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記者の目
イラク戦争の正当性=小松浩(欧州総局)
◇「危機」は真実だったのか−−足場崩れた日本の主張
同じ自由民主党という名前でも英国の自由民主党は、イラク戦争反対を貫いた政党であり、先日の下院補欠選挙では議会第3党ながらブレア政権の与党・労働党の牙城を揺るがした。勢いを駆ったチャールズ・ケネディ党首がイラク戦争をめぐる20日の下院討論で次のように迫った時、ブレア首相も神妙な顔で聴き入るしかなかった。同党首は「自分の責任でないことで犠牲を払っていくのは死者たちである」と追及したのだ。
戦争とはつまるところ国家による大量殺人にほかならない。平和な町で1人を殺せば罪になるが戦場で100人殺しても罪にならない、という究極の矛盾があからさまになるのが戦争だ。政治指導者にとって戦争とは戦場に出かける人間一人一人に「人を殺せ」と命じることと同じ意味を持つ。遠隔操作の兵器が発達して殺人者が殺人現場を目の当たりにせずにすんでも、それは「殺す側」が見たくないものから目をそむけているだけにすぎない。
だから大統領や首相には、戦争以上に重い決断はない、ということになるはずだ。民間団体の調べでは、昨年3月の米英軍の侵攻から今日までのイラク側の死者は(自爆テロなども含めて)1万1000〜1万3000人に上る。米英軍中心の有志連合国軍の死者も1000人を超えた。
いかにおびただしい血がこの1年余りの間にイラクの地で流されたかがわかる。死んだ者の親兄弟、友人ら幾万の人の苦悩と絶望を正当化できるだけの「正しい理由」とはいったい何だったのか、果たしてそれは存在していたのか、誰もが知りたいと思う。イラク人や米英兵の犠牲者の家族はなおさらだろう。
ブッシュ米政権もブレア英政権も開戦根拠となった大量破壊兵器情報の信頼性を失い、世論の厳しい視線にさらされている。20日付英ガーディアン紙が発表した世論調査では「フセインを排除したイラク戦争は正しかった」と答えた人は5月の43%から38%に減少。逆に「正しくなかった」は43%から56%に増えた。英国世論の多くがあの戦争を「間違い」だったとしているのは、イラクの大量破壊兵器をなくすには戦争もやむを得ないというブレア首相の言い分が間違っていたと考え始めたからだ。
ブッシュ大統領もブレア首相も「フセインなきあとの世界とイラクは、より安全になった」と胸を張る。そう実感している人は少ないが、仮にそうだとしても、そのために1万人を超す人間が死んでいくしかなかったということを2人は言いたいのだろうか。
ブッシュ大統領は開戦直前の演説で「テロリストたちはイラクから入手した生物・化学兵器を使い、米国や他の友好国の何百万もの罪のない国民の命を奪うかもしれない。恐怖の日が来る前に危険は取り除かなければならない」と言った。国際世論にとってはこれがイラク戦争を考える「原点」であり、私たちは常にここに立ち返るべきだろう。イラク戦争の正当性は「今そこにある、深刻な危機」(ブレア首相)が真実だったか、先制軍事攻撃以外にそれを取り除く手段は本当になかったのか、という不断の問いかけで検証していくしかないからである。
少なくとも米英はその検証をやろうとしている。ひるがえって日本はどうか。小泉純一郎首相は開戦直後の国会演説で「武力行使なしで大量破壊兵器を廃棄することが不可能な状態では、米国などの行動を支持することは国益にかなう」と説いた。日本にとっても、戦争支持の根拠はイラクの持つ大量破壊兵器の差し迫った危機だった。国民はそう受けとめた。
米英の情報を事実上うのみにした開戦支持は、米英の調査機関が相次いで「脅威情報に根拠なし」と結論づけたことで足場を失ったと思う。にもかかわらず小泉首相が「将来見つかる可能性もある」と強気を崩さないのは、例えて言えば他人のマワシで相撲をとっている力士がマワシがはずれかけているのに必死で土俵上を動き回っているようなものだ。米英以上に恥ずかしい図ではないか。
首相は今年6月の党首討論で「日本が戦争を始めたのではない」と発言した。昨年3月25日には「できるだけ早く終結させないと犠牲が多くなりますからね。戦争ですからそんなに早くは片付かないと思いますけども」と口にしている。イラク戦争をまるで人ごとのようにしか語れない日本の首相は「責任のない死者だけが払い続ける犠牲」の前に、どんな言葉を用意できるのだろうか。
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毎日新聞 2004年7月23日 東京朝刊
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