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食卓の向こう側・第4部 輸入・加工知らない世界<1>プロローグ その常識、本当ですか―連載
2004/10/19付 朝刊掲載
http://www.nishinippon.co.jp/news/2004/shoku/shoku5/01.html
大分・久住高原。九月下旬、家族でキャンプに出かけた福岡市の主婦安部利恵(42)は、「おなか減ったー」という子どもの声に促され、茶店に立ち寄った。
炉端でジュージューと音を立てて焼かれているカモ肉は、大人の拳(こぶし)ほどの大きさで四百五十円。「安い!」。そう思った安部は焼いているおじさんに声をかけた。
「おいしそうですね。カモは、このあたりで飼っているんですか?」
「いや、違うで。フランス産で。うちは直輸入しちょるけん、安く手に入るんで」
「はあ。フランスのカモがなぜここに」
「うちでもアイガモを飼いよんやけど、国産じゃ倍以上するきな」
豆、ソバ粉、漬物、山菜…。田舎らしい素朴な品物が並ぶみやげもの売り場。「田舎の店だから、観光地とは違う。売っているのは地元のものだろう」。これまで単純にそう思っていた安部だが、おじさんの話を聞くと、どうにも怪しい。商品を裏返してラベルを見ても、原産地表示はほとんどなかった。
そういえば、昨日食べただご汁には、ワラビが入っていた。「なぜ、この時期に青々としたワラビがあるんだろう」。次々にわく疑問。
「港には塩漬けされた山菜が野積みされとったよ」。安部は、五年前に横浜港で農産物輸入の実態を見学した母の言葉を思い出した。「田舎だから大丈夫」と信じ切っていた自分の“常識”にハッとした。
× ×
早朝からの出張で、福岡・天神から高速バスにとび乗った会社員・坂田義雄(33)。直前に売店で買ったミックスサンドをほおばりながら、何気なしにながめたラベルの文字の多さに驚いた。
原材料名=パン、ハム、ツナフィリング、レタス、チーズ、辛子マヨネーズ、(その他大豆、りんご、ゼラチン由来原材料含む)、乳化剤、pH調整剤、調味料、酵素、コチニール色素、保存料、酸化防止剤、発色剤、増粘多糖類、グリシン、香辛料、酢酸Na…。
「pHはペーハーか?」「コチニール色素って何だろう」…。pH調整剤は加工食品の酸、アルカリを調整して保存性などを高める添加物。カイガラムシ科エンジムシの乾燥体から抽出するコチニール色素は着色料として使われているが、坂田は知る由もない。
今春、初めて子どもを授かり、食べ物に敏感になった妻(31)から「よくラベルを見て買わんといけんとよ」と言われる坂田だが、「たくさん書いてあるけど、知識がないと分からんしなあ」。もやもやした思いを缶コーヒーと一緒に飲み込んだ。
× ×
輸入・加工食品なしには、成り立たない現代ニッポンの食生活。だが、その実態を知る人、あるいは関心を持って見つめる人は多くはない。何げなく食べている食べ物の向こう側には、あなたの知らない世界が広がっている。
●無頓着に食べてませんか
現在、国の「食品衛生法」で認められている食品添加物は、厚生労働大臣が安全性と有効性を確認して指定した「指定添加物」など約千五百品目。使用にあたっては食品の製造過程で使われる物質も含めて、規制の対象となっている。
「添加物」と聞いただけで、拒否反応を示す人は少なくない。天然か化学合成由来かにかかわらず、摂取の仕方によっては発がん性など、健康への影響が懸念されているものもあるからだ。
「シロか、クロか」と突き詰めれば、リスクがゼロではない以上、すべてをシロとは言い切れない。例えば、人工甘味料のサッカリン。マウスを使った実験で、発がん物質である心配が指摘されており、米国では、商品の袋に「実験動物にがんをおこすサッカリンが含まれている」と明記しなければならない。
× ×
ただ、こうした添加物の効用について日本食品添加物協会は「食品をつくる上で、なくてはならないもの」と説明、「使用基準も、三世代にわたる動物実験に裏打ちされている」と強調する。国も個体に影響を与えない量(最大無毒性量)を求めた上で、一般的にその百分の一を一日許容摂取量(ADI)と定め、その範囲内なら“安全”としている。
加えて、現代の食生活の中ですべてを否定することも不可能だ。大量に摂取した場合の発がん性が指摘される亜硝酸塩は、一方でハム、ソーセージを食中毒の原因となるボツリヌス菌などから守っている。いつでもどこでも食べられる便利な暮らしは、添加物の力によることが大きい。
地場のある食品メーカーの製造責任者は言う。「目的に応じて使うのが添加物。消費者は自分の保存が悪くて商品が傷んでもクレームを言う。万一、食中毒になれば会社がつぶれる。第一、半日しかもたないおにぎりや、ピンクじゃないめんたいこを誰が買いますか」
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偽装表示など悪質な事例を除き、メーカーは法令に従い、ラベルには内容物や原産地などを、きちんと表示している。とすれば、問題の根っこは、消費者にありはしないか。賞味期限は見ても、食べ物の由来が推察できる原材料の表示には目もくれず、「簡単便利で安けりゃいい」と無頓着に買い、食べているからこそ、メーカーは「売れる商品」の開発に懸命となるのだ。
「消費者の知識と意識を向上させる。対策はそれしかない」。熊本県立大学教授で食品安全性学を研究する有薗幸司(50)は断言する。「食の安心・安全」は、だれかが与えてくれるものではなく、消費者が自ら築くしかないというのだ。
まずは、意識すること。そして現実を知ること。あらためて常識を問い直す。次なるステップは、そこから始まる。