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(回答先: デュモン容疑者か、W杯挟み入出国 別偽名の可能性(朝日) 投稿者 ネオファイト 日時 2004 年 6 月 01 日 22:44:23)
世論誘導?の跡を残しておこうと思います。逮捕直後の記事から幾つか拾いました。それでは私の誘導になっちゃいそうですが......。産経は彼の入国を防げなかったことを非難しているのが目立ちます。
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アルカイダのメンバーが4回入国 新潟市内に潜伏 (朝日)
http://www2.asahi.com/special/iraqrecovery/TKY200405180393.html
ドイツ・ミュンヘンで昨年12月、ドイツ捜査当局に逮捕された国際テロ組織「アルカイダ」のメンバーとされるフランス国籍の男が、02〜03年にかけて4回にわたって偽造旅券で来日し、新潟市のマンションに潜伏していたことが、公安当局の調べでわかった。01年9月の米同時多発テロ事件後、アルカイダのメンバーが日本に滞在していたことが確認されたのは初めて。
アルカイダはアジアや欧州など世界各国にメンバーや連帯するテロ組織を持ち、米国を中心に欧州各国や日本などの捜査当局が連携し、関係者の摘発に総力を挙げている。公安当局は、この男の在日中の活動を調べることで、これまで未解明だったアルカイダの日本国内での実態解明を目指す。
ミュンヘンで逮捕されたのは、アルジェリア系フランス人のリオネル・デュモン容疑者(33)。フランス国内にあるアルカイダと関係があるとみられるイスラム過激派組織「ルーベ団」メンバーで、96〜97年にフランスとボスニア・ヘルツェゴビナで2人を殺害した事件などで国際手配されていた。
調べでは、昨年10月、英捜査当局が、爆発物を所持していた疑いで英国人の男を逮捕。押収された携帯電話の連絡先に、ミュンヘンにいたデュモン容疑者が含まれていた。デュモン容疑者から押収した所持品の中に、偽造旅券や新潟市発行の外国人登録証が見つかった。携帯電話の通話先を調べたところ、新潟や長野などにいるパキスタン人ら十数人と連絡を取っていたという。
デュモン容疑者は02年7〜9月と10〜12月、03年の3〜5月と7〜9月の計4回、偽造パスポートで入国。計9カ月間、新潟市内のパキスタン人男性名義のマンションなどに住んでいた。新潟東港を拠点に、パキスタン人業者とロシアや北朝鮮向けに中古車などを輸出していたという。
外国人登録証には「ジェラール・カミーユ・アルモン・ティネ」と記載。外国人登録証や偽造旅券の顔写真と、フランス当局から取り寄せたデュモン容疑者の顔が一致した。
日本の外務省や財務省が指定している「タリバーン関係者等に対する資産凍結対象リスト」の「アルカイダに関係を有する個人」の項目に、デュモン容疑者が含まれており、公安当局はアルカイダのメンバーと見ている。アルカイダのメンバーや、関係する個人・団体が、支払いや貸し付けを受けたり、預金や信託したりするときにすべて許可制となる制裁措置。テロ組織の資金源を断つ目的で、国連安保理の「制裁委員会」が決定している。
アルカイダ関係者の日本滞在が確認された例は、アルカイダのナンバー3で、昨年3月にパキスタンで逮捕されたハリド・シェイク・モハメド容疑者がいる。モハメド容疑者は87年、静岡県の建設機械メーカーで研修を受けるため、発展途上国の支援などをする米国の団体から資金援助を受け、約3カ月間滞在していた。 (05/19 03:02)
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アルカーイダ幹部が新潟潜伏 国際手配、昨年ドイツで逮捕(産経)
http://www.sankei.co.jp/news/040519/sha013.htm
1996年の先進国首脳会議(リヨン・サミット)に絡んだ爆弾テロ未遂事件などで国際刑事警察機構(ICPO)が手配した国際テロ組織アルカーイダ幹部のフランス国籍の男が、2002年7月に偽造旅券で日本に入国、新潟市内に1年以上潜伏し、出入国を繰り返していたことが18日、日本とドイツの捜査当局の調べで分かった。
日本出国後、昨年12月にドイツで逮捕されるまでの間、日本に住む十数人の外国人と頻繁に連絡を取っていたことも判明。日本でアルカーイダ幹部を中心とするネットワークの存在が初めて明らかになった。
