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(回答先: Re: 貨幣経済が出来た瞬間に我々は商品を売らなくては生きていけなくなったのです。 投稿者 縄文ビト 日時 2005 年 4 月 02 日 08:36:43)
縄文ビトさん、我々はこの社会の現実に対してどう対案を出すかという事で話を進めるしかないのではありませんか?
この社会ができあがる前の社会に戻る事はできないのです。
貨幣が無い社会に戻る事はできませんし
「労働力を売る」というシステムに対する対案がなければ「労働力を売る」事はやめられません。
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>Re: 貨幣経済が出来た瞬間に我々は商品を売らなくては生きていけなくなったのです。
>http://www.asyura2.com/0411/dispute20/msg/735.html
>投稿者 縄文ビト 日時 2005 年 4 月 02 日 08:36:43: egUyw5BLxswRI
>(回答先: 貨幣経済が出来た瞬間に我々は商品を売らなくては生きていけなくなったの>です。 投稿者 ワヤクチャ 日時 2005 年 4 月 01 日 21:37:02)
>ワヤクチャ 貨幣経済が出来た瞬間に我々は商品を売らなくては生きていけなくなった>のです。
>縄文ビト 貨幣経済が出来た瞬間、これはいつごろからですか?
B.C.625年頃
◎ギリシャで貨幣の鋳造が行われる。貨幣経済の始まりである。
の前に貝とかが貨幣として使われていた時期はあったかと思いますが。
>本来貨幣には三つの手段があります。交換手段であり・比較手段であり・そうしてもう>一つ蓄蔵手段です・最初に貨幣と呼ばれるものが出来た時、蓄蔵手段が目的ではなかっ>たといえます。
物々交換をやっていて、うまく交換できないので(対等の交換にならないので)交換を媒介する物として貨幣を作ったのだと思いますね。
>もし蓄蔵を目的として作られたものであれば、そこには支配者の姿を見て取れます。
最初は蓄蔵を目的には作られなかったでしょう。
交換目的で作り、交換している内に商品を多く持っている人が貨幣を溜め込んだという事でしょうね。
でも貨幣自体に使用価値は無く、物と交換する方が生活は豊かになったでしょう。
買う物が無いのでたまってしまっただけでしょう。
>蓄蔵は他者の労働の私有化にしか過ぎませんから。
私有化は他者の労働力を買った時に発生するのです。
貨幣をためているだけではそれは他者の労働の私有化とは言えません。
>誰が他者の労働の私有化をするかといえば、遠い昔神に仕えたものが最初だったといえ>ます。
ピラミッドの建設とかで労働を強制したという事ですね。
>ただその時代その社会の中では貨幣による交換経済は無かったといえます。貨幣はあく>までも交易に使用されたもので共同体の中ではまだ全体の労働は全体で分け合っていた>のが原則としてあったといえます。
物々交換で充分だったかも知れませんね。
贈与もあったでしょう。
しかし、共同体の中にも貨幣経済は浸透していったでしょうね。
物々交換では取引が成立しない場合があったでしょうから。
>ただ今までに無い技術革新の中で生まれた新しい産業としての農耕・牧畜が多くの余剰>を生み出したのです、
その余剰を他の共同体の生産物と交換し始めたのですね。
当初は物々交換で、後に貨幣との交換になったと思います。
>ただし共同体の成員はそれまでの狩猟・採集経済下では、完全な狩猟・採集だけではな>く栽培植物も持っていたことにより場所によっては成員全体の労働時間は極端に短かか>った。
>最初の時代、つまり神官に支配されるようになると成員の労働時間は長くなっていっ>た。そこからの余剰を生み出し専門職を作り出していったのです。その専門職の中に軍事>に携わる者を生み出し、国という単位が出来ていき。王が生まれ、領土拡張のため戦争>という手段が採られるようになっていったのです。
そうだと思います。
>領土拡張、それは取りも直さず、最初は農耕・牧畜に適した土地であり、資源の豊富な>土地であったのです。ただしそこに労働力の投入なくしては、何の富も生み出せませ>ん。そこから人間の労働力を目的とした人間狩りが始まったのです、それが奴隷制であ>>り。現在社会の労働力を売り買いする社会までつながってきたのです。
奴隷は自分の労働力ですら自分のものではありません。
ですから奴隷は労働力を売る事ができません。
労働力を売る事ができるようになったのは進歩です。
自分の労働力という生産手段を自分が所有するようになったのです。
人間の解放は自己の労働力の所有から所有する生産手段を増やしていくという事の中にあるのです。
その為には自分の労働力を高く売る事に意義があるのです。
労働力を売る事は支配されている事ではありません。
独立している事なのです。
>基本になるのは人間の労働力が富を生み出すものだということです。
自分の労働力は自分に冨をもたらすのです。
資本家の取り分を少なくしていけば資本家の支配から脱却できるのです。
>ワヤクチャさんの考えは出来上がった社会の中でのことしか考えていないといえます。
出来上がった社会をどうするのか?
