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ウソだらけのイラク・年金なぜ国民は怒らないのか
気鋭の新世代学者2人に聞く
◆高橋哲哉・東大教授
たかはし・てつや 一九五六年福島県生まれ。東大大学院総合文化研究科教授(哲学)。ホロコースト生存者の証言集「ショアー」などドキュメント映画を紹介した。著書に道徳教育を批判した「『心』と戦争」(晶文社)。ほかに「証言のポリティクス」「逆行のロゴス」(共に未来社)、「デリダ−脱構築」「戦後責任論」(講談社)、「歴史/修正主義」(岩波書店)など。
「一昔前なら政権は倒れている」。昨今、そんな識者コメントが珍しくない。イラク戦争や年金問題などをめぐり、新聞には「ウソ」や「詭弁(きべん)」の活字が踊る。教育現場に代表される右傾化も加速の一途だ。しかし、小泉政権の支持率は落ちるどころか「高値安定」の気配だ。国民はなぜ、怒らないのか。その背景を気鋭の学者二人は「日本人の“地金”が出た」と指摘する。 (田原拓治)
年金問題では、閣僚を含む百人を超す政治家の国民年金未加入や保険料未納の実態が露呈されながら、結局、改革関連法案が参院委員会で強行採決された上、五日成立した。首相自らにも国民年金の未加入時期があったことが発覚、勤務実態のない企業に厚生年金保険料を肩代わりしてもらっていた問題も浮上した。
イラク問題では、戦争の大義だった大量破壊兵器の存在が「ウソ」と分かり、米英政権は大揺れした。しかし、同じような立場の日本政府だけが揺れず、自衛隊派遣の前提である「非戦闘地域」の「ウソ」にすら、今なお目をつぶったままだ。
「日本をふくめて今世界にあるのは、倫理、道徳の状況主義的衰退だ」「状況の変化によって変わらない、ウソをウソとする倫理、道徳は世界から消失してしまったのか。世界のこの先に何があるのか」
本紙で評論家の小田実氏はこう嘆いたが、先月の訪朝後、再び小泉内閣の支持率は上昇し、五割を優に超えている。お上追従のムードがまん延しているかのようだ。
■少数派を封殺批判成り立たず
「かつてと国民精神が変わってきた。国民が強い者や国家に共鳴したがる。大きな要因はメディアの変化だ。例えば、日朝問題では植民地時代の清算をめぐる議論は排除される。少数派の議論が封殺され、公共での批判が成り立たない」。「道徳教育」などに警鐘を鳴らしてきた東大の高橋哲哉教授はこう指摘する。
こうしたメディア状況に対抗するために高橋氏は最近、文化批評グループ「前夜」を設立した。「戦争体制へとなだれ込む時代の抵抗拠点」を掲げ、十月には季刊誌を発行する。現在、民間非営利団体(NPO)の認可を申請中だ。
「戦時中の言論人、清沢洌(きよし)は『暗黒日記』で、空襲に襲われ始めた一九四五年一月になってようやく戦争を意識したと書いている。自分が被害を受けるまで気づかない、という点が驚きだ。でも、こうした自分さえよければ、という生活保守主義はいまも変わらない。敗戦は民主主義と平和憲法をもたらしたが、この国の“地金(本性)”に本質的な変化はなかった」
「地金が露出したのは国民」とはっきり指摘するのが、東京都立大の宮台真司助教授だ。「しゃあない」「長いものに巻かれろ」がその地金の中身と語る。
◆宮台真司・都立大助教授
みやだい・しんじ 1959年宮城県生まれ。東京都立大人文学部助教授(社会学)。援助交際やオウム問題など若者風俗の分析で脚光を浴びたが、最近は天皇、国家、教育論など硬派分野でも注目されている。著書に「サイファ覚醒(かくせい)せよ!」「終わりなき日常を生きろ」(共に筑摩書房)、「援交から天皇へ」(朝日新聞社)、「透明な存在の不透明な悪意」(春秋社)など。
