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(回答先: 鬼薔薇聖斗は少年Aではない…と思う。(12)【2月・3月事件について】(了) 投稿者 竹中半兵衛 日時 2004 年 6 月 29 日 10:50:46)
こう言う話を読むと、日本の「国家」が、如何に「末期症状」にあるかが、良く判るね。これだけ、あれこれと「穴だらけ」であると暴露されている「少年Aの犯罪」とやらが、6年の歳月が経った今も、正しく解決され無いと言うのはね。それは、事件の捜査をする「使命」を持つ「敬札」官とやらも、「検札」官とやらも、ウラガネを漁るばかりで、何ら、「自浄能力」が無い為だ。そして、その当時も、或いは今も、日本の「メディア」が、「裁判ごっこ」をやらかしているばかりで、やはり「自浄能力」を持た無い為だろうがね。
これは、現代の日本人が陥った、大人の学芸会だと、言うべきだね。すべからく、「捜査」ごっこであり、「裁判所」ごっこであるのに過ぎ無いからね。それを報道する立場の日本メディアも、「メディア」ごっこを、演じているだけだ。大人になっても、「西洋近代もどき」の「ニセモノ」を自作自演するだけでね。日本の「権力」とやらは、大人の「学芸会」を続けていると言う所以だね。
この事件の起きた1997年に、同志社大学教授のメディア専門家浅野健一が「事件報道」についてものした記事が、同志社大学の「浅野健一ゼミ」サイトにのっているね。そこには、この事件当時の報道の情況について、こうある。「報道によると、県警刑事部の捜査員の間には、「大っぴらには絶対に言えないが、本当にこの少年なのかなというという気持が今もある」(七月九日、読売新聞大阪本社夕刊)という声もあるという。」とね。しかし、日本メディアは、事件の真相を、闇に葬ろうとして来たらしい。
捜査担当の地元「敬札」の中ですら、「本当にこの少年なのかな」と、胡散臭さが漂っていたと言うのだから、裁判と言っても、あくまで、うそに満ちた「カンガルー裁判」なのだろうね。そして、「本当」の所は、闇に葬られかね無い情況でね。「法曹一元」よろしく、裁判官と弁護士までが「権力と共謀」し、この事件の真相を闇に葬ろうとしていると、言う事でね。いずれにしろ、「真実」を、絶対に言え無いような理由が、「敬札」内部にあった事は、間違いが無い。
この浅野記事「少年匿名原則をすべての市民の匿名原則に」は、1997年7月19日付で、こう言う裏の事情をも書いているね。「その一方で、自衛隊機が三機、カンボジアの「邦人救出」を理由にタイまで飛んだ。法手続きを全く無視してである。」とね。「法手続きを全く無視して」の「海外派兵」と言うのは、今の日本が、イラクに送り込んだ「自衛隊」でも、丸で同じ事だね。1997年も、2004年も、日本の「自衛隊」と「少年犯罪」は、どちらも似たような情況にあるらしい。
今も、イラクに「海外派兵」して国内外で物議を醸している日本の「国家」とやらは、1991年の「湾岸戦争」第一次イラク侵攻の後、「カンボジアPKO」で以って、「夢よ再び」と、海外派兵「解禁」を果たしたのだね。この「少年A事件」とやらが、その同じカンボジアの、当時の「邦人救出」事件とやらが起きた時期に、日本で起きている事が、興味深い話だね。そして、この浅野記事が言う所では、この少年逮捕について、「梶山官房長官は「警察の努力で事件が解決したのは喜ばしい」という談話を発表。」したと言う話もね。
梶山と言うのは、今は亡き、大日本帝国陸軍を志望したと言う「梶山」とやらの事だろうがね。それならば、尚更、この「官房長官」とやらも、日本自衛隊に、海外派兵の「夢」よ再びと、願っていた筈でね。「奇遇」と言うべきか、日本が軍事力を蓄え、国外侵略をしたいと言う「夢」を見る政治屋は、当時も、今も、「日本政府」とやらの上層部に「鎮座」していると言う事だね。
この浅野記事の中に、ここの竹中寄稿でも話題になった「メディアが五週間にわたって報道してきた「不審な車」」の話も、出て来るね。ここで話題になった、「中年の男」報道の話も、被害者の親に疑惑の目が向いていた話も、出て来る。「少年逮捕の前には、被害者の小学生の両親に、「息子さんが殺害されたときに、どこにいましたか」と聞いた記者がいたという。親が怪しいという情報がかなり流れていた。被害者の両親は、自宅玄関に貼り紙を出して、取材を断っている。」とね。
この1997年の5月までに起きた一連の事件について、6月28日に「少年A」とやらが逮捕され、その年の10月17日には「判決」が出たのだね。日本では珍しく無いとは言え、例の「アルカイダ」並みに残虐な「斬首」の事件でもあり、何件もの殺人を「兼ねた」犯人の、連続殺人エトセトラの事件だ。それだけの「大事件」の割に、「少年犯罪」を口実とした為か否か、「即決裁判」に近い「スピード裁判」ぶりを見せつけているね。日本の「メディア」とやらが「情報リンチ」エトセトラで騒乱情況を巻き起こし、それがこの手の「即決裁判」を「手助け」をしたと言う事は、言うまでも無い。
同じ年の10月23日付で、その「判決」について、浅野が書いた記事が、同じサイトにのっているね。そこでも、担当判事である「井垣裁判官」とやらが、如何に「カンガルー裁判」をやらかしたかが問題になっている。「井垣裁判官は男児殺害事件の事実認定を実に簡単にすませている。これまでの報道で明らかになってきた数々の疑問に全く答えていない。」とね。それにもかかわらず、既に6年近くが過ぎ、カンガルー裁判官もいまだ健在と、言う事だがね。
しかし、10年余りも前、「カンボジアPKO」とやらを「ダシ」に使い、「海外派兵解禁」を実現した筈の日本「国家」とやらは、今は、「落ち目」であるのに過ぎ無いね。今や、何時、日本が「財政破綻」を来たすかも、判ら無い程でね。日本の「メディア」とやらの発行する「株」とやらは愚か、日本の国家が発行する借金の「国債」までも、この5月からこちら、値を下げつつある情況らしいからね。悪は、こうして滅ぶと、言う所以だね。
その情況で、1997年のように、またも日本で「残虐少年事件」とやらが起きていると言う話は、どうも、胡散臭い話だね。それが、「基地の町」の「佐世保」であっても、無くてもね。いずれにしろ、こうして新しい「分析」を読んでも、日本の一般「民衆」の方が、日本の「国家」やら「官僚屋」やらよりか、遥かに優秀な「捜査能力」を持ちつつある事は、間違いが無い。それはつまり、日本の「国家」とやらも、最早、民衆にとり「必要」の無い、只の「お荷物」だと言う事だがね。日本のプレ「モダン」な国家とやらには、既に、その存在理由も無くなったと、言う所以だね。