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2005年2月21日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.311 Monday Edition
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http://ryumurakami.jmm.co.jp/
▼INDEX▼
■ 『村上龍、金融経済の専門家たちに聞く』【メール編:第311回】
■ 回答者(掲載順):
□真壁昭夫 :信州大学大学院特任教授
□山崎元 :経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員
□津田栄 :経済評論家
□北野一 :三菱証券 エクィティリサーチ部チーフストラテジスト
□菊地正俊 :メリルリンチ日本証券 ストラテジスト
■ 『編集長から(寄稿家のみなさんへ)』
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■ 先週号の『編集長から(寄稿家のみなさんへ)』
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Q:549への回答ありがとうございました。書き下ろし小説ですが、著者校正が
終わり、あとは装幀を決めて、「あとがき」を書きます。今は、「憑き物」が落ちた
ような感じで、犬と散歩するときなど景色が新鮮に見えます。
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■ 『村上龍、金融経済の専門家たちに聞く』【メール編:第311回目】
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====質問:村上龍============================================================
Q:550
春闘ですが、完全に死語になった気がします。日本の労働組合に未来はあるので
しょうか。
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※JMMで掲載された全ての意見・回答は各氏個人の意見であり、各氏所属の団体・
組織の意見・方針ではありません。
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■ 真壁昭夫 :エコノミスト
最近の春闘では、輸出企業中心に企業業績が大幅に回復しているにも拘らず、企業
側の回答には、ベースアップがゼロというケースがあります。労働組合側も、こうし
た回答を容認する姿勢を示しており、目立った抗議行動をとるところは殆どないよう
です。確かに、春闘は一種の行事になっているように思います。労使双方が大人の対
応をしているとも考えられますが、形骸化していることは間違いないでしょう。
また、最近、労働組合に対する意識は顕著に低下しているといわれています。よく
例に出されるのが、労働組合の数とその組織率です。労働組合の数は、最も多かった
1984年の約74,600から、昨年には約62,800まで減少しています。ま
た、組合員数を雇用者数で割った組織率(雇用者の内、どれだけの人が労働組合に加
入しているかの比率)は、1970年の35.4%から、昨年の19.2%まで下落
しています。これらの数字の解釈には色々な見方があるようですが、労働組合に対す
る関心が低くなっていることは間違いないと考えられます。
アカデミズムの世界でも、労働問題に関する研究は、昔に比べるとかなり少なく
なっているようです。労働問題を研究している友人に尋ねてみました。彼は、「戦前
や戦後まもなくの労働争議が頻発した時期に比べると、労働問題を研究対象にしてい
る研究者の数は明らかに減っている」と言っていました。それに伴って、実証的な研
究の数も減少していると考えられます。その理由として、「わが国で資本の蓄積や個
人の金融資産の蓄積が進み、賃上げ交渉による労働分配率の引き上げを目指す必要性
が薄れていることが大きい」と指摘していました。
わが国が豊かになった証拠かもしれませんが、現在は、労使双方がまなじりを決し
て、激しい賃金引上げ交渉を行なう状況ではないのでしょう。「双方が大人の対応を
すれば、自ずと、穏当な結論に行き着くことが分かっている」。そうした、了解が双
方に成立しているとも考えられます。その背景には、労働者の価値観の多様化や、成
果主義による人事考課制度の浸透などの要因があると考えられます。これらの要因を
勘案すると、春闘のコストに見合ったメリットが取れなくなっているのでしょう。そ
のため、春闘が一種の形骸化した行事に成り下がっていると思います。