「明治維新後の日本では欧米に対抗するため、そんな民度の低いムラ構造の中の人たちを天皇という絶対的なカリスマ性を持った装置で外に引っ張り出し、国民に仕立て上げた。ところが敗戦後は象徴天皇制でそのカリスマ性は奪われた。ただ、それに代わり戦後はまだ東西冷戦や高度経済成長というお題目というか国民合意があった。それが十年以上前のバブル経済崩壊で消えた結果、地金のみ取り残された」
生活現場において、国民感情はどう変化したのだろうか。高橋氏は「勝ち組、負け組」といわれる階層の二極分化に注目する。
■自分たちの不満弱い者に向けて
「大企業の雇用政策の変化などで『一億総中流』が崩れた。その結果、エリート層は自らの利益が脅かされないよう権力を肯定して治安を要求する。一方、ふるい落とされた階層は本来なら抵抗しそうだが、実際には強者の言葉に感情移入し、自分たちの不満をさらに弱い者に向けている。結局、強者も弱者も国民の多数はお上に逆らわない」
加えて、成功体験による優等生感覚が現実の変化に向き合わせず、それが「右傾化」の根にあるという。
「成功体験は軌道修正の邪魔をする。日本は戦前、アジアで唯一の近代化に成功し、戦後は奇跡の高度成長を遂げた。ただ、それは過去のことだが、そうは思いたくない。いまの愛国心鼓舞の動きは、この現実逃避を受け皿にしている」
宮台氏は中央のお上の意図を浮き彫りにし、対抗する役割を担っていた「地域性」の解
体が、ことなかれ意識を強めたと説く。
「戦前までは日本人には政府といっても、それは薩摩や長州だ、という意識があった。それが批判のバネにもなった。だが、それが崩れた。沖縄が好例だ。一九九五年の米兵による少女暴行事件で地域性に根ざした怒りが高まったが、その沈静化に沖縄特措法ができ、多額のカネがばらまかれた。結果、自律的相互扶助に根ざした地域意識は薄れてしまった。この中央が収奪し、あらためて地方にばらまくというシステムは、田中角栄(首相)の時代から、全国で進行していた」
こうして「お上に逆らわなくなった」国民に対し、愛国心教育や米国と連携しての有事体制づくり、メディア規制などが矢継ぎ早に降りかかってきた。
高橋氏は「戦争ができる国造り」と危険視する。その一方で、宮台氏はこうした管理統制が本来的な右翼思想とは別だと皮肉る。
■愛国心教育は「服従強制策」
「日本での右翼の始まりは現在とは逆。政府の欧化に対する民権を掲げた反体制運動だった。だから、米国に追随一方の国賊政治家なんかは討たれる。(愛国心を推奨する)ラジオ番組で河村(建夫)文科相に会った際、『これからは愛国ゆえの謀反を堂々と教えてくれるんですね』と話しかけたら凍りついていた(笑い)。いまの愛国心教育は、愛国とは名ばかりの政府への服従強制策だ」
こうした「服従」に対して六〇年代後半には全共闘運動など「異議申し立て」があった。だが、「こうした抵抗の共同体は大量消費社会の到来で、皆(ある程度)満足しているんだから、という感情でバラバラにされた」と高橋氏はいう。
その感覚を宮台氏はネット上にもみる。「先のイラクでの邦人人質事件でネット掲示板『2ちゃんねる』などでは、激しいバッシングがあった。世界のどこに自分がいるか分からず『みんなチョボチョボやん』という幻想に安住したい者たちが、チョボチョボで済まない現実を示した人をみて、何とか足を引っ張ろうとしたからだ」と分析する。
自分の世界にこもり、傷つくのが嫌だからと「ウソ」に固められた現実に目を覆う人々の姿が浮かび上がる。どうしたらよいのか。
「知性の核心である想像力を鍛えることが大切。自分の体験を超え、世界に共感できる知性を持つこと」と高橋氏は話す。宮台氏は「この社会でうまく生きなきゃいけない、なんてことに悩む必要はない」と前置きした上で、こう話した。
「考えることで見通しをよくしたい。社会の動きには必ず要因があって、結果がある。それを理解しなくては始まらない」
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20040606/mng_____tokuho__000.shtml