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(回答先: 立替中の予言(1)【すめらみち・雑談板】 投稿者 ほっくん 日時 2004 年 7 月 27 日 01:52:57)
「心にメグリ積むと動物のイレモノとなるぞ、神のイレモノ、動物等に自由にされてゐて、それでマコトの神の臣民と申されるか、判らんと申してあまりであるぞ。ゴモク吐き出せよ、其の儘にしておくと段々大きくなりて始末にゆかんことになりて、しまいには灰にするより、手なくなるぞ」磐戸の巻 第十一帖(247)
「石流れて、木の葉沈むと申してあろが、今がその世ざぞ」磐戸の巻 第十一帖(247)
「人の殺し合ひ許りではケリつかんのざぞ、今度のまけかちはそんなチョロコイことではないのざぞ、トコトンの処まで行くのざから神も総活動ざぞ」磐戸の巻 第十二帖(248)
「神は一時は菩薩とも現はれてゐたのざが、もう菩薩では治まらんから、愈々生神の性来現はしてバタバタにらちつけるのざぞ、今の学ある者 大き取り違ひいたしてゐるぞ。大国常立尊大神と現はれて、一時は天もかまひ、地の世界は申すに及ばず、天へも昇り降りして、(モト)の(ニホン)の(カミ)の光りクッキリ現はさなならんと仰せあるぞ」磐戸の巻 第十三帖(249)
「神の国は神のやり方でないと治まらんから今までの法度(はっと)からコトから、やりかたかえて、今迄はやりかた違ってゐたから、神のお道通りに致しますと心からお詫びせねば、する迄 苦しむのざぞ、この苦しみは筆にも口にもない様なことに、臣民の心次第でなるのざから、くどう申してゐるのざぞ」磐戸の巻 第十三帖(249)
「可哀さうなは兵隊さんざぞ、神に祈りてやりて呉れよ」磐戸の巻 第十四帖(250)
「世の元からの生神が揃うて現はれたら、皆腰ぬかして、目パチクリさして、もの云へん様になるのざぞ。神徳貰うた臣民でないと中々越せん峠ざぞ」磐戸の巻 第十六帖(252)
「今度の岩戸開きはミタマから、根本からかへてゆくのざから、中々であるぞ、天災や戦ばかりでは中々らちあかんぞ、根本の改めざぞ。小さいこと思ふてゐると判らんことになると申してあろがな」磐戸の巻 第十六帖(252)
「世の立替へは水と火とざぞ」磐戸の巻 第十六帖(252)
「上が裸で下が袴はくこと出て来るぞ。神が化かして使うてゐるのざから、出来あがる迄は誰にも判らんが、出来上がりたら、何とした結構なことかと皆がびっくりするのざぞ、びっくり箱にも悪いびっくり箱と、嬉し嬉しのびっくり箱とあるのざぞ」磐戸の巻 第十七帖(253)
「改心次第で其の時からよき方に廻してやるぞ。改心と申して、人間の前で懺悔するのは神国のやり方ではないぞ、人の前で懺悔するのは神きづつけることになると心得よ、神の御前にこそ懺悔せよ、懺悔の悪きコトに倍した、よきコトタマのれよ、コト高くあげよ、富士晴れる迄コト高くあげてくれよ、そのコトに神うつりて、何んな手柄でも立てさせて、万劫末代名の残る様にしてやるぞ。この仕組判りたら上の臣民、逆立ちしておわびに来るなれど、其の時ではもう間に合はんから くどう気付けてゐるのざぞ」磐戸の巻 第十八帖(254)
「悪と思ふことに善あり、善と思ふ事も悪多いと知らしてあろがな、このことよく心得ておけよ、悪の世になってゐるのざから、マコトの神さへ悪に巻込まれて御座る程、知らず知らずに悪になりてゐるのざから、今度の世の乱れと申すものは、五度の岩戸しめざから見当とれん、臣民に判らんのは無理ないなれど、それ判りて貰はんと結構な御用つとまらんのざぞ、時が来たら、われがわれの口でわれが白状する様になりて来るぞ」磐戸の巻 第十八帖(254)