労働組合に対する関心の低下は気になります。90年代初頭のバブル崩壊後、企業
は一斉にリストラ圧力を増して、コスト引き下げに走りました。これによって、労働
分配率が下がり、資本分配率が上昇しました。つまり、人件費のコストを引き下げて、
企業収益の改善を図ったのです。これは、企業経営者や資本家側=株式保有者にとっ
ては有利なことです。一方、従業員=労働者にとっては、賃金の低下=デメリットが
発生したわけです。それに際して、労働組合が徹底抗戦したという話は聞いたことが
ありません。
労働組合は、「抵抗してみたところで、何もならない」と諦めたのか、あるいは、
「企業業績の回復のためには、労働者が耐えなければ」という分別ある対応をしたの
か、本当のところはよく分かりません。しかし、「リストラなどで職を失う場合でも、
労働組合は何の役にも立たなかった」という指摘をよく聞きます。「いざというとき、
何の役に立たない労働組合に、何であんなに高い組合費を払わなければならない」と
いう批判も耳にします。今のように、労働組合の形骸化が進み、人々の関心が薄れる
と、誰も高い組合費を払って組合員でいることに意味はなくなることでしょう。今の
ままであれば、労働組合は無くてもよいかもしれません。
問題は、それで労働者の権利を守ることができるか否かです。世界経済のグローバ
ル化によって、賃金水準の低い諸国の本格的な工業化が進んでいます。それに加えて、
情報・通信技術の発達で、物理的な国境の意味はかなり低下しています。人、もの、
金が瞬時に国境を越えられる状況では、企業は安価な労働力を求めて、生産拠点を移
転するはずです。そうなると、賃金水準の高い米国や日本では、雇用を維持すること
が相対的に難しくなることが予想されます。
新しい技術が間断なく発明され、それによって高い賃金水準を維持できれば、問題
が無いことは理解します。しかし、それが途切れたとき、例えば90年代の初頭以降、
わが国に安価な製品が押し寄せた“価格破壊”のようなときには、企業のコストカッ
トのために、労働者の雇用機会が犠牲になるケースが想定されます。そのときに、如
何にして労働者がバーゲニングパワーを持つか、今とは違った形態での労働組合が必
要になるように思います。
一時雇用やアルバイト等の雇用形態が多くなり、労働者の価値観の多様化が進むた
め、従来の終身雇用形態を基礎にした企業別労働組合の仕組みが、十分に対応できな
いのは理解します。しかし、だからと言って、労働者の権利を守る労働組合の機能が
無くてもよいとは言えないでしょう。今までとは違った労働組合が組成されると考え
ます。
信州大学大学院特任教授:真壁昭夫
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■ 山崎元 :経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員
主に企業別の日本の労働組合には、発展という意味での未来はないでしょう。働く
人々にとっても、その方がいいと思います。
個別のケースによって差があるのでしょうが、私が勤めた会社(過去に12社)及
び見聞きしたケース(金融や商社などに偏りがありますが)では、企業内の組合は、
従業員の権利を保護するというよりは、企業が従業員を丸め込むための窓口として機
能していました。
多くの会社で、組合の幹部(専従職員)は、若い頃から経営層と顔見知りになり話
し合う機会を持てる企業内のエリート・コースであり、組合が従業員の保護のために
会社と徹底的に戦うというようなことは例外的です。組合費は、組合員の親睦イベン
ト(何のために?)の費用であったり、組合幹部の飲食代であったりする、はっきり
言えば無駄金です。全従業員加入の原則はむしろ従業員に不利に働いているといって
いいでしょう。
たとえば、企業年金の給付の減額を決定する時に、企業の経営側は組合と話を付け
ると、従業員の同意を取ったことになるので、個別に加入員の同意を取り付ける手間
が省けます。これは、企業側から見た、組合の便利な利用法の一例です。
経営方針に対するチェックや、従業員の権利に対する有効な交渉を組合が行ってい
るかというと、そうでもありません。たとえば、印象的に覚えているのは、山一證券
自主廃業の際の従業員組合の動きです。
自主廃業という方針自体がそもそも適当だったのか疑問ですし、また、そうする場
合の従業員に対する条件の交渉を、組合が従業員の利益を代表するものなら、この時
にこそ厳しく行うべきでしたが、顧客の資産返還業務で繁忙を極める交渉上有利な時
期に会社と当時の大蔵省に全面的に協力し、組合が要求したのは、「地方勤務の社員
が、東京で再就職活動をする際の交通費を支給しては貰えないだろうか」というよう
な、殆どどうでもいい条件でした。山一社員にとって、組合費は、自社株の社員持株
会並みに無駄な投資だったと思います。
