も同じ傾向にありますが。アフリカ系アメリカ人が抱える大きな問題の一つは母子家庭とその低年齢化です。そうした深刻な悩みの受け皿にもなっている。もはや、アフリカ系アメリカ人=民主党支持者ではないのです。
「大審問官」としてのネオコン
――宗教右派とネオコンがブッシュ政権を支えている。でも、キリスト教右派とユダヤ人とでは、水と油のような気がするのですが。
★宗教右派は、大きな政治的勢力に成長したけれども、そんなに政治的に長けている人たちではありません。そこで左翼出身で政治の手練手管に長けた人たちが、彼らとくっついていく。ネオコンです。もともと非宗教的なネオコンが、宗教右派を利用しているわけです。
ネオコンの思想的な大きな柱は、拙著『ネオコンとは何か』にも書いたように、レオ・シュトラウスという政治学者の思想です。シュトラウスは、ドイツ出身で30年代にナチの迫害を受けてアメリカに亡命してきた。アウシュヴィッツやホロコーストを目の当たりにした人です。シュトラウスがその後、たどり着いたイズムというのはこれは私の勝手な解釈ですが、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』に出てくる異端審問官ではなかったのか。
ネオコン中枢の人物で国防副長官のウォルフォウィッツは、シュトラウスを敬愛してやまない人ですが、マイケル・ムーアは、彼を吸血鬼みたいな不気味な存在として描いた。でも私はそうではないと思う。彼の本業は数学であり、哲学者といった趣も漂わせている。彼をみていると、ネオコンはヒューマニズムとか、そういう要素を理解した上で、あえて大審問官として振る舞っているのではないか。どんなきれい事を言ったところで、無知なる大衆はそのままでは無知なままであり、騙してでも真理を知る一握りの集団が牽引せねばならないという風に。レーニンの前衛党主義にもつながるというのは、この点なのです。シュトラウスはある種の「必要悪」というものに確信を持っている。そのベースはホロコーストです。それがネオコンと宗教右派との接点を説くカギにもなる。
シュトラウスははっきりと言っています。「(マルクスが説くように)宗教は阿片である。けれども、大衆には阿片が必要である。高貴な嘘が大切である」「下劣な真実の下で、俗世的な欲望に溺れるよりも、英雄的な妄想の犠牲になる方がよい。宗教は、政治社会にモラル・秩序・安定をもたらすのに必要である」と。
ネオコンの旧世代を代表する人物であるアーヴィング・クリストルも似たようなことを言っています。「宗教は人間の性格を研ぎ澄まし、そのモチべーションを最大に引き上げる」「時として宗教は既存の政治的な決まり事や法の枠を超える。しかし、共和党はこれと共存するくらいの度量と技術がなければ、生き残ることはできない」。つまり宗教は暴れ馬だけれども、それを飼い慣らさずして政治ができるか、ということです。シュトラウスもクリストルも別に宗教主義者ではないが、道具としての宗教を極めて重要視している。
ハルマゲドンを待望する人々
もうひとつ、ネオコンと宗教右派の結びつきでいうと、やはり「クリスチャン・シオニスト」の問題がある。アメリカのイラク戦争・中東政策は、彼らを無視しては語れない。
――クリスチャン・シオニストって何ですか。
★シオニストというのは、基本的にユダヤ教徒ですが、クリスチャン・シオニストというキリスト教徒のシオニストがいるのです。この人たちは宗教右派の中核と重なっています。彼らがイスラエル支持の姿勢を目立たせてきたのは80年代からですが、もともとの源流は60年代からあった。
67年に第3次中東戦争があって、その直後、国連と歩調を合わせて、ローマ・カソリックがパレスチナ側に立って占領地解放およびエルサレムの国際管理を主張します。このカソリックの動きに対抗する意味合いがプロテスタント主流の宗教右派にはあったのです。彼らクリスチャン・シオニストの動機は、まさに宗教的信条にあるわけで、それが「ハルマゲドン(世界最終戦争)」の問題です。
