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http://www.ryukyushimpo.co.jp/news01/today/040913d.html
知事の大会不参加に怒り、失望も
「なぜそこに知事がいないのか」―。米軍ヘリ墜落事故に抗議する市民大会に参加した人々の口から出た素朴な疑問だった。
大会には3万人(主催者発表)の市民、県民が参加した。だが、そこには知事、副知事の姿はなかった。参加しない理由を稲嶺知事は「市民大会なので直接は参加しない」(3日、記者懇談)と語っていた。
その理由に、誰も納得はしない。本当の理由は何か。大会会場で聞いた。「市民大会だからってことです。それ以上のことはコメントできない」(伊波洋一宜野湾市長)、「危険な普天間基地の撤去を求める市民大会に、辺野古移設を主張し、結果として基地を放置する知事が、来ても居る場所はない」(新崎盛暉・前沖大学長)、「危険な基地撤去と安保問題を混同し、加えて普天間問題での世論に対する読み違い」(新垣勉・前沖縄弁護士会会長)。
米軍ヘリ沖国大墜落事故は、多数の市民の命を危険にさらした上、米軍は民間私有地(大学)に無断で立ち入り、事故現場を制圧。県警の捜査、消防の検証活動さえ制限し、証拠隠滅を急ぐかのような対応に終始し、主権、人命への配慮がなおざりにされた。重大な主権侵害との批判も浴びている。
市民大会で市民が求めたものは、被害の徹底調査、事故原因の究明、謝罪と完全補償、米軍機の民間地上空での飛行中止、基地の早期返還、地位協定の改定だった。
ヘリ事故に対する県民の怒りは、人命より軍事機密の保持を優先した米軍に向かうはずが、米軍の主権侵害を黙認した日本政府、「辺野古移設促進」が問題の早期解決策とし、政府に普天間の即時撤去を訴えようとしない県当局にも、矛先は向けられ、怒りの行方は分散し、迷走している。
「大会に来られない知事は、命よりも振興策が大事ってことです」(普天間高校生)、「市民の声も聞けない知事は明日辞めてほしい」(沖国大生)との声すらあった。
大会を取材したジャーナリストの長野智子氏は「東京で取材していると、稲嶺知事が県民の意見を代表していると思っていたが、大会を取材して、そうでないことが分かった」と語った。
知事の「大会不参加」は、県民世論の分裂、二分化、揺らぎなど、複雑な憶測を呼ぶ結果を招いている。
(編集委員・前泊博盛)
◇知事不参加に“安ど” 全県的運動の広がり見極め 政府反応
【東京】宜野湾市民大会に対し、12日の段階で政府は特段の反応を見せていない。1995年の時のように基地への反発が全県的に高まるかどうか慎重に見定める構えだ。
内閣府沖縄担当部局や防衛施設庁など沖縄にかかわりの深い一部の省庁を除くと、市民大会に対する政府の関心はさほど高くなかった。最大の理由は知事の参加がないことだ。政府関係者の1人は「正直なところ、知事が先頭に立ってやるのと、そうでないのとでは全然違う」と明かしていた。知事の参加がないため全県的な抗議運動には発展しにくい、との見極めがあるようだ。
普天間飛行場の早期返還、辺野古沖移設の再考など、大会決議が現在の政府の方針と大きく違うこともあり、「正直困惑している」(政府関係者)のが実情だ。大会を受けて、辺野古沖移設を見直すといった大胆な政策変更が生じる気配はない。
ただ事故そのものは関係省庁も重大視する。石破茂防衛庁長官や茂木敏充沖縄担当相は最近、普天間飛行場の所属機種見直しや飛行ルート制限に言及し、従来より踏み込んだ危険性低減策を取る姿勢を見せている。外務省も地位協定の運用改善へ積極姿勢を示しており、こうした対応で県民の反発を収拾できるか、見極めようとしている。
命の危険許さない 世代超え怒りの声次々
http://www.ryukyushimpo.co.jp/news01/today/040913b.html
世界一危険な普天間飛行場に、3万人(主催者発表)が「NO」を突き付けた。12日午後、ヘリ墜落現場の沖縄国際大学で開かれた宜野湾市民大会。命を脅かされた市民だけでなく、北部や先島など県内各地からも大勢が参加。プラカードやうちわを手にした家族連れや学生、友人、職場の仲間らが、強い日差しの中、基地撤去への熱い思いを1つにした。「奇跡は2度も起こらない」「日米政府はなぜ腰を上げない」。壇上から怒りの言葉が続く。「未来は私たちの手でつくる」という小学生の訴えに、参加者は基地のない島の実現へ決意を新たにした。
会場となった沖縄国際大学には、大会が始まってもグラウンドに続々と集まる人の列が切れなかった。グラウンド以外でも校舎や体育館の2階から舞台を注視。気温30度の炎天下、壇上のメッセージに耳を傾けた。
壇上から市民代表の児童・生徒らが「基地の撤去を強く求めたい」「われわれの世代で基地のない沖縄の一歩を踏み出したい」とあいさつすると、会場から大きな拍手がわき上がった。
