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(回答先: Re: その前に考えてみると・・・・。 投稿者 カムイ 日時 2005 年 5 月 23 日 13:58:46)
レスに感謝。
>小泉政権後、貧富の差が拡大し、上場企業の業績が改善、ハゲタカの跋扈が顕著になった。小泉を支えているのは、これらを良しとする勢力であって、彼らは知的で理論武装した大人であるはずではないでしょうか。
小泉政権後の現象をそのように積極的に、理論的に認識している知的な人間はテレビや新聞ではザラに見かけるが、全有権者からすれば一部に過ぎない。「これらを良しとする勢力」だけでは政権を支えることはできない。恐らく日常の生活感覚をもってしてもそれを「悪い傾向」と見なす人の方がはるかに多いだろう。残りの大多数は前者の無自覚的追従者であると思われる。
>また理論ではなく「感覚」で政治をみることはマイナスなのか。これらメディア操作による虚像を見抜くのは正に「感覚」ではないでしょうか。
小泉登場時、メディアが伝えた大衆の熱狂に対して、感覚的に危うさを感じた人は少なくないのではないでしょうか。
政治を感覚的に捉えることをまったく否定しているわけではない。「感覚」にも表面的なものと奥深い洞察力を伴ったものとがある。だが、後者のような優れた感覚の持ち主はごく少数に過ぎない。女性や最近の青年が感覚的にものを捉えて反応するというのは、あくまで一派的な話で、いうまでもなく、常に例外は存在する。
小泉登場時、東京・永田町の自民党本部の外壁に、途方もなくどでかい小泉純一郎の肖像が掲げられた。スターリン時代のソ連か毛沢東時代の中国のような偶像礼賛を思わせる光景であった。それを見て感覚的に危うさを覚えた有権者は立派である。大衆がある一定方向へ声を上げて流れて行く姿には本能的に嫌悪感を覚えるが、それも「感覚」である。だがあなたと同様、少数派である。