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「ノアの洪水」直後に、神はノアに対し、食料について命を下す。
【およそ生きて動いている物は、すべて汝らの食料とするべし】創世記9章3項
その事に忠実であれば、絶滅危惧種も食して良い事になる。
「時代が違う、そんな観念がなかった」との反論もあるかもしれない。
【すべて忠実に守りて行うべし。これに何一つ加えるべからず。減らすべからず。】申命記13章1項
つまり、「聖書にはない観念」を理由には出来ないはずだ。
それに「ノアの洪水」直後は「方舟」に乗らなかった「生物」はことごとく「絶滅」したはずだ。
それでも、「動いている物を食料にしろ」と言う以上、現在の我々が鯨を食べようとも、神に背いたことにはならず、反対される謂れはないという事だ。
しかし、モーゼの時代には違う事を言い出す。
【汝、穢れた動物は、すべて食べるべからず。】申命記14章3項
それで、何を食べてはいけないかというと、「動物のうち、ひずめが完全に2つに割れ、反芻する動物だけが清い動物で、それ以外のものは穢れている」申命記14章6項〜8項、レビ記11章2項〜3項
ひずめと反芻がなぜ「清い動物」と「穢れた動物」の判断基準になるのかを神(聖書)は語らない。
しかし、ウサギとイワダヌキの事を「反芻する」としている。(申命記14章7項、レビ記11章6項)
当時のウサギもイワダヌキも反芻し、進化の過程でしなくなったと考えてはいけない。
「聖書」は「進化論」を認めていないからだ。