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(回答先: 園遊会で米長氏 “日本中の学校に国旗・国歌を”天皇“強制にならないこと望ましい”(しんぶん赤旗) 投稿者 シジミ 日時 2004 年 10 月 29 日 21:22:04)
シジミさん、こんにちわ。
いつもの、共産党らしいコメント記事です。どっちにでもとれるような。
こうした物言いは、「テロも戦争も」に示されるように、全てに通底しています。
そもそも国旗を法整備したのは、共産党でした。「今の日の丸」をとはいってませんでしたが、「国民の賛意があればやむなし」という詭弁で、国旗の法制化をリードしたのです。この件では、当時、党員の多くが綱領批判と重ねて、言及しました。私も党に入って間もなくでしたが、2000字内の投稿をしました。
そして、君が代・日の丸の堂々の導入に関しても、まことしやかにされる強制への流れに関しても、その土台にメスは入れません。
神奈川県の女性議員の議会への日の丸掲揚拒否事件でも、おりこうさんぶりを発揮して、結果、二人の女性議員の退職処分を黙認しました。
私がいつも不満に思うのは、過去のいきさつはどうであれ、是々非々で、筋を通すのが政党の理念でなければならないはずなのに、本質的なことになると、お茶を濁すことです。
昨日の支部総会でもそうですが、来年の都議選候補者が挨拶まわりに来ても、新潟被災地から帰ってきたばかりの話は、それなりにいいのですが、それが今の世界情勢と、また、香田さん拉致とはいっさいつながりません。「知名度が無い」から、せっせと、顔出しに精をだしているのですが、タレントじゃあるまいし、生活者の視点から、いまの世界情勢と日本をどう見るか、どうしていくかという視点が大事なのではないでしょうか。
彼は、また、東京都の消防庁施設の貧しさを、訴えているのですが、ならばと、先日のTBSでの「東京都消防庁のハイテクレスキュウー隊の宣伝」とからめて、問いかけてみたのですが、どうも、ぴんときません。木村陽治さんの後釜としては余りにもお寒い。敵はあの石原です。超腐りきった自公民の都議会です。
しんぶん赤旗の読者や党員と握手したり、その顔を覚えてもらうことよりも、大事なことがあるのではありませんか。党員にしても同じです。この3年、何回と、私なりにとといかけてもみましたが、こと、戦争問題に通底した問題意識を感じたことは一度たりともありません。ここで、皆さんと話し合うほどにもです。
彼は、先の地元の平和集会でも、顔を見せに来てくれましたが、沖縄のヘリ墜落の生々しい記事(沖縄タイムス)の展示をみながら、赤旗の取り上げ方の生ぬるさを指摘してみたりもしましたが、「酷いですよね」と、まるで、どこかの首相の対応とさほど変わりません。
なぜ、こうなのでしょうか。
どなたかが、これまでの天皇の数々の政治的発言を列記してくれてますが、まさに、天皇は、節目節目に、政治的な重要発言をしています。いいえ、今回も同じですが、これほどの反動的な流れに自らの地位が利用されていることを黙認しているだけでも、それは立派な戦争加担です。
石原の「天皇も靖国へ」発言、「自衛隊の復興支援賛美」発言、すべて、すべて、こらは天皇一家の戦争利用です。雅子さんの子どもの問題もそうですね。
共産党が、国旗・君が代強制問題では、読売・産経等新聞とは違い、反対の論調はしていますが、「強制がいけない」のだという点にだけ焦点を当てて論じたり、文化人や教師にに言わせているのをみると虫唾が走ります。
ならば、強制でなければいいということになり、行き着く先は「強制か何か分からないように、強要すればいい」ことになるのです。
先の園遊会での米長氏の発言、私は天皇自らの発言と勘違いしてましたが、今までの流れからいっても、その態度・姿勢事体がすでに、戦争加担の視点ですから、たいした問題でもありません。むしろ、こうも、共産党からメディアが一体となって、消極的・積極的に、戦争への流れを作り出していくことに、私は党員として情けなく、苛立たしい思いがするのです。
国旗・君が代は、過去の戦争の際、アジアの民を殺させるシンボルとして、血塗られた日の丸が振られ、国歌は、天皇の世が千代に八千代に栄えるようにと、意味深な、時代錯誤もはなはだしいものであり、このことを問わずして、いえ、総括も検証のしないまま、教育という現場に、調教のテキストとして導入した点が問題なのです。
結局、右翼の方々と同じで、自らのやってきたこと、日本の歴史を直視したことを拒否したい視点がある限り、無残な歴史は繰り返されるということです。
ブッシュの「テロ戦争」を加担する流れに、いつかはより積極的に乗るのでしょうか。