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今年の漢字一字は「災」。台風、地震、洪水とともに、ツキノワグマの里への出没が異常に多く、全国での人身被害は百十三人に及んだ。一方、ツキノワグマの捕殺は千六百頭を超え、クマにとってもまさに「災」の年であった。
この原因は、山の餌不足にあるという。冬眠のために必要なブナ、コナラなどのドングリ類が猛暑のために不作の上に、夏台風の日本列島直撃により実が落ち、深刻な飢饉を招いた。そのため、クマは餌を求めて里へ下りてきた、といわれている。確かに、これは大きな一因である。しかし、事態はもっと複雑で構造的であり、夏台風の襲来がなくとも将来、クマ害は減ることはないだろう。その理由をあげる。
第一の根本原因は、スギ、ヒノキの植林によって、クマの生息地がひどく狭められたことだ。針葉樹は餌にならない。その上、間伐や枝打ちなどの手入れをしないで放置されたところが多く、日光が遮断されるので下生えが生えず、食物の供給地としてはゼロである。クマは餌を求めて奥山から里山へ移動せざるをえない。ところが、里山がガラ空きなのだ。
かつては、里山は農家の生活には必要不可欠な地であり、常に人のにおいがした。しかし現在、里山は放置され、人の出入りがなくなった。かつては山田にだれか人がいたが、今は人家近くの田畑でさえ人影が少なくなった。里山は奥山と里とのバリアーの機能を失い、クマの領域に編入されてしまった。
その結果、人間への恐れを経験したことがないクマが増え、里山から平気で里へ出るようになった。里は放置されてたわわに実った柿など、山とは比較にならないおいしい食べ物がある楽園である。里への侵入は起こるべくして起こった。
事情は地域によって違う。里への出没個体は、最も被害の大きい北陸では若いクマである。クマ猟師がいるので、年長個体は人里の怖さを知っているからだ。ところが、兵庫県ではほとんどが成獣である。一九九二年からクマの狩猟を禁止したので、人を怖がらないクマが多くなったためだ。
というと、クマ害の危険度は兵庫県が高いと思われがちだが、実情は逆で、出没個体の処理は兵庫県が最善だった。他地域ではほとんど捕殺したが、兵庫県では四十七頭捕獲し、捕殺はわずか七頭。四十頭を山に放獣し、高い評価を得た。
兵庫県では、森林動物共生室を設置し、人と自然の博物館の研究員と連携してクマ対策に当たっており、捕殺個体はすべて解剖し、歯牙検査で年齢を査定し、すべて資料として保存している。
坂田宏志、横山真弓両研究員によると、今年の餌不足は台風の影響もあるが、山の食物の凶作が根本原因で、この状況は何年かおきに繰り返すという。しかし、まだわからない問題が山積しており、科学的データの収集の必要性を力説する。
クマ害の原因は、今考えられるレベルでは以上のようなことだが、残された最大の問題は除去や被害に対して、だれがどう対応するのかということだ。当然、環境省が全責任を持つべきだが、九九年から野生動物の保護管理(ワイルドライフ・マネージメント、以下WLM)については、都道府県が責任をもって対処することになった。
クマ対策についても、当然、県が全責任を持つことになる。しかし、WLMについては、国でさえ、ほとんど無策であったのに、府県がうまく対応できるはずがない。伝統的にクマ猟が行われている石川県でさえ、クマを山に返す「放獣」は地元住民の強硬な反対で捕殺しなければならなかった。千六百頭を超すクマの殺害も、現状では仕方がなかったと頭を下げるのみである。
ことはクマ害だけではない。シカ、イノシシ、それに近年急激に被害が増えたアライグマやヌートリアといった外来種に対する保護管理の施策を欧米並みに推進することが緊急の課題である。
幸い、兵庫県ではこの問題に本格的に取り組んでおり、野生動物保護管理研究センター(仮称)が二〇〇七年に丹波市青垣に設置されることになった。わが国では最初の試みであり、国と他県から熱い注目を浴びている。日本におけるモデルになり、野生動物行政での歴史的な一歩を画することになろう。コウノトリの野生化計画とともに、兵庫県が誇れる環境政策として、みんなで応援していきたい。
(客員論説委員・兵庫県立人と自然の博物館名誉館長)
2004年12月29日神戸新聞『21世紀の針路』