「向ふの国いくら物ありても、人ありても、生神が表に出て働くのざから、神なき国は、いづれは往生ざぞ」磐戸の巻 第十九帖(255)
「この神の申すことよく肚に入れて、もうかなはんと申す所こらへて、またかなはんと申す所こらへて愈々どうにもならんといふ所こらへて、頑張りて下されよ、神には何も彼もよくわかりて帳面に書きとめてあるから、何処までも、死んでも頑張りて下されよ、其処迄 見届けねば、この方の役目果たせんのざ、可哀さうなれど神の臣民殿、こらえこらえてマコト何処迄も貫きて下されよ、マコトの生神がその時こそ表に出て、日本に手柄さして、神の臣民に手柄たてさして、神からあつく御礼申してよき世に致すのであるぞ」磐戸の巻 第十九帖(255)
「いくさ何時も勝と許りはかぎらんぞ、春まけとなるぞ、いざとなれば昔からの生神様総出で御働きなさるから、神の国の神の道は大丈夫であるなれど、日本臣民 大丈夫とは申されんぞ」磐戸の巻 第二十帖(256)
「も少し戦すすむと、これはどうしたことか、こんなはづではなかったなあと、どちらの臣民も見当とれん、どうすることも出来んことになると知らしてあろが、さうなってからでは遅いからそれ迄に、この神示よんで、その時にはどうするかと云ふこと判りて居らんと仕組成就せんぞ」磐戸の巻 第二十帖(256)
「桜咲く所、桜と共に花咲くぞ、夏マケ、秋マケ、となったら冬マケで泣きあげてはならんぞ、戦すんでからが愈々のイクサぞ、褌しめよ、役員も一度は青なるのざぞ、土もぐるのざぞ」キの巻 第六帖(263)
「神の国の半分の所にはイヤな事あるぞ、洗濯出来た臣民に元の神がうつりて、サア今ぢゃと云ふとこになりたら、臣民の知らん働きさして悪では出来ん手柄さして、なした結構な事かとビックリ箱あくのざぞ」キの巻 第七帖(264)
「山の谷まで曇りてゐるぞ、曇りた所へ火の雨降るぞ、曇りた所には神は住めんぞ、神なき所 愈々ざぞ。ひどい事あるぞ、神がするのでないぞ、臣民 自分でするのざぞ」キの巻 第十帖(267)
「三千年の昔に返すぞ、三万年の昔に返すぞ、三十万年の昔に返さなならんかも知れんぞ」キの巻 第十帖(267)
「偉い人 愈々とんでもないことになるぞ、捕はれるぞ、痛い目にあわされるぞ、今に目覚めるなれど其の時では遅い遅い。おかみも一時は無くなるのざ」キの巻 第十三帖(270)
「一人々々何でも出来る様になりて居りて呉れと申してあること近うなりたぞ」キの巻 第十三帖(270)
「すり鉢に入れてコネ廻してゐるのざから一人逃れ様とてのがれる事出来んのざぞ」キの巻 第十七帖(274)
「お宮も土足にされる時が来る、おかげ落さん様に気付けよ。勲章も何んにもならん時が来る」水の巻 第四帖(278)
「青山も泣き枯る時あると申してあろが」水の巻 第六帖(280)
「五大洲 引繰り返って居ることまだ判らぬか。肝腎要(かんじんかなめ)の事ざぞ。七大洲となるぞ。八大洲となるぞ」水の巻 第十帖(284)
「ぎゅうぎゅうと、しめつけて目の玉がとび出る事あるのざぞ、そこまでに曇りて居るのざぞ、はげしく洗濯するぞ。可愛い子、谷底に突き落さなならんかも知れんぞ、いよいよ神が表に現はれて神の国に手柄立てさすぞ、神国光り輝くぞ」水の巻 第十一帖(285)
「神の一厘のしぐみわかりたら世界一列一平になるぞ。ますかけひいて、世界の臣民、人民 勇みに勇むぞ」水の巻 第十一帖(285)
「政治も経済も何もかもなくなるぞ。食べるものも一時は無くなって仕舞ふぞ。覚悟なされよ」水の巻 第十二帖(286)
