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(回答先: TOKYO少女(7) 投稿者 三人目 日時 2004 年 10 月 24 日 19:07:55)
358 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/10/11 16:54:11
ホテルに到着してフロントで名を告げると
なんだかやたらそれっぽい金属にルームナンバーの刻まれたタグ付きのキーを渡された。
先に部屋で待っててほしいということだったけど
フロントのピカピカの黒の大理石の床を横切って
入り口が見渡せるロビーのソファに腰を下ろした。
一時間近く待ったかな。
フロントに近づく見慣れた人影。
想像してたよりも手荷物は少ない。
銀色の髪留めが後ろ頭にくっついてた。
ぼくはすっと立ち上がって
エレベータホールに向かう彼女のあとを追った。
まったく気づいていない。
エレベータが到着して乗りこむとき、ぼくは彼女の視界を避けて背後にまわりこんだ。
目的のフロアのボタンを押す彼女。広いエレベータの中はぼくらだけだった。
「おかえり」とぼくは言った。
静かな恐怖に襲われて反射的に正面のドアにぶつかる彼女。
くるっと後ろをふり返ったとき目が合った。
その瞬間彼女の顔がほころんで、それから涙ぐんだような表情に変わった。
ぼくの首に腕を回す彼女。
彼女が泣きそうになっているのは再会できた喜びからだと思ってた。
彼女はぼくにしがみついてこう言った。
「カナが帰ってこないよ」
359 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/10/11 16:55:53
ホテルの部屋は広くて、ぼくらはその広さをもてあました。
贅沢な調度品。でかいベッド。
そのぜんぶがぼくらには不釣り合いだった。
カーテンを開けると一枚の大きいガラスがあって
そこから渋谷の夜景が見渡せた。
渋谷の街は昼間みたいに明るくて、その光が部屋の壁に反射して
入り口のドアあたりに深い影をつくってる。
明かりを消したまま部屋の隅にまるまってその暗がりに腰を下ろす彼女。
ぼくはあの綺麗なライオンみたいな女の子を思い出してた。
しなやかな体。俊敏そう。どんな声だったかはもうわからない。
彼女は何も言わなかった。
ただぼくにしがみついて震えていた。
彼女の髪にぶらさがった銀色の髪飾り。
それはよく見ると安っぽい一枚のブリキのような金属で
インドの象の神様が切り絵みたいに刻まれてある。
きっとデリーあたりで拾った彼女の言うかわいいモノなんだろう。
彼女の髪を束にしてなんとかまとめてあるけど
髪留めとしては頼りない。
彼女が横になって寝返りをうてば折れて曲がってしまいそうだ。
ぼくの知らないインドの街。
オタがよこした画像の数字に従って彼女は動いたんだろうか。
折れ曲がったデリーの夜の闇。
そこにひっかかってカナが帰ってこないって意味なんだろうか。
360 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/10/11 16:56:50
ぼくはなにも訊かなかった。
しばらくして彼女はようやく、ただいまと言った。
すごい会いたかったとも言ってくれた。
彼女はバッグをがさがさとひっかきまわして
綺麗に包装された万年筆でも入ってそうな長方形の箱と
いろんな種類のタバコの詰め合わせを取りだし
お土産だと言ってぼくに渡してくれた。
クラッカーみたいだったりチョコレートかあめ玉みたいな
派手でかわいいパッケージ。
とてもタバコには見えない。
彼女は長方形の箱の方は、まだ開かないでほしいと言った。
開くべきときが来るから、と言った。
ぼくは素直に頷いて、彼女の手を握る。
ベッドに誘ったのはぼくからだった。
深夜近くに雨が降り出して
ぼくらはベッドを抜けだし雨に霞んでゆく渋谷の街をぼんやり眺めた。
そのときだったかな彼女がおかしなことを言いだしたのは。
「ヒロってさ、映画とか好き?」
「うん。ふつうに好きかな」
「ストーカーって知ってる?こわい映画。観た?」
361 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/10/11 16:57:59
だしぬけになんだろうと、いぶかった。
そのタイトルから連想するのはふつう犯罪のそれだけど