考えるに、バリエーションは様々でも成果主義の普及しつつある今日、個々の従業
員が敵対する相手は、会社であるよりも、むしろ別の従業員です。こうした状況下で、
組合幹部は会社に懐柔されるわけですから、企業別の組合に期待すること自体が無理
筋でしょう。
企業別の組合などない方が従業員にとってもいいし(少なくとも組合費がかからな
い分いい)、労働者は原則として自分の権利は自分で守るという考えを持つべきです。
しかし、現実には、交渉上の立場は従業員の側が弱いことが多く、従業員側が不当
な扱いを受け、これに抵抗出来ないケースは少なくないと思われます。この問題に対
しては、二つのアプローチがあるでしょう。
一つは、従業員の権利をもっと手厚く保護するように法令を改正・充実し、従業員
が自らの努力で自分の権利を守ることをもっと容易にすることです。企業の判断によ
る従業員の解雇は現在以上にあってもいいと思いますが、解雇の理由を明らかにする
責任を企業がもっと負う方が良いでしょうし、会社都合の解雇にあたっての企業側の
負担(たとえば割増退職金)の条件をもっと明確にすべきでしょう。文句のない解雇
の条件が明確であることは、企業側にとっても従業員側にとっても好ましいことです。
もう一つは、企業・業界にとらわれないオープンな労働組合の活用です。たとえば、
現在、通称「合同労組」と呼ばれる全労連・全国一般労働組合
(http://www2s.biglobe.ne.jp/~HE05BZ/) は、会社員が一人でも加入出来る労働組
合であり、判例などでは、会社側は、団交の要求に応じる必要があるようです。友人
の弁護士によると、この組織は、企業側の不当労働行為に対しては非常に強力な交渉
力を発揮するようで、現在でも、企業別の労働組合よりは役に立つことが多いようで
す(不慣れな経営者では太刀打ちできないくらいの交渉力を発揮することがあるよう
です)。
現在の合同労組がベストなあり方なのかどうかは私には分かりませんが、本来ライ
バルであるはずの従業員どうしで構成される組合が、個別には経営側の影響を受けな
がら、従業員の利益を代表して従業員を保護することを期待することは難しいのだろ
うと思います。企業別、産業別ではない、個別の労働者の権利を守るためのオープン
な組織を発達させるという選択肢もあると思います。ただし、活動の対象は、全般的
賃上げというような集団的な経済条件の改善ではなく、個別の労働者に対する企業や
官庁の不当労働行為への対抗とすべきでしょう。ただし、こうした組織の経済的な基
盤をどうするかという難しい問題があります。
理想的には、個々の従業員が自分の権利をハッキリ守ることが容易にできるように
法制を整備すべきでしょう。その不備を補完する仕組みとしては、企業横断的な労働
組合を再構築するのが有力な手段でしょう。現在のような企業別の労働組合はむしろ
無い方が従業員にとって得だと思います。
経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員:山崎元
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■ 津田栄 :経済評論家
春闘が死語になったと感じるのは、労働組合が時代のニーズに合った活動をしてい
ないからだといえます。つまり、今の労働組合は、1990年代以降、内外の経済が
大きく、そして急速に変化していったなかにあって、時代に合わない存在となってい
るということです。だからといって、労働組合に未来はないとはいえません。今労働
組合に求められるのは、時代にあった活動ができるように構造改革することです。
ところで、春闘(春季生活闘争)は、毎年新事業年度のスタートとなる春に労働組
合が賃金引上げなどを全国で一斉に要求する闘争のことです。この春闘が1955年
に始まったときは、産業別、企業別の労働組合が個別に賃上げなどの労働条件につい
て会社に要求・交渉をしていました。その後、産業横断的に足並みを揃えて全国的に
賃上げを要求する形に移行して、大手企業から中小企業へ、中央から地方へと決着し
ていくスタイルとして定着し、時間の経過とともに恒例行事と化して、その内容が形
骸化してきました。
しかし、90年代に、経済の大きな変化が日本国内の雇用、労働の環境を激変させ
ました。まず、市場経済のグローバル化が、国境という垣根を低くし、以前に比べて
資本、物、人が容易に移動することを可能にしたことです。このことから、内外にお
ける競争激化、その結果として企業格差が生まれました。さらに国内において、バブ
ルの崩壊とデフレ状況という逆風がその追い討ちをかけました。企業は、生き残りの
ために、企業間の横並び意識を捨て、株主重視から存続と業績拡大を第一として人件
費の圧縮に乗り出し、これまで聖域と思われてきた賃金から雇用まで手をつける構造
改革を断行したといえます。