「天地まぜこぜとなるぞ」水の巻 第十二帖(286)
「火と水と申してあろがな。火つづくぞ。雨つづくぞ。火の災(わざわい)あるぞ。水の災あるぞ。火のおかげあるぞ、水の災 気つけよ。火と水 入り乱れての災あるぞ、近ふなりたぞ。火と水の御恵みあるぞ。一度は神の事も大き声して云へん事あるぞ」水の巻 第十三帖(287)
「でんぐり返るぞ」水の巻 第十三帖(287)
「神の子でないと神の国には住めんことになるぞ。幽界(がいこく)へ逃げて行かなならんぞ。二度と帰れんぞ。幽界(がいこく)行きとならぬ様、根本から心入れかへて呉れよ」水の巻 第十四帖(288)
「行けども行けども、草ぼうぼう、どこから何が飛び出すか、秋の空グレンと変るぞ」水の巻 第十四帖(288)
「富士、火吐かぬ様おろがみて呉れよ、大難小難にまつりかへる様おろがみて呉れよ」水の巻 第十五帖(289)
「富士は晴れたり世界晴れ。三千世界一度に晴れるのざぞ。世の元の一粒種の世となったぞ。松の御代となったぞ。世界ぢうに揺すりて眼覚ますぞ。三千年の昔に返すぞ。煎り豆 花咲くぞ。上下ひっくり返るぞ。水も洩らさん仕組ぞ」松の巻 第一帖(292)
「神の国を、足の踏むところない迄にけがして仕舞ふてゐるが、それで神力は出ぬぞ。臣民無くなるぞ。残る臣民 三分むつかしいぞ。三分と思へども、二分であるぞ」松の巻 第二帖(293)
「神の気概に叶はん人民は地の下になるのざぞ」松の巻 第四帖(295)
「偉い人 皆 俘虜(とりこ)となるぞ」松の巻 第七帖(298)
「神の国一度負けた様になって、終ひには勝ち、また負けた様になって勝つのざぞ」松の巻 第七帖(298)
「神の国には昔から神の民より住めんのであるぞ、幽界(がいこく)身魂は幽界(がいこく)行き。一寸の住むお土も神国にはないのざぞ。渡れん者が渡りて穢して仕舞ふてゐるぞ」松の巻 第八帖(299)
「戦いよいよ烈しくなると、日本の兵隊さんも、これは叶はんと云ふ事になり、神は此の世にいまさんと云ふ事になって来るぞ」松の巻 第八帖(299)
「今度の建替は、此の世 初まってない事であるから、戦ばかりで建替出来んぞ。世界隅々まで掃除するのであるから、どの家もどの家も、身魂も身魂も隅々まで生き神が改めるのざから、辛い人民 沢山出来るぞ」松の巻 第八帖(299)
「今度はいろはの世に戻すぞ。ひふみの世に戻すぞ。素直にすればタマ入れかへて、よい方に廻してやるぞ。よろこびの身といたしてやるぞ」松の巻 第十帖(301)
「前にも建替はあったのざが、三千世界の建替ではなかったから、どの世界にでも少しでも曇りあったら、それが大きくなって、悪は走れば苦労に甘いから、神々様でも、悪に知らず知らずなって来るのざぞ。それで今度は元の生神が天晴れ現はれて、悪は影さへ残らぬ様、根本からの大洗濯するのぞ、神々様、守護神様、今度は悪は影も残さんぞ。早よう改心なされよ。建替の事 学や智では判らんぞ」松の巻 第十二帖(303)
「食ふ物ないと申して歩き廻ってゐるが、餓鬼に喰はすものは、もういくら捜してもないのぞ。人は神の子ざから食ふだけのものは与へてあるぞ。神の子に餓死(うえじに)はないぞ。いやさかのみぞ」松の巻 第十三帖(304)
「裏切る者 沢山出てくるぞ」松の巻 第十四帖(305)
「日本の臣民人民 皆思ひ違ふと、くどう知らしてあろが。まだ我捨てぬが、水でも掃除するぞ」松の巻 第十四帖(305)