彼女がパッケージの写真を描写しはじめたときに
それが何かわかった。
タルコフスキーのそれだ。
ぼくは頷いただけで詳しくは話さなかった。
不思議な映画だね、とだけ言った。
彼女がその映画について何か話したそうだったし
その内容が映画好きのもったいぶった感想なんかじゃないことは推察できる。
彼女は小さな指先でガラスをつつき
なにか絵でも描くようにさっと滑らせた。
「雨」と彼女は言った。
あの映画の中にもたくさんの水が使われてる。
指先にはたくさんの水滴があった。
彼女はガラス越しにとんとんと、
流れ落ちる水滴を爪先でつついていた。
・
今日書いてるときに流れていた曲
レッドホットチリペッパーズ/RedHotChiliPeppers 「californication」
426 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/10/13 19:22:32
彼女はその映画をどこで観たんだろう。
もう古いし、それにかなりカルトだし。
どう考えても彼女が楽しめるような心温まる物語じゃない。
ところが彼女の話を聞いていると、観たのは一度だけではなかったみたいだった。
その記憶はぼくよりも鮮明で、彼女の話で思い出したシーンもあったくらいだ。
「どこで観たの?」
「インド」ぽつっと彼女は言った。
「へぇ。劇場公開なんてしてるんだ。すごいな」
彼女は違うと首を振った。そうじゃないの。
ビデオ機材と観客席を備えたバーみたいなのがあって
劇場公開の少ない海外作品ばかりをずっと流してる。
インドの人ってね、映画が大好きなの。
ヒロは驚くかもしれないけど、インドにはクラブだってあるし
ミニスカートの女の子だっていると言った。
「ストーカーっていう案内人がいて、ふたりのお客がいて
ものすごく危険なゾーンに入っていくでしょ。
ゾーンのまわりには警官がいっぱい。軍隊だっけ?」
どっちかは忘れた。
「だね。入っていった人たちはまず帰ってこない。
運がよければ何かを持ち帰れるんだけど」
「そう。みんな帰ってはこないの。カナみたいに。みんな死んじゃう」
そこまで話してようやくぼくは気づいた。
彼女は案内人よって導かれるツアーの客人だ。
その危険な旅の参加者に自分をなぞらえようとしている。
427 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/10/13 19:24:00
観客の心境は複雑だけど、映画の内容は単純だ。
ゾーンって名付けられた場所、ブラックボックスがあって
そこは国が封鎖している。そこが何なのかは誰にもわからない。
そこに忍びこんで生還したやつは財宝を山ほど手にいれている。
巨万の富。
だけどゾーンに無数に転がっている無惨な死に、
見合うのかどうかはぼくにはわからない。
彼女がまわりくどいやりかたで
ぼくにそんな話をするのはなんとなくわかった。
きっとその映画をビールでも飲みながらたまたま観たんだろうな。
暇つぶしも兼ねて。
どこの誰とも知らないやつを待ちながら。
で、彼女は震えあがった。
ゾーンの観光客と自分を重ねあわせた。
いつかは自分もああなるんだと。
こんな話を聞かされてるのにぼくはなぜか冷めていた。
たぶんあのフロッピィに触った夜から
なんとなく気づいてたんだろう。
彼女は嘘をついた。
あのフロッピィの中身はこれ以上ないくらいヤバイ。
財宝のうわさ話とデリーって名の迷宮の地図。
そこへの片道切符。
429 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/10/13 19:25:06
彼女はインド門とローディ庭園で
同じ男を見かけたと言った。
彼女はそこでは観光客だった。
日本製デジタルカメラをぶら下げ、日焼け止めもばっちりに
日本からはじめてやって来た、ペダルタクシィと土産売りのいいカモ。
観光客がたまたま同じコースを辿ることはよくあるじゃないのかな。
彼女は首を左右に振った。
これはちっとも楽しいことじゃない。
男はインド人でクルターを着ていた。下はデニム。
どうもしっくりこない。目の前の風景に安心できるような自然さがない。
背筋が凍りついたと彼女は言った。
パスポートを作り直さなきゃ。髪型も違えて…
そこまで言って急に黙りこみ
甘えるみたいにぼくにもたれかかった。
彼女を抱きしめて髪に触れると
彼女の唇から漏れるぶっそうな話が、まるでお伽噺みたいに聞こえる。