という事以外に私の課題はありません。
以前の社会に逆戻りする事はできません。
>貨幣論と人間の生き方、ここでは社会主義ということになりますが、密接な結びつきが>あるのです。
労働の売り買いによって資本家が儲けてきた事は事実です。
だかと言って労働の売り買いをやめるわけにはいきません。
対案が無いからです。
労働力を高く売る事によって資本家からの独立を目指すしか無いのです。
ここは労働組合の役割です。
>少しずつ書いていきます。3番目のHNを新規に登録しましたので。HNは「登録アッ>プ」という名です。
了解しました。
HNを新たに作らなくても投稿数はアップしてもらえると思うのですが。
>以下の文章は労働力の歴史という面から上に書いた文章で再考願います。
「労働力の歴史」ですか?
奴隷労働から賃金労働になったという事だと思いますが。
賃金労働に代わる労働形態はまだ提案されていないと思います。
>鼻曲がりさん、貨幣を手に入れる為に何が売れるか?
という事が生存の為のカギになってしまったのです。
労働力しか売るものが無いのが労働者です。
>これをいくら嘆いても自らを商品化する事なしには生きていけなくなったのです。
>であるならば個人が売るものを持っている
>さらには商品を作る為の生産手段を入手する事が可能なシステムを作らざるを得なくな>ったのです。
>>労働は本来売るのではなく生きるために必要なのです
生きる為には貨幣を入手しなければならず
貨幣を入手する為には労働力を売らねばならないのです。
>本来は労働はまさに直接的に使用価値を生み出すものでした。
貨幣経済下では労働によって生み出された使用価値は貨幣と交換され
使用価値自体は労働者の所有物ではなくなったのです。
>しかし、貨幣経済が成立して以降は
>労働を貨幣と交換する事なしには人間は生きていけなくなったのです。
>よって貨幣そのものの性質を変えるか
>個人に商品生産能力を持たせるかしか解決の方法が無くなってしまったのです。
>>http://www.asyura2.com/0411/dispute20/msg/730.html
>投稿者 鼻曲がり 日時 2005 年 4 月 01 日 20:13:19: reqgioM2ZVV6Y
>(回答先: 自分が所有している労働力を売る権利 投稿者 ワヤクチャ 日時 2005 年 4 >月 01 日 12:55:03)
>ワヤクチャさん これは支配される事ではなく、自己の労働力という生産手段を使って
>さらに自分が持つ生産手段を増やしていく権利です。
>「他者の労働力の私的所有」という概念は「他者の労働力を買う」という事だと思いま>すが、これを禁止するという事は、自己の労働を売る市場を失う事になります。
>これは支配される事ではなく、自己の労働力という生産手段を使って
>さらに自分が持つ生産手段を増やしていく権利です。
>縄文ビト こんな権利があったのですか、それは知りませんでした。
自分の労働を売れるという権利です。
これを禁止されたら貨幣経済下では生きていけません。
>そして太るのは本来の生産手段を私有している資本家ではないですか。
労働者はまず生きねばならず
その為には労働力を資本家に売るしか無いのです。
資本家が不当に利益を得て資本の増殖を加速させないように
賃金アップ、法人税アップ、商品価格を安く抑えるなどで制御しなければなりません。
>ですからそこは税制や最低賃金制や商品価格統制や貨幣の性格の変革などによって
>一部の人が富を独占しないようにする必要があるのです。
>労働の売買を禁止する事は資本家だけではなく労働者も殺す事になるのです。
資本家が金を儲ける事だけを見るわけにはいきません。
労働者がどうやって生きていけるのかを考える必要があるのです。
>両方共市場経済内で労働力の売買をする事で生きているのです。
資本家を儲けさせなかったら労働者は生きていけないというシステムになってしまっているのです。
儲けが無い商売は店じまいしてしまいますから。
>>ここではあなたが(自己)労働力を売っているだけではないですか、本来の生産手段>を持っている者があなたの労働力を必要としなくなったとき、
そういう事が無いような制度を作るのです。