男はアルジェリア系のリオネル・デュモン容疑者(33)。日本・ドイツ両国の捜査当局は、アルカーイダの後方支援部門に所属し、日本で物資や資金の調達にかかわった疑いがあるとみている。
国連制裁委員会はアルカーイダに関係しているとして資産凍結対象者に追加指定し、日本潜伏中の昨年7月、日本政府も凍結措置を取った。
警察庁は関係警察本部の担当者を集め緊急会議を開き、日本での活動実態の捜査を指示した。
調べでは、デュモン容疑者は「アルモンド」という偽名の旅券を所持。02年7月から昨年9月にマレーシアに出国するまで新潟市内のマンションにドイツ人妻と居住、中古車販売を営み、マレーシアやドイツに4、5回渡航していた。
ドイツ当局は逮捕時に携帯電話を押収。日本出国から逮捕までの3カ月間に東京、神奈川、埼玉、新潟、群馬、長野などに住むパキスタン人らとの通話記録があった。
アルカーイダ系機関は6日、日本人を殺害した者に金500グラムを与えるとの声明を伝えるなど、以前から日本や日本人へのテロを「警告」。アルカーイダは02年サッカーワールドカップでテロを計画したが、日本での基盤が不十分で断念したとされる。捜査当局はデュモン容疑者が基盤づくりの活動をしていなかったか調べる。
デュモン容疑者はボスニア・ヘルツェゴビナの民族紛争の際にアルカーイダ系の過激派グループに加わったとされ、その後ボスニアで警察官殺害の容疑で逮捕。服役中のサラエボの刑務所を99年に脱走した。
サミットに向けた国際会議開幕直前にフランス北部リールで発生した96年3月の警察本部爆弾テロ未遂事件などで、ボスニア、フランス、イタリアの3カ国がICPOを通じ国際手配。昨年12月13日、ミュンヘンのホテルで逮捕された。
日本入国は、米中枢同時テロを受け出入国管理強化を進めていた時期だけに、国際手配容疑者の入国を許した関係機関の対応も問われそうだ。
(05/19 02:03)
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アルカイダのデュモン容疑者が郵便局に口座開設(朝日)
http://www2.asahi.com/special/iraqrecovery/TKY200405190251.html
ドイツ捜査当局に逮捕されたアルカイダのメンバーとみられるフランス人のリオネル・デュモン容疑者(33)が02〜03年に新潟市に潜伏していた事件で、デュモン容疑者が初来日直後に郵便局の口座を開設し、日本滞在中の約1年間に約50回、計1000万円以上を新潟や長野在住のパキスタン人らに振り込んでいたことが、公安当局の調べでわかった。同容疑者はテロの実行行為だけでなく、資金調達なども担っていたとされ、振り込みの趣旨などについて調べている。
公安当局によると、デュモン容疑者は02年7月に初来日して間もなく、パスポートに使った偽名「ジェラール・カミーユ・アルモン・ティネ」の名義で日本の郵便局に口座を開設していた。
出入金記録の大半が、新潟や長野、群馬などに住むパキスタン人の中古車販売業者らへの振り込みで、1回あたり数万円から数十万円だったという。残高が減ると補填する形で数回にわたり、計約1000万円の入金があったが、だれがどんな目的で金を振り込んでいたのかは今のところ不明だ。海外に送金した形跡は確認されていないという。
これまでの調べで、ドイツで昨年12月に逮捕された際に押収された携帯電話の通話記録などから、デュモン容疑者は新潟や長野、群馬、東京などに住むパキスタン人中古車業者ら十数人と連絡を取っていたことが分かっている。新潟ではパキスタン人業者らとともに、ロシア人らに中古車を販売していたとされる。
デュモン容疑者は、イスラム過激派組織「ルーベ団」の一員として欧州で警察官殺害などの犯行を重ねていたが、実行行為だけでなく、武器や資金の調達なども担っていたとされる。同容疑者が関係する口座は、日本国内でほかに複数あるとみられ、公安当局は金の流れの分析を進めている。
公安関係者は「初来日だったにもかかわらず、頻繁に金の出入りがあるのは不自然。出入金は中古車の仕入れ代金や売上金のようにも見えるが、関係者に資金援助していた可能性もある」と指摘している。
(05/19 16:07)
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日本も標的に 関係者、同時テロ以前から入国(産経朝刊)