墜落現場に近い、志真志小の5年生、伊野波なつさん(11)は友達と3人で参加者にインタビュー。「皆怖かったと言っていた。こんな事故は起こらないでほしい」と語った。
宜野湾市真栄原から車いすで参加したNPO法人の県自立生活センターイルカの新門登さん(45)は「市民として、やはり許せない。障害を持った人が安心して暮らせ、不安が取り除かれるよう、みんなで訴えるために参加した」と力強く話した。
市内の10カ所の認可保育所からは職員、父母ら約400人が参加。同市認可保育園園長会の沖山隆雄会長(56)は「実際に事故を目の当たりにし、無力感を覚えた。子供たちはヘリの騒音に日常的に慣れているが、今回の事故現場を見たらショックを受けるのではないか」と話した。
大会には商工、観光、建設関連業などが利害関係を超えて参加。浦添市の水道業の男性(50)は「授業中に落ちたらどんなに大変なことだったか。お金の問題じゃない」と基地即時閉鎖を求め、「日本政府は米国の言いなり。沖縄は捨て石にされている」と政府に不信感を表した。
市内4000の事業所に大会参加を呼び掛けた市商工会の柏田吉美会長。「行政だけでなく皆で考え行動しなくては、政府は聞いてくれない。イデオロギーなんか関係ない」と地域の団結を強調した。
◇「黙っていられない」 破片落下の被害者住民
ヘリ墜落事故で破片落下など多くの被害を受けた宜野湾市の宜野湾自治会住民。この日は舞台の真正面、会場の中央付近に陣取った。「参加者の熱気を肌で感じた」「一人ひとりの行動の大切さをあらためて思った」などと口々に大会参加の意義を語った。
自治会の中でも、被害が大きかった12班の住民の姿も多く見られた。中村廣吉同班長(60)は「被害を受けた地域住民みんなが、黙っていられないと思っている。これまで当たり前と思っていた普天間飛行場に対し、『変だぞ』と痛感している」と強調。建設業の40代男性も「大人は周りのしがらみがあり、言葉をつぐんできた歴史がある。しかし子どもたちには沖縄の現実を直視してほしい」と話した。
少年野球チーム「志真志ドリームス」には、被害を受けた子どももいて、親子連れでの参加が多かった。父母会の新垣直美さん(44)は「ずっと騒音被害に悩まされている。経済的メリットはあるが、人の命はお金で測ることはできない」と飛行場撤去を求めた。
大会で代表あいさつした木村なつみさん=嘉数中3年=の母親、順子さん(47)は「昨晩、ヘリのタイヤが家に飛んでくる夢を見た。事故の怖さは残るが、この日の集合は心強い。県民ぐるみで飛行場撤去を主張し、日本政府を動かしたい」と、力を込めた。
写真:市民大会の締めで普天間飛行場の早期返還などを求め、宜野湾市民が頑張ろう三唱の拳を振り上げた=12日、宜野湾市の沖縄国際大学
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県に政策転換迫る 予想上回る参加者 日米両政府への圧力に
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米軍ヘリ墜落事故に抗議する宜野湾市民大会には目標の1万人をはるかに上回る3万人(主催者発表)が駆けつけ、普天間飛行場の早期返還を強く訴えた。参加者が市内にとどまらず、県内各地から集まったことを見ても、早期返還要求の声が全県的な意思であることを明確にした。
その意思は大会決議でも示されたように、今後最低でも13年以上かかるSACO(日米特別行動委員会)最終報告に基づく名護市辺野古沖への代替施設完成後の返還を指すものではない。
SACO合意の7年という返還最終期限から既に1年が過ぎた。住民は昼夜を問わないヘリの飛行で騒音に苦しみ、住宅地をかすめて飛ぶ機体におびえる生活を余儀なくされてきた。その中で起きた民間地での墜落事故。「もう二度とヘリを飛ばしてほしくない」と小学生が大会で訴えたように、飛行場をこのまま放置することは住民としての受忍限度を超えている。
今回の市民大会は宜野湾市にとっても大きな節目となった。長年存在してきた米軍基地が社会構造に組み込まれ、市民生活でその賛否を口にすること自体が「タブー(禁忌)」(知念参雄自治会長会会長)とみられてきた面がある。しかし墜落事故で無差別の危険性を目の当たりにし、初めて基地問題で市民の意思を一つにすることができた。訪米要請などで早期返還を訴えてきた伊波洋一市長にとっても大会参加者3万人という強力な支援を得たことは、日米両政府への強い圧力となりそうだ。
住民は「貴い命と平穏なくらしを守る」(大会決議)ことを求めているだけだ。そのささやかな願いを踏みにじっている現状を一刻も早く解決するためには、日米両政府がSACO合意の“呪縛(じゅばく)”から解かれて、早期返還の方策を早急に協議する必要がある。
(中部報道部・与那嶺路代、政経部・松永勝利)
写真:市民大会会場を埋め尽くした参加者。米軍に抗議の声は届いたか。フェンスの向こうに見えるのは普天間飛行場=12日、沖縄国際大学グラウンド
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