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(回答先: Re: ホロコースト・プロパガンダの是非が問題です 投稿者 Mグループ 日時 2005 年 3 月 13 日 16:58:21)
》 プロパガンダは小銃やミサイル、爆撃機と同様な武器であり兵器である。この武器は
》敵国の国民に対してのみではなく友好国や自国の国民に対して使用される。また戦時のみ
》ではなく戦前・戦後においても使用される。平和な時代であってもプロパガンダという
》武器・兵器はあらゆる権力が使用している。
そうですね。《ヒトの群れ》は神話によって成り立っている。
》 プロパガンダは悪だろうか。いや、小銃やミサイルそれ自体が悪ではないように悪ではない。
たけ(tk)は、殺人のための道具(小銃やミサイル)はそれ自体が悪だと考えています。人々にウソを信じ込ませるプロパガンダも、それ自体として悪だと考えています。
問題は、その悪を正当化するような根拠の有無・程度であると考えています。
》プロパガンダの目的は、一般の武器・兵器と同様に、治安と平和、社会の平安を護ることにあ
》る。これは破壊・殺傷能力は殆ど無く、一般の武器・兵器に比較して遥かに人道的兵器である。
武器の目的は敵を殺傷すること、無力化することであり、プロパガンダの目的も敵や民衆を無力化することでしょう。
敵や民衆を無力化するという方法が、治安と平和、社会の平安を護るための手段の一つであることは認めます。
》プロパガンダで勝敗がついてしまえば通常の武器・兵器は使わなくて済む。
孫子の「戦わずに敵を降伏させるのが上策で(全国為上=不戦而屈人之兵)、戦争で勝つのはそれに劣る(破軍次之=百戦百勝)」でしょうか?
たけ(tk)としては、政治は戦争の論理で行うべきではないと考えています。
》 屍骸に溢れたドイツの収容所を解放した連合軍やソ連軍、同朋の悲劇を知ったユダヤ人達、
》またそのような状況を知らされたドイツ人も、「このような悲劇は二度と繰りかえしてはなら
》ない。このような戦争は二度とおこしてはならない。」と自分の神にも、また天や地にも誓っただろう。
》戦後のホロコースト・プロパガンダはこのような不戦への決意から始まった。ファシズム(国家
》社会主義)を徹底的に排除した戦後社会のためにはホロコースト・プロパガンダは必要だったのだ。
ホロコースト・プロパガンダが行われたことと、ファシズムが一時的に押さえられていたこととは因果関係があるのだろうか?
ホロコースト・プロパガンダへの批判が行われたことと、ネオナチが復活したこととは因果関係があるのだろうか?
敗戦国が戦争中のイデオロギーを否定するというのは敗戦の結果であり、また、敗戦後しばらくして戦争中のイデオロギーが復活するというのも時間の経過の伴う歴史的必然というべきだろう。「ホロコースト・プロパガンダ」の功績とは言えないのではないだろうか?
ただし、「敗戦国が戦争中のイデオロギーを否定する」ということの一つの形として「ホロコースト・プロパガンダ」があったということは認める。
》ホロコーストのでっち上げも平和のための方便であると、イギリス・アメリカ、また社会主義陣
》営、またドイツ国民も「納得した。」のだった。
日本人的には方便で納得しやすい。「ウソも方便」で納得するのは、オトナの態度ではあるが、いまいち疑問も残る。
しかし、西欧人的には「悪魔退治主義」(敵を悪魔化することによって、自己を正義の騎士であると思いこむ)に陥っているのではないだろうか? 悪魔退治主義はさらなる悪魔を求めて戦いを希求することになるだろう。
》ユダヤ人にとってもシオニズム達成のためには
》ホロコースト・プロパガンダは不可欠だったろう。ユダヤ人にはユダヤ国家が必要でありまた
》ユダヤ人以外の国家(イギリス、アメリカ、フランス、ドイツ、ソ連など)にとってもユダヤ人
》国家が必要だった。(ユダヤ人は自分の国で暮らして欲しい。)
是なり。
》 戦後も50年を過ぎ、ホロコーストがプロパガンダであったと気が付いた人達と、未だ気が付か
》ないでいる人達がいる。私はパソコン通信(PCーVAN)でホロコースト・プロパガンダを
》知った。だが声高にホロコースト・プロパガンダを暴くことにそれほど意味があるとは思えない。
》そんなことは知る人は皆が知っていることだろう。そのなかの一部の人達が鬼の首でも捕ったよ
》うに騒いでいるだけなのだ。
騙されていたことに気がつくと騒ぎ出す、というのは人間の心理だろう。だから、ウソ(プロパガンダ)は危険なのだ。
》ホロコースト・プロパガンダのお陰でファシズムは抑えられてきた。
》曲がりなりにも平和は護られてきたのだ。ユダヤ人はユダヤ国家建設に成功した。パレスチナ人の
》犠牲を無視して良いという意味ではない。パレスチナでの彼らの共存・共栄はホロコースト・プロ
》パガンダとは異なった次元の問題である。
「パレスチナでの彼らの共存・共栄はホロコースト・プロパガンダとは異なった次元の問題である」であるかどうかは議論が必要でしょう。別スレッドにしました。
》反シオニズム(ユダヤ人諸悪の根源論)
》の立場でホロコースト・プロパガンダを暴くことは火に油を注ぐだけだと思う。
後半は是。