賃金では、世界的に割高という理由で、インフレゼロあるいはマイナスという経済
動向にあわせてベアゼロを打ち出し、あるいは賃金ではなく業績連動の一時金やボー
ナスでの支給を行い、最近では定期昇給の見直し、成果主義導入による賃金体系、年
俸制の採用など制度変更にまで踏み込んできています。そして、雇用においては、早
期退職者募集や割り増し退職金付き解雇など雇用そのものを見直し、正社員からパー
ト、アルバイト、派遣社員、契約社員など非正規社員への雇用に切り替えつつありま
す。その割合が、すでに3割を越える水準に至っています。
一方で、労働組合は、こうした内外の経済、企業意識、雇用形態の変化のなかで、
依然として、右肩上がりの経済を前提とし、国内の労働者、しかも正社員を基本とし
た賃上げを主軸に置いた春闘形式を最近まで変えようとしてこなかったといえます。
その背景には、経済環境の変化とともに、雇用形態が多様化し、労働者個人の生活や
ニーズも多様化しているなかで、労働組合が、終身雇用制と年功序列という構造を前
提とした賃上げ闘争活動から脱しきれず、しかも依然として横並び意識から抜けきれ
ないことにあると思われます。
もちろん、労働組合は、労働者の基本的権利として憲法で保障された労働三権(団
結権、団体交渉権、争議権)を労働組合法で具体的に実行することが認められた存在
です。また労働者個人の多くは、今でも、大きな組織である会社と交渉する立場とし
て弱いことから、労働組合という組織に交渉権を委託し、場合によっては主張実現す
るためにストライキなどの正当な労働争議を発動する権限を労働組合に認めて、組合
員であればそれに従うなど、労働組合を信頼して、労働条件の改善を図っていかざる
を得ません。その意味で、労働組合は依然必要な存在です(当然、優秀な労働者は、
自ら会社と交渉して年俸制などの選択をする道もあります)。
ただ、自らの経験から言うと、労働組合のなかには、長い年月の中で、組合費を徴
収しながら経費と称して乱費するなど、その与えられた権限に安住して濫用したり、
一方でストライキを起こして強く要求を主張しないで、会社との安易な妥協と馴れ合
いを続けて、労働組合という強い立場を既得権益化して、原点である労働者の労働条
件改善を一時的に忘れてしまっている所も見られます。
また最近の傾向として、労働組合全体を見ると、一般企業の労働組合は、企業生き
残りのために強く出る会社の主張を認めて後退していかざるを得ない一方で、制度的
に雇用・賃金を保障された公務員の労働組合は法律で身分保障されているがゆえに行
政に強く主張し、認めさせていくという二極化が見られます。しかも、公務員の労働
組合の声が大きくなり、労働組合全体をリードして、現実とはかけ離れた状況になっ
て国民の支持が薄れてきています。その結果が、労働者の組合への参加率(労働組合
の組織率)が20%を割るという事実になって現れています。
結局、全ての労働組合がみんなで一斉に同じ要求をする春闘というセレモニーは、
個々の企業の経営状況の格差、雇用形態や労働者の生活の多様化、官民の状況の違い
などから、困難になっているといえます。今後労働組合に望まれる姿は、原点に戻る
ことです。すなわち、横並びの賃上げ要求という春闘ではなく、雇用形態の整備・制
度化を図って労働者の権利を守る一方、異なる雇用形態のなかにあって雇用の確保・
維持や労働時間の厳格化、年金制度や雇用・健康保険の整備など労働者共通の労働条
件の改善に努める活動を一年を通じて、しかも企業別ではなく連帯してすることです。
また、個々の労働組合は、社内の全ての労働者や会社のニーズにそって活動を多様
化していくことです。一方、国内のみを視野に置くのではなく、今後企業活動のグ
ローバル化とともに、活動自体も進出した国の同じ会社の労働者との連携を行うなど
グローバル化を図っていくことも求められるかもしれません。そのことは、何も企業
を脅かすわけではなく、労働者の権利を認めることによって優秀な人材を集める手段
にもなります。そういった意味で、適度な緊張のなかにあって企業と労働組合がお互
いに権利を認め合いながら向上していくことが、組合の明るい未来につながるのでは
ないでしょうか。
経済評論家:津田栄
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■ 北野一 :三菱証券 エクィティリサーチ部チーフストラテジスト
小倉寛太郎さんの『自然に生きて』(新日本出版社)という本を読みました。「小
倉さん」といっても、ピンとこない人は多いかもしれません。小倉さんは、本名より
も、山崎豊子のベストセラー小説『沈まぬ太陽』の主人公「恩地元(おんちはじめ)」
としてむしろ有名です。
恩地元は、「国民航空」の労働組合の委員長でした。おとなしく会社の言いなりに
なって、任期を無事にやり過ごせば、エリートコースを約束されていたのかもしれま
