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(回答先: Re: 土地収用裁決取り消しを命令 圏央道訴訟、住民側が勝訴【朝日新聞】あきる野インターチェンジ(IC)付近。 投稿者 エイドリアン 日時 2004 年 4 月 22 日 15:19:27)
圏央道「あきる野インターチェンジ(IC)」付近の住民は1軒、また1軒と「終(つい)のすみか」を明け渡した。だが、後退するだけではなかった。公共事業の是非を問う訴訟を起こし、22日の判決は、行政側の違法を認め、事業認定と収用裁決を取り消した。国に戸惑いが広がる一方、「公共事業のあり方に一石を投じることができた」と住民たちは顔をほころばせた。
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午前10時過ぎ、住民勝訴の判決が言い渡され、閉廷が告げられると傍聴席に晴れやかな表情が広がった。原告らは「勇気ある素晴らしい判決だ」と喜び合った。
地裁前でも、「裁判を支える会」の坂本孝事務局長(54)が「勝訴」と書かれた垂れ幕を広げると、地権者や支援者らから一斉に拍手と歓声がわき起こった。
判決後、弁護団は「無駄な公共事業への国民の批判を反映したもので全国の住民運動を大きく励ます判決。圏央道の建設そのものを抜本的に見直すことを求める」などと声明文を読み上げた。
反対運動を続けて今年1月に亡くなった元原告団副団長・中村文太さん(当時81)の長女の文子さん(53)は遺影をカバンの中に入れて判決を聞いた。
中村さんは亡くなる前の01年8月、「建設省(当時)は満足に説明せず、うその塊だった」と都収用委員会の公開審理で訴えた。だが、建設省は「1300回以上に及ぶ交渉でも協力が得られない」と、土地を強制収用する手続きを進めた。
「2キロも離れていない場所になぜインターが2つ必要なのか」。原告側の疑問に答えてくれない行政に不満が募った。住民の間では「都が出資する大規模レジャー施設・東京サマーランドが近くにあるからではないか」との声が広がった。00年12月に提訴したのは「法廷なら答えが聴けるだろう」と考えたからだ。
だが、裁判でも行政側から納得のいく説明はなかった。
現場には約60本の橋脚が並び、最後に残った中村さん宅へ迫る。江戸時代から続く農家。屋敷林や先祖の墓がある約80メートルの区間が、未着工のまま残った。遺族は16日に代執行に着手すると伝えられ、13日に旧宅や納屋の取り壊しを始めた。都は代執行を見合わせているが、自主退去が滞れば着手する構えだ。
中村さんの死後、家には車いすを使う妻(79)と介護する文子さんが暮らす。妻は遺骨の前で毎日、「ここに住み続けたい」と手を合わせる。24、25日に転居し、5月9日に土地を明け渡す準備に追われる遺族。長女は「判決はうれしいけれど、でも引っ越しはしなければいけないのか、中途半端な状態です」。
[2004/04/22 13:21]