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(回答先: 「韓国は難破直前の船のよう」 [朝鮮日報] 投稿者 あっしら 日時 2004 年 9 月 21 日 21:32:03)
「工業団地の景気ですか。現在、わが行の京仁(キョンイン)地域本部における企業向け貸出の滞納金がどれ位か、ご存知ですか。実に330億ウォンです」
「私はこれまで9年間、ここに勤めていますが、どんなに悪くても30億ウォンを超えたことはありませんでした。中小企業に危機が迫っています」
▲80〜90年代、九老(クロ)や富平(プピョン)工業団地などから移動してきた中小企業が定着した仁川市・南東区にある南東工業団地の全景。南東工業団地もやはり大型マンションに囲まれ、工場敷地の価格が急騰、景気低迷に苦しむ中小企業に追い討ちをかけている。
仁川(インチョン)に位置したA都市銀行の南東(ナムドン)工業団地支店のP部長(43)は20日、インタビューで、「最近、工業団地内部では通貨危機の初期のように、企業が付けで取引するのを拒む事態が発生し始めた」と工業団地の雰囲気を伝えた。
P部長が南東工業団地に赴任するようになったのは1996年3月。当時、銀行側が一地域に長期勤務するRM(中小企業担当マネジャー)制度を導入、その第1号としてやってきた。以来9年間、南東工業団地で企業の浮沈を見守ってきた。
同部長は工業団地内の企業は「付けでの取引ができない場合、危機を直感する」と語った。
「その他の企業と原材料を取引する際、付けが通らず、現金だけしか受け取ってくれないとすれば、それは危機が迫っているということです」
「今、そのような現象が起こっています。このままでは通貨危機当時に倒産した大企業や、ここ数年間の家計の不良化に続き、最後まで残っていた中小企業さえ滅ぶでしょう」
P部長は先月下旬に日本トヨタ自動車を訪問した際に受けたショックについて語った。「社員のほとんどが20〜30代でした。われわれ南東工業団地の勤労者の平均年令は実に45歳です。20代どころか30代も全くいません」
また、一昨年、大手ディスカウントストアーが相次いで工業団地付近に建てられ、20〜30代の中小企業の社員200人あまりが一度にやめていった例を紹介した。
「給料が70〜80万ウォンと、工場の半分にしかならなくても、工場で働くのは嫌だとして出て行ったのです」
高い不動産価格も問題だ。80年代に整備された南東工業団地の周辺地域も、マンションに囲まれ始めた。マンションが工業団地を包囲するようになれば、環境問題をめぐる苦情と工業団地の敷地の価格上昇に頭を悩まされることになる。
P部長は「初めて来た時は1坪当たり50万ウォンだった工場の敷地が、今では210万ウォンと4倍に跳ね上がった」とした。
今年6月末、チュアン工業団地内に500坪規模の金型工場を建設するため当局に許可を申請した某金属加工会社は、通常1〜2週間で済むはずの許可手続きに1か月半も要した。
このため、今年8月に予定されていた米国バイヤーの参観日程をあわてて先送りする一幕もあった。工業団地内での建設に違いないが、周辺が商業化されているため許可手続きがより細かくなっているのだ。
「競争力のない企業の中国行きは仕方がありません。しかし、技術力のある企業が高い不動産価格と人材難を理由に中国に追放されるとすれば、韓国経済の未来はありません」
崔有植(チェ・ユシク)記者 finder@chosun.com
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2004/09/21/20040921000082.html
「南東工団、それでも希望はある」:http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2004/09/21/20040921000083.html