「人民同士の戦ではかなはんと云ふ事よく判りたであろがな。神と臣民融け合った大和魂でないと勝てんことぞ。悪神よ。日本の国を此処までよくも穢したな、これで不足はあるまいから、いよいよ此の方の仕組通りの、とどめにかかるから、精一杯の御力でかかりて御座れ。学問と神力の、とどめの戦ざぞ」松の巻 第十八帖(309)
「悪は霊力が利かん様になったから最後のあがきしてゐるのざぞ」松の巻 第二十帖(311)
「何もかも変へて仕舞ふと申してあろうが。神徳貰へば何事も判りて来るのざぞ。要らんもの灰にするのざぞ」松の巻 第二十一帖(312)
「ムからウ生れ、ウからム生れると申してあるが、ウム組み組みて、ちから生れるのざぞ。今度の大峠はムにならねば越せんのざぞ。ムがウざぞ。世の元に返すのぞと申してあろが。ムに返れば見えすくのざぞ。風の日もあるぞ」松の巻 第二十五帖(316)
「天も地も一つにまぜし大嵐、攻め来る敵は駿河灘(するがなだ)、富士を境に真二つ。先づ切り取りて残るもの、七つに裂かん仕組なり。されど日本は神の国。最後の仕組神力に、寄せ来る敵は魂まで、一人残らずのうにする。夜明けの御用つとめかし。晴れたる富士のすがすがし」松の巻 第二十七帖(318)
「行けども行けども白骨と申したが、白骨さへなくなる所あるぞ」夜明けの巻 第七帖(327)
「あら楽(たぬ)し、あなさやけ、元津御神の御光の、輝く御代ぞ近づけり。岩戸開けたり野も山も、草の片葉(かきは)も言(こと)止(や)めて、大御光に寄り集ふ、誠の御代ぞ楽しけれ。今一苦労二苦労、とことん苦労あるなれど、楽しき苦労ぞ目出度けれ。申、酉すぎて戌の年、亥の年、子の年 目出度けれ」夜明けの巻 第十二帖(332)
「今にチリチリバラバラに一時はなるのであるから、その覚悟よいか」夜明けの巻 第十三帖(333)
「宮の跡は草ボウボウとなるぞ、祭典(まつり)の仕方スクリと変へさすぞ」雨の巻 第五帖(339)
「身慾信心してゐる臣民人民、今に神示聞けぬ様に いれものつんぼになるのざぞ」雨の巻 第六帖(340)
「建替へ致したら世界は一たん寂しくなるぞ」雨の巻 第七帖(341)
「目眩(めまひ)する人も出来るぞ、ふんのびる人も沢山に出来て来るぞ。行けども行けども白骨許りと申してあろがな」雨の巻 第九帖(343)
「霊肉共に岩戸開くのであるから、実地の大峠の愈々となったらもう堪忍して呉れと何んな臣民も申すぞ」雨の巻 第十帖(344)
「足あげて顔の色変へる時近付いたぞ」雨の巻 第十帖(344)
「長くかかりては一もとらず二もとらさず、国は潰れ、道は滅びてしもうから早う早うと気もない時から気つけてゐるのぢゃが、神の申すこと聞く臣民人民まだまだぞ」雨の巻 第十一帖(345)
「今 外国よいと申してゐる臣民は外国へ行っても嫌はれるぞ、外国にも住むところ無くなるぞ」雨の巻 第十一帖(345)
「まだまだ人民には見当取れん妙な事が次から次にと湧いて来るから、妙な事 此の方がさしてゐるのざから、神の臣民 心配ないなれど、さうなった神の臣民 未だ未だであろがな、掃除される臣民には掃除する神の心判らんから妙に見えるのも道理ぢゃ。天の様子も変りて来るぞ」雨の巻 第十二帖
「世界中から神示通りに出て来て足元から火が付いても、まだ我張りてゐる様では今度は灰にするより方法(ほか)ないぞ」雨の巻 第十三帖(347)
「一番尊い所 一番落してあるのぢゃ、此の事判りて来て天晴れ世界唸(うな)るのぢゃ、落した上に落して もう落す所無い様にして上下引繰り返るのぢゃ、引繰り返すのでないぞ、引繰り返るのぢゃぞ」雨の巻 第十四帖(348)