http://www.sankei.co.jp/news/040519/morning/19na1002.htm
日本国内の「アルカーイダ」の動きについては、米当局との連携で、アルカーイダの軍事キャンプで訓練したとされ、東京都内の塗装会社に勤めていたパキスタン人の男が平成十四年に警視庁に逮捕、強制送還されたことが判明している。
米当局に逮捕された最高幹部が二〇〇二(平成十四年)のサッカーワールドカップ(W杯)日韓大会を狙って日本でテロを計画していたと供述していたことも明らかになっているほか、米当局がアルカーイダによる新幹線を狙ったテロ計画があった疑いについて日本側に警告したこともあった。
日本がイスラム過激派から標的にされる理由として、警察当局者は(1)テロ根絶を目指す国際社会と共同歩調をとっている(2)テロ対象の米国関連施設が多数存在する−などを挙げる。
アルカーイダの関係者が同時テロ以前から度々来日していたことも、既に分かっている。武器調達担当幹部とされるモハメド・ハリド・サリム容疑者は平成七(一九九五)年に来日し、秋葉原で日本製無線機約千台を購入していた。この無線機の一部が、同年六月のムバラク・エジプト大統領暗殺未遂事件の犯行グループメンバーのアジトから発見されたという。サリム容疑者は一九九八年八月のケニアとタンザニアの米大使館爆破事件の黒幕とみられる。
組織の最高幹部とされるハリド・シェイク・モハメド容疑者は、アルカーイダが創設される前の昭和六十二年七月に来日。約三カ月間滞在し、静岡県内の建設機械メーカーで削岩機の技術研修を受けた。同容疑者は同時テロの主犯格として昨年三月、米捜査当局などに逮捕され、米当局に「日韓W杯を狙ったテロを計画したが、日本に支援組織がないので断念した」と供述したという。
新潟に潜伏していたリオネル・デュモン容疑者の入国はW杯閉幕直後の平成十四年七月十七日だった。警察当局は米同盟国である日本国内でのテロを意識し、国内での支援組織づくりが入国目的のひとつだったとみているが、政府関係者の一人は「テロ防止はテロリストの入国を防ぐことが第一。デュモン容疑者の出入国を察知できなかった事実は厳格に受け止めねばならない」と話した。
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アルカイダ幹部・日本潜伏:「アルカイダとは無関係」義兄が証言 日本へは“休息”(毎日)
http://www.mainichi-msn.co.jp/search/html/news/2004/05/21/20040521dde041040051000c.html
◇デュモン容疑者
【ルーベ(フランス北部)福島良典】日本への出入国を繰り返していたアルジェリア系フランス人のイスラム過激派、リオネル・デュモン容疑者(33)の義兄は20日、毎日新聞の取材に応じ、同容疑者とウサマ・ビンラディン氏率いる国際テロ組織「アルカイダ」との関係は「全くない」と否定した。日本滞在の理由については「休息のためだろう」と語った。また、同容疑者が過去に関与した事件は「ボスニア・ヘルツェゴビナ(のイスラム勢力)への闘争資金調達が目的だった」と明かした。
取材に応じたのはルーベに住むデュモン容疑者の姉の夫、パトリック・ドゥマンさん(44)。ドゥマンさんは同容疑者が97年にボスニア・ヘルツェゴビナでの警察官殺害事件にかかわり同国のサラエボで収監された際、十数回にわたり接見している。
ドゥマンさんは、デュモン容疑者とアルカイダとのつながりに関して「彼は、世界中にテロリズムを広めようとしたウサマ・ビンラディン氏の側近ではない。ボスニア情勢を目にした『怒れるイスラム教徒』というだけで、アルカイダとは無関係だ」と強調。同容疑者との接触でデュモン容疑者から直接、日本に行った事実を聞いたことを明らかにしたうえで「(訪日は)静寂を求めたからだろう。日本に何かの支部を作ろうとか、そんな理由ではない」と語った。同容疑者と接触した場所や時期は明らかにしなかったが、ドイツで昨年12月に警察官殺害容疑などで逮捕された後、接見したとみられる。
デュモン容疑者は93年にイスラム教に改宗した後、武装集団「ルーベのギャング」を結成、仏北部の主要都市リールを拠点に「カーニバルの仮面」と呼ばれる集団内部隊を率いていたとされる。
毎日新聞 2004年5月21日 東京夕刊