せん。しかし、彼は、空の安全と労働者の権利獲得のために戦います。ただ、労組委
員長といっても、一人の従業員に過ぎません。会社に睨まれた彼は、その後、カラチ、
テヘラン、ナイロビと、いわゆる「僻地」を10年間、たらいまわしにされます。
「良心を眠らせていったん志を屈すると、心の傷を治した先に、別の地獄がある」と、
節を曲げなかったことから、日本に戻してもらえませんでした。もっとも、「余裕と
ユーモアと、ふてぶてしさ」をモットーに、「転んでもただでは起きない、何か拾っ
て立ち上がったという生き方を、のびのびとしませんか」という小倉さんは、定年後、
東アフリカ研究家として、活躍されます。
『自然に生きて』は、その小倉さんの講演録ですが、バッファローとヌーの話は面白
かった。同じ草食獣にも拘らず、肉食獣への対応が違うのだそうです。バッファロー
は群れを作ります。ライオンは、挑発して、その中の一頭を群れから孤立させます。
その時、バッファローの群れが引き返してライオンに逆襲することがあります。さす
がに衆寡敵せずライオンも逃げ出します。すると、バッファローは、命拾いをした仲
間を助け、その傷を舐めてやって安全なところに移動するそうです。
一方、ヌーも群れをつくります。今度はチーターがヌーの群れを狙います。ヌーの
群れは混乱し、逃げ惑うだけで、結局、チーターに捕らえられ、食べられてしまいま
す。その時、他のヌーは、「あーよかった。今日はオレの番じゃなかった」と言わん
ばかりに、また草を食べ始めるそうです。小倉さんは、「ヌーは団結したときの自分
の強さを知らない。・・・人間はバッファローに学ぶべきだ。団結すれば強くなると
いうことに、もっともっと自信を持つ必要がある」と言います。
「今日は、オレの番じゃなかった」と草を食むヌー。我々、日本人も同じかもしれま
せん。日本の失業率の推移を見てみましょう。1970年代に1.7%であった失業
率は、2000年代には5.0%まで上昇します。年齢別をみると、30- 34歳の
失業率は、この間、1.9%から5.3%まで上昇しておりました。一方、20- 2
4歳の失業率は、2.7%から9.1%まで大幅に上昇しました。各個人がばらばら
の若年層は、群れからはぐれた子供のヌーだったのではないでしょうか。
団結することを知らない彼らは、肉食獣から狙い撃ちにされ、酷い目にあいますが、
我々は、彼らが食べられている間も、「今日は、オレの番じゃなかった」と。労働組
合は、労働者の権利を守ることは出来るのかもしれませんが、これから働こうとする
人の「権利」には無頓着でした。むろん、労働組合にとっては、それは当然のことか
もしれませんが・・・。
ところで、『自然に生きて』のなかでは、小倉さんの「自慢話」も出てきます。彼
が、労働組合の委員長になった時、千人近い長期臨時職員がいたそうです。1年毎の
契約更改という格好で、給料は最低限におさえられておりました。そこで、彼は経営
に対し、長期臨時職員の本採用を要求項目の一つに加えたそうです。会社に言わせる
と、「組合員でもないものに、余計なことをするな」ということでしたが、「同じ職
場で同じような仕事をしているんだから、要求に取り入れるのは当たり前じゃないか」
と押し通したそうです。
労働組合に未来があるかどうかは、「今日は、オレの番じゃなかった」ではなく、
「余計なこと」をどれだけ出来るかに掛かっているように思います。それと、未来は
ともかく、労働組合に「過去」があったからこそ、我々は労働者としての様々な権利
を生まれながらに獲得していた、ということも自覚しておきたいと思います。
三菱証券 エクィティリサーチ部チーフストラテジスト:北野一
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『自然に生きて』小倉寛太郎/新日本出版社
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4406028439/jmm05-22
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■ 菊地正俊 :メリルリンチ日本証券 ストラテジスト
最近、労働市場の回復には著しいものがあります。失業率はピークの5.5%から
1%以上低下し、常用雇用は7年ぶりに増加、有効求人倍率は14年ぶりの高水準に
なりました。企業に尋ねた労働者の過不足判断DIは8年ぶりの高水準になりました。
少子化の進展や団塊世代の大量退職などを背景に、企業の採用意欲が高まっています。
数年前に労働は負債と設備と並び、3つの過剰に数えられたのが遙か昔のようです。
これまで雇用が増えても賃金は増えないといわれてきましたが、正社員の賃金に下
げ止まり傾向が出ているほか、需給が逼迫している派遣社員の時給には値上げの動き