「まだまだ俘虜(とりこ)になる者 沢山あるなれど、今度の俘虜(とりこ)まだまだぞ、何れ元に帰って来るから、元に帰って又盛り返して来るなれど、またまた繰り返すぞ、次に又捕へられる者 出て来るのざぞ、次はひどいのざぞ」雨の巻 第十四帖(348)
「神の国は誰が見ても、どう考へても、二度と立ち上がられん、人民 皆外国につく様になって、此の方の申した事、神示に書かした事、皆 嘘(うそ)ざと申す所まで世が落ちてしまうてから始めて神力現れるのざぞ」雨の巻 第十四帖(348)
「今の人民キリキリ舞しながら まだキリキリ舞する様もがいて御座るぞ。つ千に返ると申してあろがな」雨の巻 第十六帖(350)
「まだまだ大き戦激しきぞ、是で世よくなると思ってゐると大間違ひとなるのざぞ、是からが褌(ふんどし)ざぞ、よき世となれば褌要らんのざぞ、フラリフラリと風に吹かれるヘチマぢゃ、ヘチマ愉快で嬉しひなあ、風の間に間に雨の間に間にユタリユタリと嬉しかろがな」雨の巻 第十六帖(350)
「さむさ狂ふぞ」風の巻 第二帖(353)
「日本の国いくら大切と申しても、世界中の臣民とはかへられんから、くにひっくりかへること、まだまだあるかも知れんぞ、くにの軸 動くと知らしてあろがな」風の巻 第五帖(356)
「土地分け盗りばかりか、天まで分け盗って自分のものと、威張ってゐるが、人民の物一つもないのぢゃ。大引上げにならんうちに捧げた臣民 結構ぞ」風の巻 第九帖(360)
「宮の跡はSとなるぞ。ナルトとなるぞ」風の巻 第九帖(360)
「泥の海になると、人民思ふところまで一時は落ち込むのぢゃぞ」風の巻 第九帖(360)
「日本の国に食物なくなってしまふぞ。世界中に食べ物なくなってしまふぞ。何も人民の心からぞ。食物無くなっても食物あるぞ、神の臣民、人民 心配ないぞ、とも食ひならんのざぞ」風の巻 第十一帖(362)
「三千年の昔に返すと申してあらうがな」岩の巻 第二帖(367)
「われの国同士の戦 始まるのぢゃ。この戦、神は眼あけて見ておれんなれど、これも道筋ぢゃから、人民にも見て居られんのぢゃが、友喰ひと申して知らしてあらうが」岩の巻 第二帖(367)
「今度 捕へられる人民 沢山にあるが、今度こそはひどいのざぞ。牢獄で自殺するものも出来て来るぞ。女、子供の辛いことになるぞ。九分通りは一度出て来るぞ、それまでに一度盛り返すぞ、わからんことになったら愈々のことになるのざぞ」岩の巻 第九帖(374)
「外国にはまだまだ、きびしいことバタバタに出て来るぞ、日本にもどんどん出て来るぞ」岩の巻 第十一帖(376)
「今に世界の臣民人民 誰にも判らん様になりて上げもおろしもならんことになりて来て、これは人民の頭や力でやってゐるのでないのざといふことハッキリして来るのざぞ。何処の国、どんな人民も成程ナアと得心のゆくまでゆすぶるのであるぞ」光の巻 第六帖(402)
「益々食ふ物なく曇りてくるぞ、その国その所々で当分暮しむき出来るぞ、野見よ、森見よと申してあろ、青山も泣き枯る時来ると申してあろ、海川も泣き枯る時来るぞ」マツリの巻 第一帖(405)
「金(かね)いらん事になると申してあろが、世界の人民 皆青くなって、どうしたらよいかと何処尋ねても判らん事近づいたぞ」マツリの巻 第七帖(411)
「日本真中、ボタン一つで世界動くぞ」マツリの巻 第十四帖(418)
「まだまだどえらい事出て来て日本の国は愈々つぶれたと云ふ処へなって来るから、皆が誠の神魂になって来んと誠の神は出ないのざぞ」梅の巻 第二十二帖(449)
「これから三年の苦労ぢゃ、一年と半年と半年と一年ぢゃ」梅の巻 第二十三帖(450)
