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■ジョセフ・マーフィーの真実■
「マーフィーの・・・」と書かれた本が、書店でよく見かけられる。実は、マーフィーの法則というのには 2 種類あって、 ASCII 出版局が出していたものと、産能大学出版部や三笠書房やきこ書房などが出しているものがある。
この前者の方は、 1990 年代前半に書店でよく売られていいたもので、エドワード空軍基地のエドワード・A・マーフィー Jr. というエンジニアの名前から取られているという「説」が一般に流布している。この本には、たとえば「失敗する可能性のあるものは、失敗する」などの不条理な格言が多数収録されている。
一方、現在、書店でも見かけるのは後者の方で、この著者(ないしは原型となったアイデアを述べたの)は、ジョセフ・マーフィー(Joseph Murphy)という人物である。これらの内容は、「潜在意識が強く願えば実現する」といったポジティヴ・シンキング的な願望達成の How to(?) 本である。
おそらく、ジョセフ・マーフィーの著作の最初の翻訳は、「生長の家」の谷口雅春と中嶋逸平によるもので、「生長の家」の出版社である日本教文社から、『信仰の魔術(Magic of Faith)』として 1956 年に出版されたものだろう。また 1960 年には、日本教文社からは同じ翻訳者により、『愛と結婚と人間関係(Love Is Freedom』も出版されている。この後、 1968 年になると、産能大学出版部から、大島淳一訳で『眠りながら成功する -- 自己暗示と潜在意識の活用 (The Power of Your Subconscious Mind)』が出版され、サラリーマン向け自己啓発書のコーナーなどで広く販売されるようになった。ちなみに、『眠りながら成功する』は、アメリカにおいても、マーフィーの本の中で一番有名なものの一つである。
さて、一体このジョセフ・マーフィーとは、何ものなのだろうか?
そもそも、ジョセフ・マーフィーの黄金律(Golden Rule)として、これらを日本へ大々的に紹介したのは、日本で最初にして最大の自己啓発セミナーだったライフダイナミックス、後のアーク・インターナショナル(ARC International LTD) の共同出資者の島津幸一その人である。彼は、晩年のジョセフ・マーフィーと親交を結び、『マーフィーの成功法則 -- マーフィー博士の最後のことば』という、彼とマーフィーの対談集まで出版している。直接、自己啓発セミナーとは関係がないとはいえ、ジョセフ・マーフィーという人物は非常に興味深い。
なお、余談だが、エスリン研究所(エサレン?)の創設者にマイケル・マーフィーという人がいて、『スポーツと超能力』や『王国のゴルフ』などの翻訳もある。これら何人ものマーフィーがいるので、混同しないように注意したい。
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ジョセフ・マーフィーの経歴
別冊宝島 304 「洗脳されたい! -- マインド・ビジネスの天国と地獄」に、高山俊之氏による「『マーフィーの黄金律』秘話 潜在能力理論とマルチの鬼」という記事がある。この記事では、日本催眠学会の元理事長の加藤隆吉氏の談話として、次のような話が紹介されている。
「マーフィーは一介の町の催眠術師にすぎません。学問のある人ではない。マーフィーは幼少期には、米国ではなく、フランスだったかイタリアだったかは覚えていないが、外国で暮らしていました。彼は自らをリグレスティヴ(退後)させると、ラテン系の言語で話したといいます。催眠が解けると、覚えていないと言ったそうだが。昔、マーフィーが退後情態にあるときの肉声を吹き込んだレコードが売り出され、私はニューヨークの知人を通してそのレコードを手に入れ、聞いたことがあります」
わたしには、どうもこの話はジョセフ・マーフィーの話ではなく、 ブライディ・マーフィー(Bridey Murphy) の話ではないかと思える。なお、ブライディ・マーフィーに関しては、ポール・エドワーズ著、『輪廻体験 -- 神話の検証』なども参考になる。
ジョセフ・マーフィーが、どんな人物だったのかを、比較的正確に記述しているのは、マーチン・A・ラーソン著、『ニューソート』である。
ジョセフ・マーフィーはその生涯の初期にはイエズス会の会員だった。それから彼は永年ロサンゼルスのディヴァイン・サイエンス教会の聖職者を務めたが、おそらくニューソートにおけるもっとも好評をもって迎えられた著述家であった。
なお、この本では、マーフィーは 1980 年没となっているが、ジョセフ・マーフィー、しまずこういち著、『マーフィーの成功法則』よれば、実際には 1981 年の暮れのことらしい。
また、産能大学出版部から出ている他のマーフィーの著書には、次のように書かれている。
博士は、カリフォルニア州ロサンゼルス市のチャーチ・オブ・ディバイン・サイエンスの牧師で、毎日曜日には約1500人の聴衆に話しておりました。
インドのアンブールのバイブル大学の宗教科学の学位を持ち、インドのアンドラ研究大学の評議員でもあり、宗教科学の建設者故アーネスト・ホームズ博士と多年にわたって提携しておりました。
このマーフィーの所持しているという「宗教科学」の学位だが、これはニューソートという宗教運動の学位に他ならない。「宗教科学」というと、一般的な学問っぽく聞こえるが、実際にはアーネスト・ホームズ(Ernest Holmes)が創始した「宗教科学(Religious Science: レリジャス・サイエンス)」という宗派の名前である。
また、三笠書房の文庫版のマーフィーの著書には、神学、法学、哲学、薬理学、化学などの多数の学位を持っていると書かれている。それから、マーフィーの How to Pray with a Deck of Cards(1958) によれば、 D.R.S.(宗教科学博士)、D.D.(神学博士)、Ph. D.(学術博士)、LL.D.(法学博士)とのこと。なお、アメリカでは、各種学校の通信講座を受講したり、教会などに寄付したりするだけで、比較的容易に博士の称号を授与してもらえるという事情があるので、それらを考慮の上でこれらの称号については吟味する必要がある。
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ディヴァイン・サイエンス教会とニューソート・ムーブメント
さて、ところで、この「ディヴァイン・サイエンス(Divine Science)教会」とは、一体何なのだろうか?