お伽噺の残酷さが、お話の中では正義にすり替えられるように
彼女の口調はあっさりぼくを落ち着かせる。
「カナへいきかなぁ」
目を閉じたままそう言った彼女は
すぐに寝息をたてはじめた。
よほど疲れてたんだろうな。
・
今日書いてるときに流れていた曲
ベンフォールズファイブ/Ben Folds Five 「whatever and ever amen」
455 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/10/14 00:23:37
彼女をベッドに寝かしつけたあと
しばらくぼけっと暗闇の中に佇んでいた。
彼女の言ったことを頭の中で反芻して
考えがまとまるまでは彼女のそばにいた。
彼女はなぜかうつ伏せで眠る。
深い眠りがやってくるまでその状態で腕を曲げ
中指の背に唇をくっつけて眠る。
かたちのいいおでこをつつくと、眉間にシワを寄せてむづがる。
子供みたいだ。
彼女の手首をそっと握ってみる。反応はない。
ぼくはライティングデスクの明かりだけつけてPCを起動した。
さすがはいいホテル。DELLのノートまで備え付け。
はじめて触る型は文字が打ちづらくて肩が凝るけど
今夜は気分がよかった。
今夜のぼくはひとりじゃない。
彼女の寝息、わずかに上下するリズムを感じることができる。
ぼくはオタにメールした。
456 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/10/14 00:24:36
彼女の告白を疑ったわけじゃないけど、その背景が知りたかった。
そんなものがもしあれば、だけど。
帰国しない日本人女性のこと。理由や原因はなんでもいい。
年間どのくらいの数になるのかそれだけでもいい。
ふつうの人には彼女の話は荒唐無稽だ。
だけどそこに秩序を与えて真実かどうか判断できるやつだっている。
そいつはぼくの友人だったるする。
オタは動く闇、日々更新される情報の番人だった。
アンダーワールドの。
オタは芸能人とかプロ野球の試合結果とかロックにはまったく無関心だけど
どこかの自殺志願者にせっせとメールを送ったり
大阪の町工場のアドレスをもとに
どのくらいの資材が動いたかとか、そんな調査には余念がない。
オタは部屋から出ず、かつ餓死することもない。
それどころか身だしなみにはうるさかったりする。
このふざけた矛盾。
普段外出しないオタが運動靴を欲しがるのは皮肉なことだ。
そのコレクションは本人によるとかなりすごいらしい。
オタは一銭にもならない個人的なハッキングやクラッキングには興味がない。
オタは情報の流れの中に眠る砂金を拾う。
つまり、ヒキのくせにぼくよりはリッチだってこと。
やつが見守るデータはかなり信頼できるってことだ。
457 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/10/14 00:25:39
メールを送信してタバコに火をつけ
彼女の寝顔を見てたら無性にコーヒーが飲みたくなった。
ルームサービスを呼びだし注文を聞いてもらって
届くまで5分もかからなかった。
ドアがノックされるのとほとんど同時だったかな。
オタがレスをくれたのは。
>すぐに調べてみる。
>その前にこんな話なら聞いたことがある。
458 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/10/14 00:26:39
>CBSの60ミニッツでも取り上げられたほど厄介な事件だよ。
>旅行先でたまたま知り合った現地の人間に
>旅行費用を出してあげるかわりに
>君の国に住んでる依頼者の家族に荷物を届けて欲しいとかなんとか頼まれる。
>なんてラッキーなお話。ところが荷物の中身は白い粉。
>甘言に釣られて荷物を運ぶと運悪く空港のセキュリティにひっかかって
>そのまま牢獄へ直行。二度と出国できない。裁判もない。
>牢獄で自殺した白人女性はかなりの数に上るって話だ。
>ただ、嬢様の場合はちょっと複雑だな。日本人だし。
>フロッピィの中身から推察すると、彼女は何かを運んでるみたいだけど
>薬物とかそんな分かりやすいものじゃないような気がする。
>とにかく一晩欲しい。わかることはすべて教える。
おまえは物知りだな。オタ。
でもなんだか楽しくないよ。愉快な話を期待してたわけじゃないけど。
・
今日書いてるときに流れていた曲