「金(きん)では治まらん、悪神の悪では治まらん、ここまで申してもまだ判らんか、金では治まらん、悪の総大将も其の事知って居て、金で、きんで世をつぶす計画ざぞ」梅の巻 第二十六帖(453)
「今日働いて今日食はなならん事に皆なりて来るのざから、その覚悟せよ」空の巻 第十帖(465)
「今度は世界のみか、三千世界つぶれる所まで行かなならんのざから、くどう申してゐるのざぞ」空の巻 第十帖(465)
「学問の世はすみたぞ、学者は閉口するぞ、商売の世も済みたから商売人も閉口するぞ、力仕事は出来んし、共喰するより他に道ないと申す人民許りになるぞ」空の巻 第十二帖(467)
「次々に不思議出て来るぞ、不思議なくなりたら神の国、ミロクの国となるのぢゃ」青葉の巻 第九帖(478)
「天も近うなるぞ、地も近うなるぞ、田舎に都、都に田舎が出来ると申してあろが」海の巻 第九帖(501)
「目も鼻も開けておられん事が、建替への真最中になると出て来るぞ」海の巻 第十七帖(509)
「日本が日本がと、まだ小さい島国日本に捉はれてゐるぞ。世界の日本と口で申してゐるが、生きかへるもの八分ぞ。八分の中の八分は又生きかへるぞ。生きかへっても日本に捉はれるぞ」黄金の巻 第二帖(513)
「天地まぜまぜになったら、まだまだなるのである。彼れ是れ、何が何だか判らんことになると申してあらうが」黄金の巻 第六帖(517)
「世界中一度にゆすぶると申してあらう。釦(ボタン)一つででんぐり返ると申してあること、未だ判らんのか」黄金の巻 第十八帖(529)
「雨、風、岩、いよいよ荒れの時節ぢゃ。世界に何とも云はれんことが、病も判らん病がはげしくなるぞ。食ふべきものでない悪食うて生きねばならん時来るぞ」黄金の巻 第五十四帖(565)
「世はグルグルと七変り、改心の為 世界の民皆、今度は引上げ一旦みなあるぞ」黄金の巻 第七十一帖(582)
「一時は人民なくなるところまで行くと申してあらうが」春の巻 第四十五帖(702)
「後にも先にもない、みせしめ出てくるぞ。めぐりひどい所ほど、ひどい見せしめ」春の巻 第五十七帖(714)
「三十年で世の立替いたすぞ。これからは一日ましに世界から出て来るから、如何に強情な人民でも往生いたすぞ」秋の巻 第一帖(742)
「世界の九分九分九厘であるぞ。あるにあられん、さしも押しも出来んことがいよいよ近うなったぞ」秋の巻 第二帖(743)
「下が上に、上が下にと申してあるが、一度で治まるのでないぞ。幾度も幾度も上下にひっくりかへり、又ひっくりかへりビックリぢゃ。ビックリこねまわしぢゃ」秋の巻 第十六帖(757)
「判らんことが更に判らなくなるぞ。ききたいことは何でもきけよ。大グレ目の前。アホになれよ。一先づは月の代となるぞ。ひっくり返り、ビックリぢゃ」月光の巻 第九帖(796)
「幽国(がいこく)は火の雨ぢゃなあ。世界一度に改心」月光の巻 第二十九帖(816)
「世界中を泥の海にせねばならんところまで、それより他に道のない所まで押しせまって来たのであるが、尚一厘のてだてはあるのぢゃ。大神様におわび申してすっかり心を改めて下されよ。神々さまも人民さまも心得ちがひ多いぞ。泥の海となる直前にグレンとひっくりかえし、びっくりの道あるぞ」月光の巻 第四十八帖(835)
「岩戸(言答)のひらけた、その当座は、不合理に思へることばかりでてくるぞ、逆様の世界が、この世界に入り交じるからであるぞ」扶桑の巻 第三帖(852)
「三分の一の人民になると、早うから知らせてありたことの実地がはじまっているのであるぞ。何も彼も三分の一ぢゃ、大掃除して残った三分の一で、新しき御代の礎と致す仕組ぢゃ」扶桑の巻 第七帖(856)