井門富二夫著、『カルトの諸相』や、前掲の『ニューソート』を参考に紹介するとこうなる。そもそも話は 19 世紀のアメリカに遡る。欧州から、大量の移民がアメリカへ流れ込んできた。当時、その移民の数があまりに多かったため、人口の増加に牧師の数が追いつかなかった。そこで、信仰心の篤いものを臨時に牧師の資格を与えて教会の数を増やし、布教を盛んに行なった。すると中には、独自の聖書解釈をもって、布教に臨む牧師たちも現われてきた。折りからの科学の進歩によって、もはやナイーヴに聖書を字義通り読むことが困難になっていたことも、この傾向に拍車をかけることになった。彼らは、聖書が象徴に満ちているとし、その象徴を自分で勝手に読み解き、その結果得られた自分独自の真実を、キリスト教として布教していった。
さて、フィニアス・P・クィンビー(Phineas P. Quimby)という人物がここで登場する。彼は、一連のニューソート(New Thought) と呼ばれる宗教運動の創始者の一人と見なされている人物である。クィンビーは、あるとき重い病気にかかり、メスメル派の治療者によって癒されて、これに傾倒し、彼自身も治療者となった。なお、このとき彼が受けた治療というのは、早い話が催眠術と心霊術を組み合わせたような代物だったらしい。メスメル派の治療者としてスタートしたクィンビーだが、やがて信念によって病が作られているという強固な「信念」に取りつかれることになり、最終的に彼はメスメル派とは袂を分かつ。やがて、彼は自分の治療が、イエス・キリストが行なった治療と同一であると主張するようになる。すなわち、神とはこの世の本質であり、「科学」であり、イエスがキリストとして説いた原理である。そして、自分はそのキリスト科学を再発見したのだというのである。次の言葉に、彼の思想の断片を垣間見ることができる (前掲の『ニューソート』からの引用)。
その智慧はあまねく空間に満ち、その属性は全き光、全き智慧、全き善にして愛である。それは、自己愛や偽善から完全に免れていて、何ら法を立てず、また法を壊しもしないが、人間をして苦心の末に魂の救済を成就せしめる。それは、法や制約を設けず、信仰に基づいた人間の行為を是認し、また人格をとがめることなく、その信仰の正否に責任を負わせるのである。
極めて理想化された(しかし、キリスト教とは言えそうにない) 神が語られていることがわかるだろう。
クィンビーの流れを汲んだ、ゆるやかな宗教運動がその後発生する。これらをニューソートといい、代表的な教派には、「キリスト教科学(Christican Science: クリスチャン・サイエンス)」、「ディヴァイン・サイエンス教会」、「ユニティ(Unity)」、「宗教科学」などがある。
日本では、「生長の家」とニューソートの関係が深い。『新宗教事典』などによれば、「生長の家」の谷口雅春は、早稲田大学をやめた後、「大本教」や「黒住教」に関係し、「大本教」の機関紙の編集などに携わっていた。そしてその後に、やはり「大本教」関係者の浅野和三郎のはじめた「心霊科学研究会」などを手伝っていた。この頃、「宗教科学」の創立者のアーネスト・ホームズの著作などに影響を受けたらしい。そして、瞑想中に声を聞き、「生長の家」を創立する。谷口雅春がアメリカ講演を行なった際には、ニューソート関係者が多数集まったという。また、「生長の家」では、「キリスト教科学」の会誌やニューソート関係の著作を翻訳して発行したりもしている。
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ジョセフ・マーフィーに関するまとめ
さて、ここで本筋にもどろう。つまり、ジョセフ・マーフィーは、このニューソートの一派である「ディヴァイン・サイエンス教会」の牧師だった。ニューソートでは、聖書を伝統的に読み解くことをよしとせず、独自に解釈してきた。そして、クィンビーの流れを汲み、極端な話、すべては信念の持ちようであるという思想を持っている。たとえば、「ディヴァイン・サイエンス教会」では、神は遍在すると主張する。神はありとあらゆる場所に存在する一なる者であり、それ故、人間も神と一つであり、そのことを知れば癒されるという。
ところで、産能大学から出版されていたしまずこういち(島津幸一) 氏によるマーフィー関連の初期の著作には、氏の著者紹介として次のような記述がある。
昭和 7 年、東京生まれ。東洋大学で哲学を学ぶ。昭和 40 年 (株)丸十を設立、セールスマン 2000 人を擁する販売会社に成長させる。のち渡米し、ジョセフ・マーフィ博士に師事し、超心理学を研究する。昭和 50 年米国インターナショナルヨーホー INC を設立、代表取締役として今日に至る。マーフィ博士理論研究会日本代表理事。青年教育研究所所長。米国系 ARC インターナショナル INC 代表取締役会長。著書に『マーフィーの成功法則』(対談)、『説得学』、『プロの条件』、『潜在能力の神秘』、『瞑想の法則』、『リーダーシップ』、『ミーティング参加の知恵』などがある。