クリスチャン・シオニストは48年のイスラエル建国、67年のエルサレム占領によって、すでに聖書が示していたハルマゲドンへのカウントダウンが開始されたと位置づけます。イスラエル建国後、世界中に離散していたユダヤ人がエレツ・イスラエルという「(神との)契約の地」にどんどん帰還してくる。やがてイスラームの側からは「岩のドーム」――これは今、アルアクサ寺院があるところですが――ユダヤ側からは「神殿の丘」と呼ばれるエルサレム旧市街の一角にユダヤ教の「第3の神殿」が再建される。現在はそういう過程にあると彼らは考える。
イスラームの第3の聖地に建つアルアクサ寺院が破壊され、そこにユダヤの「第3の神殿」が再建されるようなことになれば当然、宗教戦争が起きかねない。これがハルマゲドンで、イスラエルは滅びそうになる。そのとき、危機一髪、イエス・キリストが再臨して、ユダヤ教徒たちはみんなキリスト教に改宗する。そして「千年王国」を創るというシナリオです。先ほどお話したように、福音主義というのは聖書を文字通りに解釈する人々ですから、それを本気で信じている。
しかし、キリスト教に改宗されるとされるユダヤ教徒の側には文句はないのか。もちろん文句がある。イスラエル最高の宗教権威は、ユダヤ教の中の超正統派の人たちが握っているわけですが、この超正統派のレバイ(ラビ)たちは、クリスチャン・シオニストたちからは支援の金を受け取るなと言っている。ユダヤ教徒がキリスト教徒に改宗すると言っているんですから、当然の反応ですね。
ユダヤ教の宗教界では、シオニズムに賛成している人たちは、実は決して多数派ではない。ユダヤ教の正統的な解釈はこうです。メシア(救世主)の到来までに、すべてのユダヤ人が父祖の地=「エレツ・イスラエル」に戻らないといけない。その過程でハルマゲドンがある。そこでメシアが再臨する。すると神がユダヤの10支族を再統合してユダヤ人をひとつにする。しかし、こうした過程を人為的に早めてはいけない、と。
そもそもユダヤ教超正統派の人たちは、今はイスラエルに住んでいますが、イスラエルという人造国家を認めません。それはハルマゲドンを「人為的に早めようとするもの」だからです。メシアの再臨は人間の意思ではどうにもならないものだから、静かにその日を待つ、というのが彼らの考え方です。
ただ、そうではない人たち、つまり人為的に早めたい人たちもいる。その中の一派がいわゆるジャボティンスキーら「修正シオニスト」と呼ばれる人たちや、宗教シオニストと呼ばれるマフダール(国家宗教党)といった類の人々です。分かりやすく言えばシオニストの中にも、労働党に流れた部分と、それに反発して「イルグン」などの右翼武装組織を結成していった人々(現在の与党リクード)の二つの潮流がある。その分岐は48年の建国の際、国連の分割案を受け容れるかどうかにあった。ユダヤ教徒にとってイスラエルは神の「契約の地」です。だからそれを政治的に分割してはいけないというのが修正シオニストの立場。一方、労働党の人たちは国連の分割案を受け容れた。イスラエルではずっと労働党の立場が主流派だったわけですが、それを批判した修正シオニストの流れが今のシャロンです。
だから、シャロンはヨルダン川西岸を譲らない。彼らはヨルダン川西岸をジュディア・サマリアと呼ぶ。ジュディア・サマリアは「契約の地」の一部で、その一角ヘブロン(アラビア語ではハリール)にあるマクペラの洞窟にはユダヤの父祖アブラハムが葬られている。こんなところを自治区として譲れるかということです。
なぜシャロンがクリスチャン・シオニストを受け容れるのかといえば、シャロンの目からみれば、エレツ・イスラエルを保持することが、彼なりの宗教的使命の第一義であり、その際、手段は二の次だからです。一方、クリスチャン・シオニストにしてみれば、ユダヤとイスラームとの緊張が増してくるのはハルマゲドン――キリスト再臨を早めることになる。こうした基本的な宗教的信念に基づいて、彼らは結びついている。最終場面は違うから「同床異夢」なのですが、その過程は「呉越同舟」なわけです。
