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(回答先: 電車転覆で数人死亡、50人以上けが マンションに激突、大破 兵庫県尼崎市 (東京新聞) 投稿者 愚民党 日時 2005 年 4 月 25 日 11:11:02)
□先頭車両、脱線後にバウンドして激突…死者73人に [読売新聞]
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050426-00000005-yom-soci
先頭車両、脱線後にバウンドして激突…死者73人に
兵庫県尼崎市のJR福知山線で25日朝、宝塚発同志社前行き快速電車が脱線した事故で、電車の先頭車両が線路沿いの電柱に接触し、敷石上をバウンドしたような跡があることが26日、県警捜査本部(尼崎東署)の調べでわかった。
猛スピードを出した先頭車両が浮き上がった状態で、線路脇のマンションに突っ込んだとみられる。県警は同日朝からJR西日本大阪支社(大阪市阿倍野区)など関連施設8か所に出向き、運行記録などの任意提出を受けた。一方、26日未明から早朝にかけての作業で、大破した1両目から3人が救出されたが、遺体も相次いで収容され、同日午前10時半現在、死者は計73人、負傷者は441人になった。
1両目の車内にはまだ人が残されているとみられ、高見隆二郎運転士(23)も閉じ込められているのが確認されたという。
調べによると、事故で停車した最後尾7両目の車両近くのコンクリート製電柱が、電車の進行方向に鋭くえぐれて変形していることが判明。電柱はレールから約3メートル離れており、このすぐ手前の枕木などに傷があることなどから、県警は、この地点で電車が脱線し、直後に電車の先頭部分が電柱に接触したと断定した。
脱線跡は、電柱付近の線路脇の敷石をえぐるように数メートルにわたって残っていたが、本来、深くなっていくはずの跡は、逆に浅く点在するような状態になって激突したマンションに向かっているという。
捜査本部は、電車が減速しないまま制限速度の70キロをかなり上回るスピードでカーブに進入し、曲がりきれずに脱線。電柱への接触なども加わって車体が浮き上がったとみている。
一方、JR西日本は、事故現場に残されていた石が砕けたような白い粉砕痕を重視。「置き石」があったとみており、脱線事故につながった可能性もあるとしている。
粉砕痕は、脱線した地点から手前11メートルのカーブ外側のレール上で始まり、断続的に続いていた。枕木付近には、粉々に砕けた石が散乱。石の大きさなどからこぶし大の敷石がレール上に置かれたとみている。もう少し大きい石の場合、先頭車両の車輪前に取り付けた排障器にはじき飛ばされるケースがほとんどという。
快速電車の約4分前に現場を通過した特急「北近畿」など、事故前に5本の電車が現場を通過した際には、置き石はなかったとしているという。
現場付近は約20メートルにわたって線路沿いのフェンスがなく、出入りは自由。しかし捜査本部は、前の特急が通過した後の約4分間に置き石すること自体が不自然で、目撃者も見つかっていないとしている。
この事故で亡くなったのは、男性41人、女性32人に上っており、1963年11月、横浜市の国鉄東海道線で、脱線した貨物列車に列車が乗り上げるなどし、161人が死亡、120人が負傷した事故以来の大惨事となった。捜査本部によると、死者の大部分はマンションに衝突した1、2両目に集中し、ほとんどの人がほぼ即死状態だったという。
マンションにめり込んだ1両目での救助作業は徹夜で行われ、26日午前0時5分、兵庫県西宮市の大下裕子さん(46)、同2時44分、同県伊丹市の近畿大1年山下亮輔さん(18)、同7時7分、同市の同志社大2年林浩輝さん(19)が、レスキュー隊に救出された。
(読売新聞) - 4月26日11時53分更新