「天も近うなるぞ、地も近うなるぞと気つけてありたのに目さめた人民少ないぞ、今に昇り降りで急しくなり、衝突するものも出てくるぞ」扶桑の巻 第十五帖(864)
「岩戸がひらけたから、さかさまのものが出て来てゐるのぢゃ」碧玉の巻 第二帖(866)
「大峠の最中になったら、キリキリまひして、助けてくれと押しよせるなれど、その時では間に合わん、逆立してお詫びに来ても、どうすることも出来ん」碧玉の巻 第八帖(872)
「立替、立直し一時に来ているから、われよしの人民には判らんことになるぞ」碧玉の巻 第九帖(873)
「人民もの言へんことになると申してありたこと近うなったぞ、手も足も出んこと近づいたぞ」星座の巻 第四帖(887)
「人民一度死んで下されよ、死なねば甦られん時となったのぞ、今迄の衣をぬいで下されと申してあろう、世がかわると申してあろう、地上界の総てが変るのぞ、人民のみこのままと言うわけには参らぬ、死んで生きて下されよ、タテカヘ、タテナホシ、過去と未来と同時に来て、同じところで一先づ交じり合うのであるから、人民にはガテンゆかん、新しき世となる終りのギリギリの仕上げの様相であるぞ」星座の巻 第八帖(891)
「人民もの言わなくなると申してあろうが、ものが今迄のようにものを言わなくなり、マコトの世となるぞ」星座の巻 第十九帖(902)
「世界中が霊かかりとなると申してあるのは今のことであるぞ、かかりてゐる世界自身わからなくなっているぞ」竜音の巻 第三帖(911)
「陽あたりのことと、陽かげのことと一時に出て来るのぢゃ、タテコワシとタテナホシが一時にくるのぢゃ」極めの巻 第十一帖(938)
「今迄の、のがれ場所はヤマであったが、今度はヤマに逃げても駄目」極めの巻 第十七帖(944)
「いよいよ判らんことが更に判らんことになるぞと申してあるが、ナギの命の治らす国もナミの命の治らす国も、双方からお互に逆の力が押し寄せて交わりに交わるから、いよいよ判らんことになるのであるぞ」至恩の巻 第十一帖(958)
「この白黒まだらな時は長くつづかん、最も苦しいのは一年と半年、半年と一年であるぞ、死んでから又甦られるように死んで下されよ」至恩の巻 第十二帖(959)
「今に大き呼吸(いき)も出来んことになると知らせてあろうが」五葉の巻 第十五帖(978)
「今の肉体のままでは、人民生きては行けんぞ、一度は仮死の状態にして魂も肉体も、半分のところは入れかえて、ミロクの世の人民としてよみがへらす仕組」五葉の巻 第十五帖(978)
「大地も転位、天も転位するぞ」五葉の巻 第十五帖(978)
「大掃除はげしくなると世界の人民皆、仮四の状態となるのぢゃ、掃除終ってから因縁のミタマのみを神がつまみあげて息吹きかへしてミロクの世の人民と致すのぢゃ」紫金の巻 第四帖(983)
「月は赤くなるぞ、日は黒くなるぞ、空はちの色となるぞ、流れもちぢゃ。人民四つん這(ば)ひやら、逆立ちやら、ノタウチに、一時はなるのであるぞ、大地震、ヒの雨降らしての大洗濯であるから、一人のがれようとて、神でものがれることは出来んぞ、天地まぜまぜとなるのぞ、ひっくり返るのぞ」紫金の巻 第五帖(984)
「珍しきこと珍しき人が現れてくるぞ、ビックリ、ひっくり返らんように気つけてくれよ、目の玉 飛び出すぞ、たとへでないぞ」紫金の巻 第七帖(986)
http://sumeramichi.net/cgi/bbsy/yyregi.cgi?mode=past
◆すめらみち
http://sumeramichi.net/index.shtml