アメリカのキリスト教右派は、80年代レーガン政権下では、ソ連との第3次世界大戦をハルマゲドンと規定していた。そのソ連がなくなってしまったので、ネオコン系と呼んでいいと思いますが、前の前のCIA長官ジェームス・ウールジーなどがよく言っていたのが「第4次世界大戦」。今度はイスラームと戦争するということです。それがハルマゲドンと重なる。だからイスラームとの戦争はおおいにやろうじゃないか、という話になる。米国のキリスト教右派の伸張とリクードの伸びが時期的に重なる点も注目してよいと思います。
訪米したシャロンがブッシュに会う前にまず挨拶にいくのが宗教右派です。モラル・マジョリティーのジェリー・ファルウェルなどは、イスラエル政府から自家用ジェット機をプレゼントされている。クリスチャン・シオニストの代表的な団体としては、「エルサレム国際基督教大使館(ICEJ)」があります。彼らが何をやっているのかというと、イスラエルの入植地で「援農」をやっている。それがインティファーダ後、激増している。
クリスチャン・シオニストたちは、数10億単位の寄付金を小口で集め、イスラエルの入植地建設のために寄付している。政治的な支援はもちろんです。例えば、ハマスの宗教的指導者アハマド・ヤーシン師が暗殺された時、当然ですが国際的な非難の声が上がり、ヨーロッパの国際刑事裁判所などの国連機関が動こうとした。するとクリスチャン・シオニストは数10万通の抗議メールを国連機関に送りつけた。当然、ホワイトハウスに対してはもっと強くやる。ものすごい圧力団体です。彼らとシャロンの紐帯は非常に強い。
苦労が足りないリベラル・左翼
――イスラエル支持で宗教右派とネオコンが結託しているわけですね。
★2期目のブッシュ政権は、相変わらずの「双子の赤字」を抱えながら戦争と市場原理主義に突き進もうとしています。しかし、それが今後、アメリカという国――米系多国籍資本ではなく――にとってプラスになるとはとても思えない。むしろアメリカは崩壊に突き進んでいくのではないか。それでもネオコンの中核的な人たちにとっては、大事なのはアメリカよりもイスラエルの利益なのでしょう。
なぜネオコンがそこまでイスラエルにこだわるのかといえば、やはりユダヤ人としてホロコーストの記憶に還元されていくんでしょうね。どんな小さい国であれ、自分たちが駆け込む寺がなければ、いつ自分たちが再び殺されるか分からないという危機感。おそらく民族的なものの方が、国家に対する帰属意識よりもはるかに大きいのだと思う。
宗教右派にしてもネオコンにしても、それぞれが宗教的ないし民族的な「壮大な物語」を持っている。一方、ビンラーディンも物語を持っている。物語を軽んじてはいけない。物語は人を惹きつけ、人に潤いを与えます。人を跳ねさせるものが、物語にはある。それに対して、それに対抗するリベラル、左翼には物語がない。それはアメリカも日本も同じです。リベラル派・左翼は、「新たな解放の物語」を創る必要があるのかないのかも含めて、今一度その思想的根拠を検証する必要があるのではないか。
それと、私たちが見落としてはいけないのは、宗教右派もネオコンもリベラル以上に苦労してきたということです。クリストルもそうですが、ネオコン系知識人たちは飯を食うことからして困難な道を歩んできた。アメリカの場合、大学の先生というのはほとんどがリベラルです。彼らは大学教員という職を持っていて、生活が安定している。映画を撮ってみたり、たまに新聞に文章を書いてみたり、その程度のことしかやってこなかった。学窓からはじかれたネオコンの連中はまず食うためにシンクタンクを作り、ハングリーな情念を抱えつつ、イズムを物質化してきた。宗教右派に至っては、もっと厳しい。この四半世紀、教会を通じた場末の草の根の運動から、強大な集票マシンを築き上げてきた。それは大変な労力だった。「明日のジョー」の主役はいつの間にか、すり替わっていたのです。どこかの国で民が飢えているのに焼肉を食ってたり、いいクルマを転がしている間に。
今回のブッシュの勝利、ネオコンや宗教右派の台頭という今日の現象をリベラルや左翼が教訓化するならば「彼らが強いのではなく、われわれが弱いのだ」という一言に尽きると思います。それは決してアメリカのみに限った話ではないでしょう。
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