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(回答先: 昭和天皇は重慶爆撃に反対されたか? 投稿者 スパルタコスポノ 日時 2005 年 5 月 14 日 17:00:11)
中国・韓国は「日本によるアジアの開放」を侵略と呼び、
華僑は東南アジアで白人の植民地支配の手先となった。
http://www.asyura2.com/0502/bd39/msg/212.html
◆黄 文雄【著】 「捏造された昭和史」より
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?W-NIPS=9978557393
◆白人の代理人・華僑の粛清で日本軍は歓迎された
日本が東南アジアに進軍して現地人から歓迎されたのは、支配者である白人たちを追放したためばかりではない。白人の代理支配をしていた華僑を粛清したためでもあるのだ。このことは日本ではあまり語られていない。
物産の豊かな東南アジアはもともと人口は多くはなかった地域である。中国からの漢人の移民は昔からあったが、一九世紀になると中国では戦乱や飢饉が繰り返され、海路を通って大量の余剰人口が流れ込んできた。この人々はやがて東南アジアで独自の華僑社会をつくり、白人の植民地統治者の番頭として働くようになった。
西欧の植民地支配は、たいてい代理統治する人種を設定するものだが、アジアではミャンマーを境にインド洋からアフリカが印僑(インド人商人)、ミャンマーより東が華僑というように代理人が定まっていた。現地人は政治的に白人に支配され、経済的に華僑に搾取された。
だから政治的な変動があるたびに華僑には襲撃が加えられたものだった。今日にいたっても、経済面でも文化面でも現地人の華僑に対する反感は消えていない。華人のリー.クアンユー.シンガポール元首相がシンガポール以外、東南アジアでまったく人気がないのはそのためだ。
東南アジアで華僑に対して最も厳しい措置をしているのは、華僑の人口が全体の三パーセントにしかならないインドネシアである。そこでは華語(中国語)の書籍の販売も、持ち込みも禁止された時期さえある。
日本軍とビルマ独立軍がラングーンを解放したとき、まず追放したのが、それまで白人(イギリス)支配者と手を組んでビルマを搾取しつづけていた印僑と華僑だった。イギリスはビルマを統治するとき、被支配者たちが団結しないように少数民族によって統治のための軍隊を編成し、華僑と印僑を利用して代理統治させていたのである。彼らの追放なくして植民地からの解放はなかった。
インドネシアでの独立運動は歴史が長く、共産主義運動もアジアで最初に行なわれていたが、インドネシアの独立運動は華僑の経済搾取に反抗する運動でもあった。オランダ統治下の華僑の商業活動はきわめて悪質で、統治者と結託し、彼らの手先になってオランダ人よりも苛酷にインドネシア人を搾取していた。だからインドネシア独立運動の初期に誕生した組織、イスラム同盟の運動は、直接的には華僑を排斥する運動となった。
華僑というものは非常に投機的、保守的である。彼らは現地人を蔑視し、居住地の民族とは決して同化しようとしない。さらに華僑の資本はほとんど地元に還元せず、利益はみな華僑たちに独占されてしまう。華僑が彼らの故郷とする中国へ投資すればするほど、地元の反発は高まり、対立は激化する一方だ。東南アジアの諸民族は華僑に根深い反感を持っており、経済的問題を超えて、もはや民族問題と化している。
もし日本軍による華僑粛清がなければ、マレーシアの独立はなかったといっても過言ではない。日本軍はマレーで華僑を追放し、マレー人を行政の担い手として教育した。このときの人材が今日のマレーシア連邦の基礎をつくったのである。
東南アジアでよく反日デモが行なわれたりすることがあるが、反日運動をしている人間がだれなのかよく識別しなければならない。これを主導しているのは、華僑と、何らかの政治的意図のある日本のマスコミなのである。
東南アジアの住民は基本的に親日的であり、大規模なデモになるような反日感情は持っていない。東南アジアの華僑は日本政府の戦争謝罪をよろこんで受け入れるだろう。しかし、諸民族はそれを日本の東南アジアに対する敵対行為と見るはずである。(P231〜P234)
◆中国人こそ中華思想に凝り固まり、東南アジアのみならず世界各地で中国人だけで閉鎖された社会を作り、決してその国へ同化しようとしない。中国人こそ差別的であり現地人を見下した態度で接しようとする。中国本土でも外国人に対する態度は同じである。
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