が出てきています。今後も労働市場の改善傾向が続き、個人消費に好影響を与えると
思われます。
そうした中で、労組組織率は29年連続で低下し、2004年6月に、過去最低の
19.2%へ低下しました。採用抑制や退職による組合員数の減少に加え、パートな
ど非正社員の雇用増加が原因といわれます。労組幹部からは労組は衰退産業との諦め
の声が出つつあります。「春闘」でベースアップを目指し、労組が業界毎に統一要求
を掲げて闘う春の光景も過去のものとなってきています。今春の労使交渉では、3月
16日が一応の集中回答指定日になっていますが、連合や大半の主要産業別労組がベ
ア要求を見送る方針と伝えられています。
終身雇用や年功序列などの日本的雇用制度は大きく変わりつつあります。労働市場
の変化は日本経済の構造変化の象徴です。この2月には労働市場関連銘柄が3社上場
します。生産請負のワールドインテック、技術者派遣の日本テクシード、IT関連人
材派遣のデジタルスケープです。10年前に数社しかなかった労働市場関連の上場銘
柄は30社に迫っています。
転職が当たり前とはいいませんが、珍しくない時代になってきています。2002
年の転職率(転職者の1年前の有業者に占める割合)は4.6%ですが、若年層ほど
転職率が高くなっています。最近、リクルートの就職雑誌『B-ing 』編集部が著名人
の仕事に対する考え方をまとめた『プロ論』がベストセラーになりました。その中で、
元マイクロソフトの日本法人社長で現インスパイア社長の成毛眞氏は「これからは転
職経験がないことがリスクになる。転職できないことは能力がないということになる」
と述べまします。元ボストン・コンサルティング・グループの日本法人社長で現ド
リームインキュベータ社長の堀紘一氏は「今後10年位で会社員と自営業の境目はな
くなる」と述べています。パソナの南部靖之社長も近著『人財開国』で「人材流動化
が進み、企業がより高い付加価値を生む人材活用を目指すようになるにつれ、従来の
雇用という言葉が意味をなさなくなる。日本でも個人事業主が増える」と述べていま
す。こうした労働市場の構造変化は労組に逆風になっています。労組も民間企業のよ
うにビジネスモデルの転換が必要かもしれません。
メリルリンチ日本証券 ストラテジスト:菊地正俊
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『プロ論』B-ing編集部/徳間書店
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4198619611/jmm05-22
『人財開国』南部靖之/財界研究所
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4879320390/jmm05-22
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■■編集長から(寄稿家のみなさんへ)■■
Q:550への回答ありがとうございました。53歳の誕生日に、横浜・赤煉瓦倉
庫で行われたヴェロニク・ケイの演出による『ライン』の舞台を見てきました。映像
とパフォーマンスとダイアローグで構成され、台詞はおもにフランス語で、スクリー
ンに日本語の字幕が出る、という形式でした。わたしは小説を書くとき、まずイメー
ジを組み立て、登場人物を動かしながら、全体を描写してダイアローグを考えます。
つまり、ヴェロニク・ケイの舞台は、まるで小説を書くときのわたしの脳の内部を具
体化したような感じがしました。わたしは、自ら、小説が生まれる現場に立ち会って
いるような奇妙な幸福感を味わいました。原作者にしかわからない幸福感だったと思
います。
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Q:551
ライブドアによるニッポン放送株の買い占めが話題になっています。株を買い占め、
経営権をある程度握ることで、メディアを思うままに支配できるものなのでしょうか。
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村上龍
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JMM [Japan Mail Media] No.311 Monday Edition
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melma! : 9,330部
発行部数:129,878部(2月21日現在)
【WEB】 http://ryumurakami.jmm.co.jp/
【MAIL】 info@jmm.co.jp
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