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(回答先: ぷち熟女のダメ押しコピペ第七弾 投稿者 ぷち熟女 日時 2004 年 9 月 28 日 19:31:16)
村上隆と現代
プチ熟女さん。おはようございます。
全部、読みました。
現在日本の特権的文化様の状況を「村上隆」に集約するとは、さすがであり
その感性に感銘いたしました。
六本木ヒルズと村上隆の関係もわかりました。
おらはいつも断定的言い回しになってしまいますことをあらかじめお許しください。
村上隆が日本現代美術市場に出てまいりましたのは、90年代であったと思います。
村上隆のコンセプトはすでに70年代ポップアートにありました。
日常的な文物を切り取り複写し、作品にしてしまうという戦略です。
例えばタバコ・マイルドセンブの包みというか箱の取り出し口に貼ってある紙のデザインを
それごと複写拡張いたしまして作品にしてしまうという。
市場文物をめぐる逆転の発想です。
おらにポップアートの存在を教えてくれたのは、東京タワーが近くに見える、ちいさな印刷屋でした。
73年頃です。
東京に行きまして、印刷工として勤めましたら、そこに同年代の女性が事務員として働いておりました。
その女性は美術をやっておりました。
当時の自衛隊の「殺人マニュアル(格闘で敵を殺す方法)」を、どこからか見つけてきて
それを作品にしてしまうという、おもしろい人でした。
日本のマンガシーンでも1968年頃からパロディの方法は急速に展開されておりましたので
ポップアートの方法は理解できました。
おら1970年に田舎の高校で「まんが研究会」をつくり、友人と1冊しかない肉筆同人誌を発行したので
すが、友人が描いたのはパロディでした。パロディ・マンガとは、最初から最後までコピーによって物語る
方法です。マンガ家志望にとっては習作となります。
複写という方法はヨーロッパの教会でも聖書を僧が複写し発行しておりました。
日本でも仏典の発行形態は僧による複写形態です。手作業による「コピー貼りつけ」です。
現代ではコンピュータが「コピー貼りつけ」を自動書記としてやってくれます。
コピー貼りつけは文化の基本でもあります。
音楽のコピーという方法を知りましたのは、77年頃にアニメーション会社に勤めたのですが
やはり同年代のマンガ家志望アニメ−タ志望の男性も同時期に勤めまして、やがてデザイン学生が
アルバイトに来ました。仕事が終わると、ギターでアーティスト音楽のコピー演奏です。
みんなギターがうまくすごかったです。おらはギターが演奏できないので、リズムを取っておりました。
日本のフォークソングがアメリカのボブディラン「風に吹かれて」から来たように
ポップアートもアメリカから来たのでありますが・・・
しかしながら、「複写」の方法は、日本でも古代から仏典複写記述がありました。
近世の木版印刷、近代の謄写版印刷、活版印刷そしてオフセット印刷の基本も複写です。
複写は遺伝子のコピーとか、細胞コピーとかありますので、生物生存と
動物本来がもつ本能でもあると思います。
村上隆のコンセプトは、世界市場の競争で勝利しました日本アニメに便乗いたしましての
「アニメ・キャラクター」ですが、動物性よりは、仮想現実感生態に接近しております。
キャラクターデザインとは高度成長時代からの日常的な現代の文物でありました。
グリコの飴玉お菓子のキャラクターとか、プロ野球球団のキャラクターとか。キティとか・・・
おらは何故、村上隆が突然、90年代にアートシーンの売れ筋になったのかよくわかりませんが・・・
90年代とは香港・韓国・台湾・上海などの現代美術の力強い躍進がすごかったと思います。
現代美術というものは、市場経済と同期化しておりますので・・・
美術作品をサラリーマンが購入できる経済状態になりますと、美術市場は開いていきます。
日本の美術市場は1989年以後から拡張していきました。
あちこちで画廊が出現しました。世界の画廊市場も日本の購買力に注目し、世界画廊展を日本で開催
いたしましたが、日本ではサラリーマンがあまり美術作品を購入しないので、期待はずれに終わったと思います。
93年頃に池袋にありましたセゾン(西部)美術館が撤退を打ち出しますと、日本美術市場は
急速に冷えていったと思います。
なんとしてもサラリーマンに美術作品を購入してもらわなければなりません。
文化市場の担い手は美術でも女性です。美術館の圧倒的お客様は女性です。
そこで村上隆のキャラクター作品が選択されたのであると思います。
作品の解説は美術批評家がやってくれます。
「近代以後のポストモダン・・・」なんて・・・どうにでも位置付けできます。
村上隆はオタクというよりは
香港・韓国・台湾・上海これら東アジア現代美術市場の圧倒的力強い市場に、なんとしても対抗するために
日本現代美術市場が打ち出した集約であると思います。
それは世界市場の競争に勝利した日本アニメーションに便乗することでありました。
上海-香港ルート。
サラリーマンが美術作品を購入する市場は現在、バブル経済の頂点である上海なのでしょうか・・・
日本市場におきまして、村上隆は「かわいいキャラクター・アート」として
市場の担い手である女性に支持されたのでしょうか・・・
市場が村上隆に集約せざるを得ない「かわいい」ところが、
芸術本流と起源である美術、その日本現代美術市場の脆弱さが露出していると思います。
「演劇には歌舞伎と能あり、美術は伝統的な日本美術がある」から
現代性は市場の補完でよい、そのような動向があるのでしょうか・・・
おらはさっぱりわかりません。
「現代とはアニメ・キャラクターでよい」そのような動向があるのでしょうか・・・
「現代を露出するのではなく現代を隠す」それが村上隆のアートかもしれません・・・
ぷち熟女さん。ありがとうございました。