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(回答先: 女の一生 投稿者 どうして? 日時 2005 年 11 月 01 日 14:23:03)
ISSEI MIYAKE 三宅一生 イッセイ・ミヤケ Japan
歴史・解説
三宅一生は1938年広島県生まれ。多摩美術大学在学中に「布と石の詩」を発表。卒業後フランスに渡り、ギ・ラロッシュ、ジバンシィで修行。ニューヨークを経て帰国後、1970年「三宅デザイン事務所」設立。日本における活動を開始し、71年ニューヨーク、73年パリでコレクションを発表。「刺子」の作品が大きな反響を呼ぶ。74年FEC賞受賞。76年「三宅一生と12人の黒い女たち」を東京、大阪で開催。同年、毎日デザイン大賞受賞。77年西武美術館で「三宅一生と一枚の布」展開催。85年、オスカー・デ・ラモード賞受賞。88年、パリ・ルーブル美術館で「イッセイ・ミヤケ AUN展」開催。
プリーツ・プリーズ(PLEATS PLEASE)は1989年、三宅自身の言葉を借りれば「パン焼き器からパンが出てくるみたいに、ポコンとシャツが生まれた」。プリーツという古代から存在する装飾を最新のテクノロジー素材へと昇華。1992年にフレグランス「L' EAU D' ISSEY」デビュー。
1993年には「イッセイ ミヤケ」の中で発表してきた「プリーツ」が独立したブランドとなり、鮮やかな配色とポリエステル素材を用いたその軽さが、多くの支持を集めた。95‐99年には写真家・高木由利子による世界各地の人々がプリーツ プリーズと出会うプロジェクト開催。96‐98年には森村泰昌の絵や荒木経維らの作品をまとう、ゲスト・アーティストとコラボレートによる「エターナルコレクション」を開催。96年、フィレンツェ・ビエンナーレ、98年パリのカルティエ現代美術館で作品が展示される。カルティエ現代美術館では、「ISSEY MIYAKE MAKING THINGS」と題され、1Fがゲストアーティストシリーズで埋め尽くされた。東洋の精神性をファッションの世界で表現するデザイナーとして世界的な名声を誇る。99年にはコンピューター・テクノロジーを導入し、着用者自身の好みでデザインを変えられる「A-POC」を発表。
ISSEY MIYAKE MENが94年春夏シーズンより、ISSEY MIYAKE(レディス)は2000年春夏シーズンに滝沢直己がデザイナーに就任。イッセイ・ミヤケグループ傘下にはZUCCa・TSUMORI CHISATOなどを展開しているエイネットがある。
滝沢直己は、1960年東京都生まれ。82年桑沢デザイン研究所卒業後、三宅デザイン事務所入社。1983年には、「Plantation」のデザイナーに就任。89年にはイッセイ・ミヤケ(レディス)パリコレクションのデザイン・チームに加わり、91年三宅一生のデザインアソシエートとして 「ISSEY MIYAKE」パリコレクションに参加。93年の94年春夏コレクションを機に「Issey Miyake Men by Naoki Takizawa」としてパリでコレクションを発表。三宅独自の服つくりの理念をデザイナー滝沢直己が受け継ぎながら、滝沢ならではの視点による新素材や新しい技術を取り入れて発展。1995年のウィリアム・フォーサイス率いるフランクフルトバレエ団のコスチュームデザインをはじめとして芸術家とのコラボレーションにも積極的で、2000年春夏ミラノメンズコレクションでは現代美術家・村上隆氏との合作服・Kai Kai Ki Kiを発表し話題を呼んだ。1998年には第16回毎日ファッション大賞を受賞。
公式サイト
ISSEY MIYAKE イッセイ・ミヤケ
過去のコレクションの模様を見ることができます。
旗艦店
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