>その時あなたは本来の生産手段を持っていないことに気づくわけですか。
労働力という生産手段しか持っていません。
失業しなくてもその事は知っております。
>自分は労働力を売っていただけだったと。
現に労働力を売っております。
>ですから、労働力ばかりでは無く他にも生産手段を入手できるような賃金政策を取るの>です。労働の売買が問題なのではなく、売価が問題なのです。
>売価を上げる事によって労働者が生産手段の所有者になっていくのです。
>>ワヤクチャさん 「他者の労働力の私的所有」という概念は「他者の労働力を買う」>という事だと思いますが、これを禁止するという事は、自己の労働を売る市場を失う事>になります。
>>縄文ビト 何回も言っていますが、人間の労働は本来売り買いをするものではなく、>生きるために労働をすることなのです。
労働を売らずに生きる事はできなくなったのです。
これに代わるシステムを提示しない限り改革はできません。
>貨幣経済成立後、労働力は商品になったのです。
>そしてこの商品を売る事なしには生きていけません。
>この事が問題だと言った所で貨幣経済を廃止できない限りはどうしようも無いのです。
>我々は「本来あるべき姿」で生きていく事はできません。
>>売り買いがある限り自己の労働が売れなかったときどうしますか、
失業しないように頑張るしかありません。
自分の労働が売れなくなったら失業手当とかで食いつなぐしか無いでしょう。
しかし、職は探しますよ。
ガードマンでも何でも。
労働力を売らなければ生きていけないからです。
労働力を売らずに生きていけるシステムがあればどのようなシステムであるのか提示して下さい。
>完全雇用政策を目指すのです。
>売れなかった時という仮定が有り得ないシステムを作るのです。
>>生きることを否定されてしまうのですよ。
>それが現在なのです。
>ですからそれをどう変えるかの対案を出そうとしているのです。
>>つまり失業は生活費を得ることが出来ないことです。金が無かったら路上生活者にな>るしかしょうがないのです。ただ路上生活者といえども金が無かったら生きられませ>ん。
その通りです。
売る物が自分の労働力しか無い人間にとっては生きていく為には自分の労働力を売るしかありません。
>ですから、全ての人に仕事や金を与える制度を作るのです。
>>今までの資本主義社会は労働組合の力が少しはブレーキの役割を持っていましたが、>これからの時代は労組の役員と言えども資本家に、たてつくことは自分の首を絞めるこ>とになりますから、力を抜くでしょう、
それは最初から敗北を認めているようなものです。
それでは負けです。
労組の役員が闘わないのであれば闘う役員に替えるべきでしょう。
>いや犬のように資本に尾っぽを振るのではないでしょうか。
それではもはや労働組合とは言えません。
賃上げを実現する労働組合にしなければなりません。
また地域労組で雇用促進を進めていかなくてはなりません。
>時代はまさにどんどん右に行きますよ。
そうならないようにしましょうよ。
あなたは最初からあきらめていらっしゃるのですか?
>ですからそれに反対しているのであって、
>この抵抗が敗北したら我々全員は完全な家畜状態に陥ります。
>「労働力の売買の禁止」というプラカードを掲げてデモをする失業者がいたら
>資本家は笑って「だったら死ね!」というだけですよ。
>こんな事を悔しがってもしょうがないのです。
>「労働力の売買の禁止」というスローガン自体が間違っているのです。
>>本日の私の書き込みは、投稿可能数を使いきってしまいました。
>では、また明日。
>投稿数アップを管理人さんに申請してはいかがでしょうか?
このやり取りを他の方は見てどう思われているのでしょうかね?
水掛論的に見えるかも知れませんね。
そうなる原因はどこにあるのでしょうか?
あなたは対案の提示なしに現在の社会の問題点をおっしゃっているだけではないですか?
資本家が金儲けをする事を規制するには「労働力の売買の禁止」の主張ではできませんよ。
というのもそれを言えば労働者も困るからです。
労働者がちゃんと生活ができた上で資本家の金儲けを規制する必要があるのです。
あなたの主張は自爆攻撃なのです。