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外務省のプール金(タクシークーポン)問題で有罪となった元ノンキャリア外務省職員・小林祐武氏の著作『私とキャリアが外務省を腐らせました:汚れ仕事ザンゲ録』(講談社・1500円)のなかに、天木直人氏に関する記述があるので紹介させていただく。
書き込み先を戦争版にするか空耳版にするか迷ったが、戦争版で天木氏のことが取り上げられることが多かったのでこちらにさせてもらった。
ある人にとっては素晴らしい人でも別のひとにとってはおぞましい人という場合もけっこうあるので、あくまでの小林氏の人物評ということで受け止めていただきたい。
ちなみに、機会があれば内容を紹介させていただくが、小林氏は、イラクで殺害された奥克彦氏のことは人物として高く評価している。
● 前レバノン大使・天木直人の本性
『私とキャリアが外務省を腐らせました:汚れ仕事ザンゲ録』のP.220より:
「 前レバノン大使・天木直人氏が上梓した『さらば外務省!』が、大きな反響を呼んだ。歯に衣着せぬ直截的な物言いで、アメリカのイラク攻撃を早々に支持した小泉首相や、外務省を牛耳ってきた歴代幹部を名指しで批判したことが、世の喝采を呼んだようだ。私も実際に手にして読んでみたが、その指摘はなるほど正鵠を射ているものも少なくない。多くの読者をひきつけたのも頷ける。
私もここで、外務省の内幕を暴くようなエピソードをいくつか紹介した。古巣を敵を回したという意味では、私と天木氏は同じかもしれない。だが、あらかじめ明言しておくが、私が彼を認めることは断じてない。
『さらば外務省!』の中で天木氏は、自分自身を自らのクビと引き換えに首相に意見具申した、志のある外交官として描いている。だが、彼の人となりをそれなりに知っている私にとっては、彼がそれほど立派な人物とは思えないのである。
天木氏がデトロイトの日本総領事に着任した当時、公館の会計担当をしていたのは、私と非常に親しい男だったが、天木氏は彼に相当無茶な指示を出していた。
「そんなことできるわけないじゃないですか。私にはできません」
その関係担当者は、
天木氏にそう言ったという。天木氏が何をさせようとしたのかはあえて触れまい。だが私はかねてから、外務省のキャリアの中で逮捕されるべきは、懲戒免職になったデンバー総領事だった水谷周とこの天木氏だと感じていたことだけは記しておこう。
話を元に戻そう。この一件の後、問題は起こった。電信担当だった入省間もない職員が会計に回され、代わりに私の友人が電信担当にさせられた。通常ではありえない措置だった。総領事の言うことは絶対だと思っている、経験の浅い人間を関係に抜擢し、言いなりにさせようとしたのである。
在外公館では、大使や総領事といういわゆる「館長」が人事権を持っているので、天木氏の一存で館員の配置を替えることは、確かに可能である。だからこそ、館員は大使や総領事の指示に逆らうことは、まず考えられない。それを知りながらも、上司の「犯罪行為」にあえて苦言を呈せざるをえなかった部下に、いとも簡単に冷や飯を食わせるような男が天木氏なのである。
彼に対する仕打ちは、それだけでは終わらなかった。97年のデンバー・サミットの開催直前、彼は、突如転勤を命じられた。別の在外公館への異動である。自分の職務に忠実であろうとしたノンキャリアの部下に対して、あまりに手前勝手な決定だった。
私はこの本で、自分の犯した犯罪について自ら総括した上で、がいむ小批判をしようと思っている。果たして天木氏は、自分がしてきたことの総括をどうつけたのだろうか?」
● 天木直人の“選民思想”に異議あり!
『私とキャリアが外務省を腐らせました:汚れ仕事ザンゲ録』のP.223より:
「 天木氏は著書の中で、こう述べている。
「しかしわが国の場合は、およそ外交に携わることのないアタッシュや自宅と大使館を往復して任期を終える官房専任(会計、通信、領事)の職員まで全員が外交旅券を保持し、外交特権を享受している。これは悪しき平等であり、過度な甘やかしだろう。不祥事が起きる原因の一端もここにある」
ここで言われている「官房専任」とは、ノンキャリアたちを刺しているわけだが、ノンキャリアであっても機密文書を携えて日本と海外を行き来することだってある。天木氏の指摘は、ノンキャリアを見下した暴論と言わざるをえない。
さらにノンキャリアについては、こんなことも述べている。
「そもそも制度上、キャリアとノンキャリアの試験がべつに設けられているのだから、優秀な者や志の高い者がキャリアの試験を受けるのは自然である。最初からノンキャリアの試験を受けるようなやつは、歩留まりを見越した敗北者なのである。それでも、多少とも骨のあるノンキャリアなら、外務省に入ってから、その処遇の歴然とした差を見せつけられたとき、発奮してキャリア試験を受け直すか、さもなくば役人人生に見切りをつけて、早々と辞めるかどちからの道を選ぶ。しかし、そのいずれでもないノンキャリアは、幹部にゴマをすって少しでも甘い目を見ようとするか、あるいはやる気をなくして不満を抱えながら日々の生活を送っていくかのどちらかに堕していく」
これを読んだ一般の人々は、どういう感想を持つだろうか?「そうだ、ノンキャリアは負け犬根性の染み付いた敗北者なんだ」などと思うのだろうか?
一般の会社組織を考えてみてほしい。部長ばかりや支店長ばかりでは、組織が上手く回るはずがない。事務方も外回りの営業マンも欠かせない。研究・開発畑の人間や受付嬢も必要かもしれない。
役所だって同じである。外務省がキャリアばかりだったら、会計や電信もキャリアが担当しなければならない。ノンキャリアも、組織にとっては不可欠な存在であるはずなのだ。
確かに私は、それほど高い志を持って外務省に入省したわけではなかった。だが実際に仕事を覚えていくうちに、自分の仕事の重要さや、やりがいを認識していった。そういう行き方だってあっていいはずではないか。
結局天木氏は、自分以外の人間がバカにしか見えないのだ。著書の端々にも、他人を見下すような視線がにじみ出てしまっている。
もちろん彼のような家投げ方をするキャリアばかりではない。だが、こうした意識に凝り固まった人間もかなりの数に上るのも事実だ。そうしたキャリアの特権意識を取り除こうと思うなら、生半可な制度改革だけで事足りるとは私には思えないのである。」
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★ 参考投稿
「バンコクで泣き叫ぶ少女を弄んだ国会議員は誰だ!!:『私とキャリアが外務省を腐らせました』より」
http://www.asyura2.com/0403/bd34/msg/276.html