ベンフォールズファイブ/Ben Folds Five 「whatever and ever amen」
514 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/10/14 23:30:01
彼女と出会っていくつめの朝だったのかもう憶えてない。
午前中にホテルを出てふたりで恵比寿駅まで歩き
ぼくは会社へ、彼女は渋谷へ戻っていった。
今夜は遅くなりそう。
そう言ったのは彼女のほうだった。
お土産の包みを絶対になくさないように。
それから今夜もここへ戻ってきて欲しいと。
会社でのぼくは死んでいるようなものだった。
体調が悪いと会議をすっぽかし、近くの公園で眠り
オタからケータイとPCに送られてきたメールを確認した。
オタは一晩待ってほしいといったけど
まったくお手上げな状態らしく
とにかく時間がもっと必要だと繰り返した。
公園の午後はのどかだった。
以前ならベンチに腰掛けて放心しているリーマンを理解することはなかった。
だけどいまのぼくは完璧なそのコピペだ。
ハトが群がってきては飛び立ち、頭上を旋回してまた舞い戻ってくる。
どうしようもなく平和な風景。
ところがその裏側では正確に巻き取られてゆく夜がある。
それはつねにセットで裏と表の絵柄がまったく違うトランプのカードみたいだ。
表はきっちり格子の決まりきった退屈な幾何模様。
裏は欠けた月。ジョーカー。
515 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/10/14 23:30:39
日が落ちるまえに渋谷へ向かった。
恵比寿の隣だから、その気にさえなれば歩いてホテルへ戻ることもできる。
ぼくは西武デパートの1階フロアをぶらぶらうろつき
きまぐれでミツコゲランをひとつ買った。
いかにもな仰々しいデザインの瓶。
コピーを読んでみると、生産開始から80年が経過と書いてあった。
姫様の年で使うにはちょい早いのかもな。
一度だけ姫様がその瓶を
ホテルの洗面台シンクの縁に放ってたのを見たことがある。
他のいろんな化粧品に混ざってた。
そんな光景が目に入ってくるのは嫌いじゃなかった。
姫様がそうやって自分のまわりにまき散らした風景。
椅子の横に立てかけたブーツ。
ベッドに置かれたコートとミニスカート。
目黒のホテルでまき散らされたバッグの中身は中でも印象的だった。
ピンクスケルトンのフロッピィディスク。
いまでは思い出しただけで胸が痛い。
歩こうと思った。
ゆっくり歩いたって姫様より早く到着しそうだ。
パッケージを破ってシンクのとこにそっと置いておこう。
姫様は気づかずにバッグにしまってくれるかもしれない。
516 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/10/14 23:31:39
ベッドでうとうとしているとケータイが鳴った。
姫様からで、ロビーまで降りてきてほしいということだった。
せっかく恵比寿にいるんだしラーメンでも食べようよ。
ぼくが驚かされる番だった。
ロビーのソファでコーヒーを飲んでた見知らぬ女性は姫様で
背後をとられて頭を小突かれてしまった。
短く切られた髪。
色はもっと明るくなってグリコのキャラメル。
黒い日本人女性の瞳。カラコンはしてない。
どんに雰囲気をすり替えても綺麗だった。
ぼくらは手をつないで恵比寿の長い坂を駅の方へと下った。
ラーメンを食べようってことだったのに
どこの店に行くのかは決まっていなかった。
ぼくらはゆっくり歩いて、むしろそれを楽しんでるようだった。
「ヒロってさ。なぜわたしの手を握っててくれるの?」
駅を過ぎて代官山へ。
車の騒音に消されそうではっきりと聞きとれなかった。
でも彼女が何を聞こうとしたのかはわる。
ぼくは何も答えなかった。聞こえないふりをした。
口にするのが照れくさかったせいもあったと思う。
ぼくは声にすることなくこう言った。
それは姫様が
髪に触れることを許してくれた最初の女の子だったからだ。
ぼくを必要としてくれた最初の女性だったからだ。
517 :70 ◆DyYEhjFjFU :04/10/14 23:32:37
あてもなく代官山へ向かう途中。
オタがメールをよこした。
短いメールだった。一画面に収まる内容。
>嬢様を押さえとけ。明日の飛行機に絶対乗せるな。
・
今日書いてるときに流れていた曲
シャルロットマーティン/Charlotte Martin 「on your shore」