ニューソートは、キリスト教(のようなもの)を「自称」科学的に研究してきた。その中には、超心理学の対象とする超能力(潜在意識の作用、信念の力) なども含まれている。というわけで、島津幸一氏がマーフィーとつきあいがあったというのはともかくとして、その行なったとかいう超心理学の研究が、実際どんなものだったのかというのはかなり疑問である。
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自己啓発セミナーとニューソート
なお、ここで最後に自己啓発セミナーとの関係を簡単に述べておこう。
まず、現在の自己啓発セミナーのベースになったものは、アレクサンダー・エヴェレット(Alexander Everett)のマインド・ダイナミックス(Mind Dynamics)というセミナーと、化粧品マルチのホリディ・マジック(Holiday Magic) のウィリアム・ペン・パトリック(William Penn Patrick) のやっていたリーダーシップ・ダイナミックス・インスティチュート(Leadership Dynamics Institute)という組織である。このエヴェレットの方は、そもそもニューソートの一派の「ユニティ」の牧師になりたくて、イギリスからアメリカにやってきた。マインド・ダイナミックスのセミナーには、ユニティの影響が大きいとエヴェレット自身も語っている。
また、これらのセミナーの元トレーナーで、 est の創始者のワーナー・エアハード (Werner Erhard)も、デール・カーネギー(Dale Carnegie)や、マクスウェル・マルツ (Maxwell Malts)、ナポレオン・ヒル(Napoleon Hill) などのニューソート系の著作に大きく影響を受けている。
それから、日本では、元マインド・ダイナミックス、元ライフスプリング(Lifespring) のロバート・ホワイト(Robert White) がはじめたライフダイナミックスというセミナーが最初にして最大のものであり (ちなみに現在は日本人向けコースは閉鎖)、その後ほとんどのセミナーはここから独立したものであった。このライフダイナミックスを受講して、共同出資者としてアーク・インターナショナルを設立したのが、元新製品普及会、元 APO ジャパン、そしてマーフィーの黄金律としてマーフィーを日本へ大々的に紹介した島津幸一氏であった。
このように、自己啓発セミナーの思想や人脈には、ニューソートの流れを汲んだものが混入しているのである。
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参考文献
アーサー・ブロック著、『マーフィーの法則 -- 現代アメリカの知性』、倉骨彰訳、 ASCII 出版局、 1993 年
別冊宝島 304 「洗脳されたい! -- マインド・ビジネスの天国と地獄」、宝島社、 1997 年
Skeptic's Dictionary 日本語版
ポール・エドワーズ著、『輪廻体験 -- 神話の検証』、皆神龍太郎監修、福岡洋一訳、太田出版、 2000 年
マーチン・A・ラーソン著、『ニューソート -- その系譜と現代的意義』、高橋和夫他訳、日本教文社、 1990 年
ジョセフ・マーフィー、しまずこういち著、『マーフィーの成功法則 -- マーフィー博士の最後のことば』、しまずこういち訳、産業能率大学出版部、 1983 年
井門富二夫著、『カルトの諸相 -- キリスト教の場合』、叢書 現代の宗教 15 岩波書店、 1997年
井上順孝他編、『新宗教事典』、弘文堂、 1990年
しまずこういち著、『マーフィーの黄金律(ゴールデンルール)』、産業能率大学出版部、 1983 年
志水一夫さんによる、『ジョーゼフ・マーフィー博士 著作総目録稿』、著作に限らず関連書籍、経歴、関連ページ情報なども
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謝辞
「自己啓発セミナーと精神世界」 の Rahiem さんには、ニューソート運動に関して教えていただいきました。また、志水一夫さんには、ジョセフ・マーフィーの最初の翻訳、原書、著作などについて、また「生長の家」のことに関して教えていただきました。慎んでお礼申し上げます。
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by Atsushi Kokubo (kokubo@aomori-u.ac.jp), since 1995.